92 オーバン先生はさすが先生
私の魔道具の売り上げ報告の次は、オーバン先生の魔道具についての売り上げ報告になる。
「まずバロー卿のライトスタンドですが、こちらも堅調です」
やっぱりオーバン先生が作った魔道具でも、一番売れているのがアームで光源の位置を変えられるライトスタンドだった。
言うなれば、私の方が主に女性向けや私室向け、そしてオーバン先生の方が主に男性向けや執務室向け、と言った具合に、棲み分けが出来ている感じね。
「次に、前後二段で手前が自動でスライドする書棚ですが、やはりこちらも堅調です。特に本をインテリアや見栄で揃えている貴族に、男女問わず受けています」
「書棚を贅沢で重厚な作りにしたことで、書棚だけでも十分に贅沢品になりましたが、その上で、本がぎっしり詰まった重たい手前の書棚が自動でスライドしてくれるため、非力なご夫人、ご令嬢にも受けがいいようです」
この時代、本は贅沢品の上にインテリア扱いされることも多かった。
だから、表紙や背表紙に凝った装飾を施したり、重厚な雰囲気を醸し出したり、本の中身以外の部分でも見栄えがするように作られている。
それを書棚にずらりと並べることがステータスになっているわけね。
もっとも、並べるだけ並べて、読んだこともないと言う貴族も多くいるんじゃないかしら。
そんな貴族達の自尊心を刺激する一品だったわけね。
モーターで動かしているわけじゃないから静音性も優れているし、ボタン一つで書棚がスライドしてくれれば、特に本で日々の暇を潰しているご夫人、ご令嬢にはありがたい話よね。
「うむうむ」
報告を聞きながら、ご満悦の表情で頷くオーバン先生。
「それから次の――」
それ以外の魔道具も、性能はもちろん、オーバン先生の名声のおかげで信用もあって、どれも安定して販売数を伸ばしていた。
ドライヤー程売れている物はなかったけど、どの魔道具のどのモデルも売れ筋と言っていい商品ばかりだ。
「さすがオーバン、頭が下がるな」
「なんの、マリエットローズ君のアドバイスあってのことじゃよ。クロードも何か思い付いたらマリエットローズ君に相談するといい」
「そうだな。お嬢様のお手を煩わせるのは気が引けるが、同じ魔道具師として負けてはいられん」
クロードさんの言葉に、もう一人の魔道具師や職人達が力強く頷く。
ちょっと照れるけど、それでみんなのやる気が出るなら、いくらでも相談に乗るわ。
「ところでお嬢様、どうされましたか?」
「こう言ったら生意気かも知れないけど……オーバン先生のは全部売れているのに、私のは売れているのと売れていないのがハッキリ分かれていたから、ちょっと悔しい」
ペタッと机に突っ伏して唇を尖らせた私に、オーバン先生とクロードさんが声を上げて笑う。
「はっはっは、マリエットローズ君の発想は、良くも悪くも突き抜けておるからのう」
「お嬢様、気にすることはないですよ。誰にも真似出来ない発想を出せる、そこがお嬢様の強みですから」
私の後ろでエマとアラベルが、それでいいって顔でうんうんと頷いている。
気持ちはありがたいけど……。
前世の家電を持ち込めば、なんでも絶対に売れると思っていたのが甘かったわ。
現代日本の庶民と中世の貴族の生活は、考え方から習慣から違うのよ。
今後はそこを反省して、売り方を考えないと駄目ね。
こうしてブルーローズ商会の売り上げ報告が終わった後は、クロードさん達から、一般向けおよび機密の魔道具の開発状況についての報告を受ける。
開発状況は問題なし。
ただ……。
「これ以上、一般向けの新商品の開発は難しいですな」
最後にクロードさんが渋い顔になった。
「機密の魔道具を開発する工房はこれまで通りで大丈夫ですが」
「一般向けの下請けの工房はすでに手一杯です」
「他に受注先を探さないと、これ以上の大幅な増産は難しいな」
「せっかく順調に売り上げを伸ばしているのに、悔しいぜ」
職人達からも真剣な顔で意見が上がってくる。
「それは困ったわね……」
腕組みして考えるけど、結局、新たな受注先を探す以外、解決方法がない。
「かと言って、そこらの職人じゃあ……」
「魔道具製作に慣れている職人じゃないと、即戦力にはならないですからね」
そう、そこがネックなのよね。
アラベルがこそっと私に尋ねてくる。
「また不遇の目に遭わされている魔道具師や職人達を呼び集められないのですか?」
その声は、オーバン先生やクロードさんにも聞こえたらしい。
「声をかけられる者には、全てかけたからのう」
「中には応じなかった奴もいるが、それは応じなかっただけの理由があるからな」
そうなのよね。
声をかけた全員が来てくれたわけじゃなくて、来なかった人には来なかっただけの理由がある。
それと、本来魔道具の開発は帆船で使うための物だったから、これ以上の増産は不要と、無理に商売の手を広げなくてもいいのだけど……。
みんなやり甲斐を感じていて、やる気がある以上、私もほどほどでいいなんて言わないで、本腰を入れて取り組むべきでしょうね。
「これもお父様に相談してみます。解決には時間が掛かることを念頭に、協力してくれそうな職人達を探して指導をしてみて下さい」
「「「「「はい」」」」」
そして開発関係の最後に。
「お嬢様、給湯器は本当に必要なんですかな?」
クロードさんがなんとも言えない顔で確認してくる。
「必要です」
きっぱり言い切った私に、さらになんとも言えない顔になるクロードさん。
他の職人達も似たり寄ったりで顔を見合わせる。
「帆船に載せる必要も?」
「はい、とても大事です」
入浴の習慣がなく、濡れタオルで身体を拭くくらいしかしない人達には分からないだろうけど。
「船内で発生する病気や伝染病対策には必須です」
私も最初は、無理には必要ないと考えていたけど。
よくよく考えたら、インカ帝国はスペイン人が持ち込んだ現地にない病気で滅亡したと言う話があったことを思い出したから。
それが事実かどうかは別にして、免疫がない病気に弱いのは当然。
病気を持ち込んで相手を滅亡させるわけにはいかないし、こっちに持ち込まれて滅亡するわけにもいかない。
「例えば、毒蛇に噛まれたら体内に毒が入って、健康な身体に害を与えます。それは病気も同じで、病気の原因となる――」
だからその辺りのことを、イメージさえ伝わればいいから、簡単に説明する。
私も免疫学やら、そういうのは素人で詳しくないから、本当に簡単に。
それでも、病気になって熱が出たら悪い血を抜く瀉血をすればいい、と言う迷信まがいの医学より、遥かにマシのはずよ。
詳しく調べたら、アグリカ大陸発見当時も、お互いに未知の病気で苦しんだ人達がいた記録もあったから。
「――なので、船員が常に清潔にして、病気の原因を持ち込まない、持ち込ませない、これが大事なんです」
「そういった事情があったとは……」
「さすが天才よ――お嬢様、博識だな」
今、誰か天才幼女と言いかけたわね?
「なるほど、さすがマリエットローズ君じゃな。儂はてっきり、自分が風呂に入りたいから作り始めたと思っておった」
それは……最初はそうだったけどね?
「お嬢様、どうかされましたか?」
「いいえアラベル、なんでもないわ。ともあれ、これで本日の会議は終了です!」
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