88 ドライヤーは大反響です
「次の主力商品は、マリエットローズ式ドライヤーです。こちらはランプ以上の反響がありまして、予約が殺到しています。販売戦略が異なるので、さすがにランプ程ではありませんが、その数は――」
「「「「「おお~!」」」」」
「えっ、そんなに!?」
予想以上の数にみんなが歓声を上げる中、思わず聞き返してしまう。
手元の資料を改めてよく見てみれば、販売数や販売額の大きな数字に紛れて、予約数もまた、言われたとおりの大きな数字で記されていた。
二度見するように資料とポールさんを見比べる私に、マチアスさんが至極当然とばかりに笑顔で頷く。
「ランプ然り、空調機然り、冷蔵庫然り、それらの魔道具は、デザイン面や機能面において劣るとは言え既存の魔道具があります。コンロに至っては、普通に竈がありますからな。しかして、ドライヤーにはそれがないのです」
それは確かに、マチアスさんの言う通りね。
やっぱり異世界転生定番のドライヤーは強かった!
「実は先日、マルゼー侯爵製、ディジェー子爵製のドライヤーが発売されました」
エドモンさんの補足に、ほらやっぱりないわよねと納得しかけて、ビックリして振り向く。
エドモンさんは思い切り苦笑を浮かべていた。
……私のリアクション、そんなに可笑しかった?
「今、ドライヤーは他にないと言う話だったはずじゃが?」
「代替品があるなら、ドライヤーだけそれほど予約が殺到しているのは何故だ?」
オーバン先生とクロードさんの疑問に、私も頷く。
「それはですね――ああ、いや、言葉で説明するより、現物を見て貰った方が早いでしょう」
変わらず苦笑のまま、エドモンさんが自分の鞄から二つのドライヤーを重たそうに取り出して、ゴトッとテーブルに置いた。
「うっわ! ダっサ!」
公爵令嬢らしからぬ顔で、はしたなくそう言ってしまったのは見逃して欲しい。
だって、思わずそう口をついて出てしまうくらいダサいんだもん!
「これは……」
「なんともまあ……」
他のみんなからも、思わず失笑が漏れる。
「ご理解戴けましたよね?」
エドモンさんの苦笑が大きくなる。
さっき浮かべていた苦笑は、私のリアクションのせいじゃなくて、このダサいドライヤーのせいだったのね。
賢雅会のトップだと言うマルゼー侯爵の商会から発売されたドライヤーは、金、プラチナ、ダイヤでキラキラと光っていた。
ダイヤの粒で模様を描いていて、その部分のデザインは決して悪くないと思う。
さすが貴族向けの高級感溢れるセンスと感心するくらい。
でも、根本的な造形が駄目。
とにかく、もう駄目。
それしか言い様がない。
「握りの部分はただの筒じゃな。マリエットローズ君が考えたような、手の平にフィットする形状、指をかける部位の工夫、握りやすさと取り回しを考えた重心の配置など、バランスを全く無視しておる」
「これは、お嬢様のマリエットローズ式変更機構は?」
「当然、そのまま組み込まれています」
「なら、特許使用料の分のコストダウンのために、ただの筒にしたんだろうな」
多分、オーバン先生とクロードさんの言う通りね。
表面がツルツルだから、上部や送風口の重さのせいで滑って送風口の向きが変わってしまいそうで、すごく使いにくそう。
しかも、使っている自分の足や、ご夫人、ご令嬢の頭や身体の上に取り落としてしまう事故が、本当に起きるかも知れない。
「それに、送風口を狭く絞っていないな。逆に角笛のように広げてしまっている」
「これじゃあ温風の勢いが付かないだろうし、無駄に風を撒き散らすだけだ」
「ああ。乾かす効率が悪く、魔石の無駄遣いだろう、これは」
「恐らく、マリエットローズ様のと比べて、広い範囲を一度に乾かせることを売りとコンセプトにしたのだろうが……」
「構造の意味を全く理解しないまま、見た目の差異を出すことを優先したらこうなりますって、悪い見本のようだ」
他のみんなも口々に駄目出しする。
「しかも、選んだ材質からして駄目」
テーブルに置いた『ゴトッ』と言う重々しい音からして、もう使えた物じゃない。
私がきっぱり言い切ったら、クロードさん達が一斉に目を背けた。
オーバン先生は『そんなこともあったかのう?』と言わんばかりの、ボケた老人みたいな顔をして誤魔化しているけど、オーバン先生も十分そっち側ですからね?
みんなも最初、貴族のご令嬢が使うんだから豪華じゃないと駄目って、これと同じように、金銀宝石で飾って作ろうとしていたでしょう。
誤魔化せないと思ったのか、オーバン先生が大きく肩を竦めた。
「儂らでは、皆、同じ発想に行き着いてしまうと言う、いい証左じゃな。それだけマリエットローズ君の発想が並外れて優れていると言えよう」
よいしょしても、誤魔化せませんけどね?
ちなみに、ディジェー子爵製も外観は大差なし。
こちらは金、銀、色とりどりの宝石を使って、花やら蔓草やらの彫刻が絡み付いていて、より重量がありそうなデザインだ。
しかも、握りの部分にまでそれがあるから、とても握りにくそう。
どっちもインテリアとして飾るだけにしても、さすがに、ね。
「こりゃあ、勝負にもならねぇな」
「まったくだ」
他領から来た職人達が、意地悪げに笑ったり失笑を漏らしたりする。
まあ、いい気味よね。
散々嫌がらせしてきたり、自分達の特許を盗んで儲けたりしていた相手が、こんなダサい失策を犯したんだから。
そんな彼らに、エドモンさんが爽やかに微笑む。
「これらの特許使用料の支払いがいくらになるか、楽しみだと思いませんか?」
「と言うと?」
首を傾げる彼らに、エドモンさんが笑みを深める。
「彼らとしては、我々に特許使用料を支払いたくはないでしょう。だから渋れば、我々に売れなかったと思われる。どうせ売れないでしょうから、正直に支払っても同じ。そんな醜態を、彼らのプライドが許すと思いますか?」
「思わねぇな」
「見栄を張るだろうな」
「そう。そう思われないためには、売れたんだと見栄を張って、実際より多く支払わないといけないわけです。ですが、果たして彼らは本当に多く支払うでしょうか? 全く売れていないのに」
みんなが、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
まさにその通りね。
売れなかったと、評判が落ちるのを甘んじて受け入れるのか。
製造費を回収できず大赤字で、しかも不良在庫を抱えることになるのに、それでも売れたと見栄を張って多くの特許使用料を支払って、さらに赤字を増やすのか。
これは私もちょっと楽しみになってしまったわ。
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