80 閑話:エマ日記 お嬢様が鈍……天使で愛し過ぎる
◆◆
お嬢様は鈍い。
いえ、無頓着と言ってもいいかも知れません。
「お嬢様じっとしていて下さい。リボンも付けましょうね」
「わぁ……♪」
旦那様に付いてシャット伯爵領へ視察に出かけられて以来、お嬢様もあちこちへ視察に同行されることが増えました。
その時は当然、公爵令嬢として恥ずかしくないよう、全身全霊を以て磨き上げ、天使としか言い表しようがないくらいに、目一杯着飾って戴いています。
普段は着飾ることに頓着しないお嬢様であっても、姿見に映るご自身の姿を眺める時は照れ臭そうに頬を染めて、ヒラヒラとドレスの裾を揺らしたり、髪型やリボン、うっすらと施したお化粧を入念にチェックされて、満更でもないご様子です。
そこはそれ、やはり女は生まれたときから死ぬまで女ですから。
まだ五歳のお嬢様であっても、可愛く着飾ることが楽しいご様子ですし、チェックに余念はありません。
ただ……。
「いつも思うけど、本当にお姫様みたい♪」
「何度も言いますが、お嬢様は本物のお姫様ですからね?」
「あはは、うん、そうなんだけどね」
鏡に映る着飾ったご自身を眺めて楽しげなのはとても良いのですが……。
何故でしょう、どこか他人事のように見えて、聞こえてしまうのは。
将来は世界一美しいご令嬢になることは決まっていると、そう胸を張って言える程に、幼いながらお嬢様は整ったお美しいお顔をされています。
ですが、鏡に映るそのお顔が自分なのだと、本当に分かっていらっしゃるのだろうかと、たまに若干の不安を覚える時があります。
そんな不安を覚えること自体、おかしな話なのですが……。
なので、あたしとしては、お嬢様にはいつもちゃんと自覚を持っていて戴きたいと思うのです。
「ここまで入念に磨かないとしても、普段からもっと着飾ってお洒落してみてはいかがですか?」
「う~ん……毎日は面倒だし、もうそういうのはいいかな。普段着のドレスだけで毎日の戦闘服としては十分よ」
この調子で、本当に普段は着飾ることに無頓着です。
それどころか、どこか毎日の身支度に疲れた女みたいな、遠い目をされる時があります。
この年頃なら、お洒落に興味が出てきて、毎日でもお化粧をして綺麗に着飾りたいと思っても不思議ではないと思うのですが。
おかげで、つい、やきもきしてしまいます。
何しろご自身の容姿に無自覚無頓着のせいで、実害が出てしまっているのですから。
最初の犠牲者は、シャット伯爵領へ初めて視察に行った時に出会った孤児の男の子です。
「そう、ジャン、アデラ、ユーグ、ジゼル、ロラン、みんなお話を聞かせてくれてありがとう」
そう言ってその子の手を取った時など、その子はいつまでもお嬢様から目が離せず、ぼうっと心あらずになってしまいました。
ただの麻疹で終わればいいのですが……。
いたいけな少年の未来を、踏み外させてしまったかも知れません。
それなのにお嬢様ときたら……。
「ジャンって、ちょっと変わっていて面白い子だったわね」
あたしと手を繋いで歩きながら、何も気付いていないご様子。
そんな呑気な話ではないのですよ?
おかげで、次の犠牲者が出てしまいました。
シャット伯爵家のジョルジュ様です。
「ジョルジュ様はいずれ伯爵家を継ぐ方ですから、今の内にいっぱい色々なものを見て、聞いて、生きた経験をすれば、きっと立派な領主様になれますよ」
年下なのに、まるで年上の女性のような、慈愛と期待と友愛を感じさせる微笑みを浮かべてそんな言葉をかけてしまうものですから……。
「僕はもっと色々な経験をして、立派な男になってみせます」
ジョルジュ様が幼いながらも男の顔をして、奮起されてしまいました。
ジョルジュ様が奮起されたこと、それ自体はいいことなのですが、両家の良好な関係を思えば政略結婚の必要は全くないそうなので、その恋は茨の道としか言えません。
それなのにお嬢様ときたら……。
「これでジョルジュ君の人見知り、少しは治るといいわね」
などと、帰りの馬車の中で無邪気に呑気なことを仰っていて。
おかげで道中、アラベル様と二人で膝を突き合わせ、頭を悩ませたものです。
「将来、無自覚のまま『傾国の美女』にならなければいいのだが……」
そうアラベル様が憂い顔でしみじみと言われたのも、無理からぬことと思います。
「孤児の時は、牽制しお嬢様を守れればそれで十分と思いもしたが、今回の件でわたしは認識を改めた。世の殿方のためにも、お嬢様にはしっかりとご自身の可愛らしさと美しさを自覚して戴かないと」
「良かった、分かって戴ける方が他にもいて。是非、お願いします」
「ああ、承知した」
その時のあたし達は、平民のメイドと貴族令嬢の女騎士と言う生まれも立場も越えて、戦友のように強く頷き合いました。
その後しばらくお嬢様はとても忙しくされていて、六歳になられたお嬢様は、なんとその幼さで全く新しい発想を組み込んだ魔道具を作り上げてしまいました。
お嬢様が天才であることは、お嬢様が三歳の頃から存じ上げていましたし、アラベル様も『お嬢様はわたしなんかより遥かに思慮深く、知識があり、頭がいい』と脱帽されていましたが、まさかこれほどだったとは、正直思いも寄りませんでした。
もしこのことが世に知られたら、お嬢様を欲しがり利用したがる貴族家や殿方は掃いて捨てるほどに集まってくることでしょう。
そして、どれほどの殿方の心を奪い、虜にしてしまうことか。
こうなれば、もはや猶予はありません。
お嬢様には早急に自覚を持って戴かなくては。
アラベル様と二人頷き合って、お嬢様にしっかり言い含めて自覚して戴こうと、わたし達は気を引き締めて、お嬢様のお部屋を訪れました。
「あ、エマ、アラベル、丁度いいところに」
すると、お嬢様が部屋へ入ったあたし達を見て、ぱあっと顔を輝かせます。
「あのね、実はね」
そして両手を後ろに隠しながら、わずかに頬を染めて、あたし達のところへ駆けてきて……。
「はい、エマ、アラベル。私からのプレゼント♪」
眩しい笑顔で差し出されたのは、お嬢様お手製の、魔道具のランプでした。
「こ、これをわたしに……?」
「あ、あたしまで、よろしいのですか?」
「うん♪ 二人とも、いつもありがとう」
天使……天使です!
その愛らしくも愛しい、眩しい笑顔は天使そのものです!
「くっ……! ありがとう、ございます……!」
アラベル様がランプを受け取って、手で口元を覆い隠しながら、ボロボロと大粒の涙を零されています。
「ありがとうございます……このランプ、家宝にします……!」
不覚にも、あたしの視界も滲んでしまいました。
だってこんなにも幸せな出来事は、生まれて初めてです!
「もう、二人とも大げさなんだから。でも、喜んでくれて良かった」
はにかむ笑顔は、それはもう眩しくて眩しくて眩し過ぎて。
やっぱりあたしのお嬢様は世界一です!
その日の夜、ベッドに入って、ランプのボタンをパチパチと操作します。
明かりが灯り、消え、また灯り、明るくなり、薄暗くなり。
何度操作しても飽きません。
貴族でもまだ、お嬢様と旦那様と奥様しか持たない、そんな貴重な魔道具を、ただの平民のメイドのあたしが戴いてしまいました。
斬新でお洒落なそのランプは、殺風景なメイド部屋にはそぐわず浮いてしまいますが、全く気になりません。
だって、ランプの裏面には小さな文字で『エマへ いつもありがとう マリエットローズ』と書いてあるんですから。
お嬢様は天然の人たらしかも知れません。
何か大事な事を忘れているような気がしますが、そんなことよりも、今はこのランプです。
「うふふ……♪」
もう、他人様には見せられないくらい、頬が緩んでにやけてしまいます。
本当にもう、お嬢様はお優しくて愛らしくて、愛しい愛しい天使です。
絶対に異論は認めません!
いつも読んで戴き、また評価、感想、いいねを戴きありがとうございます。
励みになりますので、よろしければブックマーク、評価、感想、いいねなど、よろしくお願いいたします。




