72 帆船で使いたい魔道具
「それであと二つは……?」
クロードさんが恐る恐るって顔で聞いてきた。
これ以上、どんなアイデアが飛び出してくるのか心臓に悪いけど、一人の魔道具師として聞かずにはいられないって顔ね。
だから私は腰に手を当てて、ない胸を思い切り張って教えてあげる。
「三つ目はコンロよ」
「コンロ?」
正しくは、火を使わないコンロ。
火を付ける魔道具はすでに作られていて、形状や火力など、用途に応じて何種類も売りに出されている。
だけど、ガスコンロみたいな魔道具はない。
だから、直接熱を発生させて、料理出来るコンロにすると言うわけ。
「それなら、普通に火を出して料理出来る台を作ればいいのでは? その方が安く簡単に作れそうですけど」
「それじゃあ駄目です。船の中でも使えるようにしたいので」
「なるほど、火を使わなければ、周りに燃え移る心配や火傷の心配もないと」
「それは船乗り達が喜ぶだろう、航海がより安全になる」
「その通りです」
今回の開発もウィンチ同様、大型船に乗せて使うことが主眼なの。
これは冷蔵庫、空調機も同じ。
冷蔵庫があれば、新鮮な肉、野菜、果物を運べるようになる。
壊血病対策に必須でしょう?
空調機は、火を使わなくても真冬の吹きさらしの海の上でも暖が取れるようになるし、真夏の熱中症対策にもなる。
コンロも火を使わなければ、船が火事になることはない。
どれだけすごい快速帆船を作っても、船員が病気で倒れたり船が燃えたりしたら、さすがにお手上げだもの。
だから、これら三つは優先的に開発したいのよ。
コンロに関しては、本当なら直接熱を発生させるんじゃなくて、IHみたいに電磁誘導で鍋の電気抵抗を利用して、鍋本体が直接発熱するようにしたかったんだけど、現状、二つの理由で再現できそうになくて断念したわ。
一つ目は、鍋を載せるトッププレートの下に仕込まれている細い銅線のコイルに流せる電気がないから。
電気自体がまだ発見されていない以上、電気を直接利用した家電を作るのは無理。
二つ目は、肝心の細い銅線を作れる工業力がないから。
おかげで、電磁石を作って実験することも出来ないのよ。
だからIHコンロは断念したの。
「単純に火を出して料理するコンロは、今はまだ登録されていないだけで、すぐに誰かが思い付いて作ると思います。火力調整が容易になったのだから、誰も思い付かない方が不自然でしょう?」
「『マリエットローズ式出力変更機構』のおかげじゃな」
「うっ……その通りです」
だからオーバン先生は面白がってその名前を出さないで欲しいわ。
ほら、またみんな私を生温かい目で見ているし。
「コホン。なので、私が作りたいのは、その先を行く魔道具です。単純に火を出して料理するコンロなら、特許利権貴族のお抱え魔道具師が思い付くか、また特許を横取りして売り出す可能性が高いですから」
「なるほど」
「それに一から十まで魔道具の特許を奪い取っては、いらぬ恨みを買って、マリエットローズ君の身が危うくなりかねんからのう」
「確かに、オーバンの言う通りだな。そのくらいの特許は見逃してやった方が安全か」
「もっとも、マリエットローズ君がその先を行く魔道具を開発するんじゃから、すぐに売れなくなるじゃろうがな」
「ははっ、なるほどそれはいい!」
「あの傲慢な連中に一泡吹かせてやれるな!」
「そういうことです」
私がにっこり微笑むと、みんな悪い顔で笑う。
本当に嫌われているわね、特許利権貴族は。
自業自得だから、同情なんてしてあげないけど。
「それで最後の一つはなんですか?」
「やっぱりそれも、とんでもない物なんですよね?」
「ふふっ、その通りです。最後の一つは、ドライヤーよ」
「ドライヤー?」
そう、異世界転生の開発で定番のドライヤー。
公爵令嬢として、貴族女性を味方に付ける必須アイテムね。
定番中の定番なんだから、これをやらない手はないじゃない?
もっとも、これだけは大型船とは全然関係ないから、他の三つが完成してからになるけど。
「ドライヤーは、簡単に言えば、手に持って使える小型空調機です。中身も恐らくほとんど同じになると思います。用途は、濡れた髪の毛を乾かすための道具です」
「濡れた髪の毛を乾かすための道具ですか?」
「そんな物、必要ですか?」
ふぅ……やれやれね。
「皆さんは男性ばかり、それも平民の方達ばかりですから、実感が湧かないのも無理ないかも知れませんが、貴族の女性にとっては、それはそれはもう大問題なんです」
貴族女性はロングヘアが基本。
滅多に髪を洗ったりはしないけど、一度洗ったら乾かすのがそれはもう大変。
私は元日本人としてお風呂に入らないのは気持ち悪いから、できるだけ毎日お風呂に入って洗っているけど。
だから前世の話も含めて、いかに女性が大変かを熱弁する。
「そ、そういうものなのですか……」
「それはそれは、大変なのですね……」
女性の大変さを理解したと言うよりも私の熱弁に気圧されたように、ここは逆らうまいと言いたげに話を合わせてきたけど、ちゃんとドライヤーを開発してくれるなら文句はないから、よしとしておく。
完成させて実際に自分達も使ってみれば、その有用性は理解出来ると思うから。
「ドライヤーは主に貴族の女性向けの商品になるので、それを念頭に置いたデザインや装飾を施します」
これら四つが、オーバン先生を招聘したときに、どんな魔道具を作りたいかと尋ねられた時の答えの一つ。
この四つの開発には、オーバン先生も全面協力してくれるから、果たしてどれほどの物が出来上がるか、今から楽しみね。
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