67 賢雅会の特許利権貴族達 1
エセールーズ侯爵は馬車を走らせた。
目的地は、王都にある特許利権貴族達御用達の高級レストランである。
常に彼らが集まるのは、その高級レストランの三階にある、広く大きな個室だった。
エセールーズ侯爵がその個室へと入ると、同じ特許利権貴族達だけが所属できる社交クラブ『賢雅会』のメンバーである貴族達が、すでに勢揃いしていた。
エセールーズ侯爵が一人だけ大きな特注の椅子に腰掛け、どっぷり太った身体を背もたれに預けると、控えていた給仕係にいつもの年代物のワインを注文する。
店側も心得たもので、すでに用意してあったそのワインを給仕して、一礼し部屋を出て行った。
そして、その豪華な調度品が揃う個室に彼らだけになったところで、一同を代表して、マルゼー侯爵が口を開いた。
「急な呼び出しにも拘わらず、よく集まってくれた。全員、すでに事態は把握していることと思う」
その口ぶりは、事態を把握していない無能など『賢雅会』に所属する価値もない、そのような無能などこの場にはいないだろう、と暗に切って捨てて圧をかけるものだった。
当然、そのような無能など『賢雅会』にはいなかった。
特許利権は情報こそ命なのだから。
「今回の件については、迅速な対処が必要だ。活発な議論を期待している」
マルゼー侯爵は細身で長身の三十代半ばの壮年で、落ち着いたインテリ風の雰囲気があり、社交界ではご婦人方に秋波を送られる美貌の持ち主だった。
南部沿岸のマルゼー地方に領地を持ち、貿易による黒字も多く、特許利権貴族達の中では最も財を持ち、エセールーズ侯爵と並び立つ『賢雅会』で最も高い爵位の侯爵であるため、『賢雅会』でトップの立ち位置にいた。
同じ侯爵でありながら自分を差し置いて『賢雅会』のリーダーとして振る舞うマルゼー侯爵のことを、エセールーズ侯爵が快く思っているはずもなく、その容姿や性格、執念深さなどから、陰で『狐』と揶揄する相手だった。
「そのようなもの、書類に不備があったと差し戻してしまえば済む話ではないか」
即、発言したのはブレイスト伯爵だった。
まだ二十代後半で、『賢雅会』では一番の若手になる。
長身でガッシリとした体付きをしており、顔つきも無骨。
加えて武人のような居住まいに鋭い眼光を持つ。
事実、ブレイスト伯爵家は武人の家系で、剣、弓、馬、拳銃の腕前は高く、軍略にも精通している。
かつては将軍も輩出したことがある武門の名家だ。
マルゼー侯爵とは対照的に、領地は北部沿岸で冬には港が凍り付いてしまうため、交易額はさほど大きくなく、魔石鉱山と特許利権が財政を支える重要な産業だった。
「若いのう。どんなに田舎者だろうと貧乏人だろうと、相手は仮にも公爵。そこらの有象無象の下級貴族どもを相手にするのとはわけが違うぞ?」
下に見て揶揄するような口ぶりで小さく肩を竦めたのは、ディジェー子爵だった。
まだ四十代になって間もなく、エセールーズ侯爵より年下なのだが、まるで年上の枯れて痩せ細った老人のように見えた。
ガッシリや長身、でっぷり太った他の者達と比べて、小柄なのが非常に目立ち、また容姿もマルゼー侯爵と並べば不細工としか呼べないほどに整っておらず、さらに目つきが悪いため陰気で陰湿に見える。
事実その通りで、その性格がそのまま容姿に出ていた。
子爵であり『賢雅会』の中では爵位は一番低く、それに見合って領地も狭いが、中央内陸に領地を持っており、金などの鉱物資源が豊富で、その財力は並の伯爵家など足下にも及ばない程に膨大だ。
加えて、爵位こそ子爵だが、かなり古い時代から続く家系で、『賢雅会』の中では一番古く由緒があり、それが誇りであり、王家の覚えもめでたい忠臣である。
それを鼻にかけて自慢するところが煙たがられているが、子爵と侮っていい相手ではなかった。
「たとえ公爵であろうと、この場の全員を相手にして無事で済むわけがない。真正面から事を構えるのは避けるはず。時間を稼げれば打つ手はいくらでも出てくると言うものだろう」
ディジェー子爵の揶揄に、ブレイスト伯爵が即座に切り替えす。
武人然としているため、一見すると脳筋と思われがちだが、『賢雅会』に所属するに相応しい戦略眼を持ち合わせている。
力押しに傾倒しやすい面があることは否めないが、それでも猪武者ではない。
「時間を稼ぐ手段としては悪くない提案だが、相手は腐っても公爵。落としどころが難しい」
マルゼー侯爵はゆったりと椅子に座った姿勢のまま、ブレイスト伯爵の発言に一定の理解を示すが、ゆっくりと首を横に振った。
「ゼンボルグ公爵家一つを相手にするのであるなら、その手でも構わないだろう。しかしゼンボルグ公爵家を相手にすると言うことは、すなわちゼンボルグ公爵領全てを、それは取りも直さず、かつてのゼンボルグ王国を敵に回すと言うことだ」
「ひっひっひ、まったくもって厄介なことよな。ゼンボルグ公爵領の貴族どもは六十年近く経った今も、ろくに切り崩せず力を削げずにいるからのぉ」
まだ四十代になったばかりでありながら、まるで遥か年上の老人のような言い回しをして、それが威厳の表れであると思っているディジェー子爵の振る舞いに、エセールーズ侯爵は眉をひそめるが、反論は口にしなかった。
自分も同じ思いだったからである。
エセールーズ地方は、かつてのゼンボルグ王国の領土だった。
六十年前の戦争で、当時伯爵だった先々代の活躍により、ゼンボルグ王国の領土のおよそ四分の一に当たる南部沿岸一帯で、魔石の鉱山があり豊かな穀倉地帯でもあったエセールーズ地方を領地として賜り、陞爵してエセールーズ侯爵となったのである。
それ以来、代々のエセールーズ侯爵は、ゼンボルグ公爵領を警戒し、ゼンボルグ公爵家がエセールーズ地方奪還のため戦争を仕掛けてこないか領境を常に見張り、ゼンボルグ公爵領の貴族を籠絡して切り崩し、またゼンボルグ公爵領所属の船の港湾使用料や関税を引き上げ、その力を削ごうと腐心してきた。
しかし、経済的にジワジワと締め上げていってはいるものの、勢力を切り崩すには至っておらず、いつまで経っても枕を高くして眠ることが出来ないでいた。
だから『さっさとこいつの登録を取り消して来い!!』と反射的に叫んでしまったものの、それが容易ではないからこそ、その手を打てていないのである。
それは、こうして集まった他の特許利権貴族達もまた、同様だった。
「あの親バカが娘の名を付けた技術の特許だ。それを取り消させれば、どんな過剰な反応をしてくるか分からん」
エセールーズ侯爵の忌々しげな発言に、誰もが『ああ……』と納得する。
パーティーでも夜会でも、愛娘を『天才』だ『天使』だと吹聴して回る親バカぶりは、社交界では有名を通り越してもはや一般常識となっているくらいだ。
「ではどんな手を打つ? 自分にはむしろ一戦、事を構えて直接力を削ぐいい機会に思えるが。ゼンボルグ公爵が避けたい事態にこそ持って行くべきだろう」
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