63 バロー卿をして天才と言わしめた魔道具師
「どうだい、マリー?」
お父様が私を見て尋ねてくる。
「はい、とても素晴らしい志をお持ちだと思います。人柄も信頼出来ると思いますし、何よりサンテール会長が推薦された方です。この方ならお任せしていいと思います」
「そうか。私も同意見だ」
お父様は満足そうに頷くと、エドモンさんに目を向けた。
「どうやらマリーのお眼鏡に適ったようだ。エドモン・バイエ。その働きに期待している」
「は、はい! 必ずやご期待に添えてみます!」
なんで六歳の娘の私に尋ねて、そのお眼鏡に適ったから採用になったのか、その理由が分からなくて戸惑ったみたいだけど、すぐに表情を改めて頭を下げる。
その切り替えも高評価ね。
ここでウダウダと、なんでどうしてと悩んだりごねたりするようでは、安心して任せられないもの。
そこはさすが、サンテール会長の紹介だわ。
それから残りの二人についても、それぞれ自己紹介してくれる。
「副商会長補佐を拝命致しましたマチアス・バイエと申します」
白髪のお爺さんが、エドモンさんのお父様でマチアスさん。
先々代、先代サンテール会長と二代にわたって、サンテール商会で貴族相手の渉外担当として働いていたそうよ。
だから貴族への対応は慣れていて、挨拶も堂に入っていたわ。
今のサンテール会長に代替わりしたときに、老兵は去るのみと、若い人に任せて引退したんだって。
そして今回、エドモンさんを補佐するために、現役復帰を決めてくれたらしい。
副商会長のエドモンさんの仕事が実質商会長だから、副商会長補佐の仕事は実質副商会長ね。
「け、経理を担当します、ポール・アンペールです。よ、よろしくお願いします」
もう一人の二十代の男の人は、サンテール商会でも経理をしていたポールさん。
亜麻色のくせっ毛で、瞳も亜麻色の、ちょっと色素や気配が薄い感じで、顔つきも平凡で存在感も薄い、目立たない男の人だ。
貴族相手は慣れないのか、ちょっとオドオドした感じだけど、数字に強くて優秀で、真面目にしっかり働いてくれる人みたい。
「お前達の働きに期待している。頼んだぞ」
「はい!」
「お任せ下さい」
「は、は、はい!」
主にお父様や私とやり取りするのは、今回挨拶に来てくれた三人になる。
もちろん他にも仕入れ、流通、渉外、その他、幹部になる人は何人もいるし、店員、人足、専属の護衛など、大勢の人達が私の新しい商会で働いてくれることになっている。
その辺りのことは、もういちいち私が考えることじゃなくて、副商会長になった実質商会長のエドモンさんにお任せだ。
「さて、今回の新商会の設立で、名目上のトップである商会長は私になるが、細々とした案件は後ほど説明するとして、一つとても大事な案件を先に説明しておかなくてはならない」
お父様が声のトーンを下げて纏う雰囲気を少し重くして、これから話すことは自分達のお眼鏡に適ったから話せる重要な秘密だから心して聞くように、と言わんばかりの口ぶりになる。
エドモンさんとポールさんは緊張したのか表情も身体も固くして、マチアスさんは表情こそ変えないけど緊張を滲ませた。
領主で公爵のお父様が明かす秘密なんだから、余所で口外したら命がない。
商人なら、そのくらい見当が付くわよね。
「取り扱う商品は新たに開発する魔道具で、その開発者があの高名なバロー卿であると言う話はすでにガストンから聞いていることと思う。しかし、開発を担当する魔道具師はバロー卿一人だけではない。もう一人、バロー卿をして天才と言わしめた魔道具師が開発を担当する。より正確には、その天才魔道具師が開発した魔道具を売り出すことこそが、新商会設立の意義だと承知しておいて貰いたい」
お父様の説明に、エドモンさん達三人からどよめきが上がる。
まったく、お父様ったら大げさに紹介しすぎだと思うわ。
公爵っぽい顔で重々しく言いながら、親バカ全開なんだから。
「あのバロー卿をして天才と言わしめた魔道具師……それはすごい!」
「しかしそのような魔道具師は名前どころか噂すら……いえ、なるほど、余計な横槍が入らぬよう、バロー卿のお名前を前面に出して秘する必要があると言うわけですか」
「い、一体その方は、どなたなのですか?」
今にもにんまりしそうな顔を引き締めながら、お父様が部屋の隅に控えていたセバスチャンに合図する。
「まずはその魔道具師が開発した魔道具を見て、その天才ぶりを理解して貰いたい」
セバスチャンがドアを開けて合図すると、エマがワゴンに乗せて私が作ったランプを運んで来た。
「ランプ……だけどデザインがとても斬新で前衛的だ……それでいて美しい」
エドモンさんを始めランプに目を奪われている三人の前に、エマがランプを置く。
「触って操作して構わない。天才が天才たる所以を自らの目で確かめてみるといい」
お父様が芝居がかった口調になって言うと、代表してエドモンさんがランプを手に取って操作して……。
後はお決まりのコースね。
三人とも大興奮で大絶賛。
「素晴らしい! 魔道具の歴史が変わる一品だ!」
「ううむ……バロー卿が天才と言うだけのことはありますな」
「これは売れます! 既存の魔道具を駆逐する勢いで売れますよ!」
それを目の前で聞かされている私は恥ずかしくて仕方ないんだけど、お父様はもうご満悦だ。
「では皆に、その天才魔道具師を紹介したいと思うが――」
お父様が私を抱き寄せるように肩に手を回す。
「――先ほどから疑問に思っていたのではないかな? 何故この場に、私の娘が同席しているのか、と」
もう、お父様ったら楽しんでいるわね。
サンテール会長が笑いを噛み殺すのに大変そうよ。
私も、さっきから恥ずかしくてずっと顔が熱いんだから。
そう言えばって感じに、エドモンさんとポールさんが首を傾げて、マチアスさんがまさかって感じに目を見張った。
「紹介しよう。あのバロー卿をして天才と言わしめた魔道具師。私の娘、マリエットローズだ」
ほら、三人とも驚きすぎて声もないじゃない。
「改めまして、マリエットローズです」
もう、それだけ言うのでいっぱいいっぱいよ。
だって『ただいまご紹介に預かりました、天才魔道具師のマリエットローズです』なんて恥ずかしくて言えるわけないじゃない。
さらに。
「ちなみに、先ほどエドモン・バイエが言っていた、『ゼンボルグ公爵領全体でインフラ整備や特産品の増産など、領地を豊かにするための大きな経済の動き』を発案し、私に提言してきたのも、このマリエットローズだ」
まさに騒然。
大変失礼ながらって前置きして、お父様と私に質問の嵐よ。
サンテール会長が一緒になってフォローしてくれたんだけど……。
「お前達も扱っていただろう。何を隠そう、浮き輪とライフジャケットを発明したのも、こちらのマリエットローズ様だ」
そんな風に、さらに燃料投下するものだから、もう大変よ。
「こ、こ、この方があの……!」
「つまり新商会は、こちらのマリエットローズ様が考案、開発された商品を売り出すための商会と言うわけなのですね」
「確かにこれは、身の安全のためにもお名前は伏せておかなくてはなりませんな」
と、最後には納得してくれたみたいだけどね。
もっともそうなるまでに、かなり時間が掛かってしまったけど。
「ではマリー」
エドモンさん達三人が新商会の主旨を理解して、事実上私がトップに立つ体制を納得してくれたところで、お父様が促してくる。
「はいお父様。では、私はここで失礼させて戴きます」
一礼して、エマと一緒に応接室を出る。
子供の私が出る幕はここでおしまい。
後は多分、お父様が公爵としての怖い顔で、子供の私にはまだ聞かせられない話をするんだろう。
「お嬢様、お疲れになったでしょう。奥様が先ほどクッキーを焼いておられましたよ」
「お母様のクッキー!」
うん、それはいい!
大人相手に話をして疲れたから、糖分を補給しないとね!
後は大人のお父様達にお任せで。
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