51 合わせて懐中時計も必要です
「『ろくぶんぎ』を作ったら、まず各地でそくりょうして、ゼンボルグ公爵領の、特に海岸線の正確な地図を作りましょう。それから海軍と商船にも協力してもらって、オルレアーナ王国からアグリカ大陸までの正確な海図を作りましょう」
海岸線を正確に記した地図、海図は船乗りにとってとても重要な情報になる。
今の船はほとんど小型船ばかりだから、嵐にとても弱い。
嵐に遭うと、港ばかりじゃなく入り江に避難したり、砂浜に船を引き上げて修理したりするから、海岸線のどこにそれらがあるのか正確に把握することは、死活問題に直結すると言うわけね。
つまり海図を作り、自分達の現在位置を正確に把握する測量技術の発達は、安全な航海に必要不可欠な要素なのよ。
だから一緒に、三角測量についてもお父様にプレゼンしておく。
そこで六分儀がどれほど役に立つのかも。
この世界の測量は導線法で不正確だから。
導線法は観測したい二点に旗を立てて、間に綱を張って、その綱の長さを測って測量するの。
これだと方角がズレやすいし、高低差には弱いし、誤差が大きくなってしまうのよ。
船長さんが、地図を作る方法で、海の上ではロープを張れないし歩けないって言ったのは、そのためね。
「なるほど……直通航路を開拓するのに、アグリカ大陸の正確な位置が分かる海図が必要なのは明らかな話。ゼンボルグ公爵領内の測量は、差し詰めその練習。測量技術の確立と新しい道具を使いこなせる技術者の養成のため、と言うわけだね」
「さすがパパ、その通りです!」
私が言いたいことを正確に、それも即座に理解してくれて、嬉しくなっちゃう。
ただ、緯度は比較的簡単に測定できるけど、経度はそう簡単にはいかない。
父と兄の話によると、経度の測定は、前世でも十九世紀くらいまで様々な方法を試されてはやっぱり不正確で駄目だったと、試行錯誤を繰り返していたらしいわ。
現状の、船長さんに見せて貰ったロープを海に投げ込む、大雑把で不正確な方法では元からお話にならないのよ。
だから、私は父と兄から聞かされた知識を掘り起こして考えたの。
経度を今より正確に測れるよう、本命の策と次善の策と、二つのアプローチ方法を。
「だからパパ、時計職人に時計を作らせて下さい」
「マリーの話はいつも飛躍するね。これまでの話と繋がりがあるんだね?」
「はい、大事な部分です」
これはと思うと、つい、あれもこれもって畳み掛けてしまう癖、なかなか治らないのよね。
絶対に血筋よ。
「そうか。時計ならうちにも色々あるが、どんな時計が欲しいんだい?」
「ゼンマイ式の懐中時計です」
「ゼンマイ式? ゼンマイとはなんだい? 懐中時計とは?」
「ゼンマイは渦巻きバネのことです。懐中時計は上着のポケットに入れて持ち運べるくらい小さな時計です」
「ポケットに入れて持ち運べる小さな時計とはまた……すごい物を考えたね?」
実は時計を大きく発展させてきたのは教会なの。
鐘を鳴らして時間を伝えるためと、宗教儀式で正確な時間を知る必要があるから。
ではこの世界にどんな時計があるかと言うと、そこは前世と変わらず、ざっくり、日時計、水時計、火時計、砂時計、機械式時計がある。
日時計は説明不要よね。古くからある正確な時計だから。
ただし、天気が良くないと使えない欠点があるけど。
水時計もかなり古くからあって、タンクから水を流してギアを動かす仕組みで、おもりを落として鐘を鳴らしたり、人形を動かしたり、結構凝った物が色々あって見ていて楽しいわ。
ただし、冬は水が凍ってしまう。
しかもタンクの中の水量で水圧が変わるせいで、水が減ると勢いが弱まって誤差が出てしまうから、そういった問題を解決するための複雑な機構が色々組み込まれて大型になってしまっているから、船に積むには向いていない。
火時計は、専用のロウソクや鯨油などの煤が出にくい油、線香などのお香を燃やして、燃えた量で時間を計る時計ね。
問題は、大量にそれらを積み込まないと船では使えないし、火事が怖いこと。
砂時計も説明不要よね。砂が落ちきる時間に限定されてしまうけど、これも正確に時間が計れる時計になる。
ひっくり返すだけで何度も使えるから、省スペースなのが強みね。
だから船に乗せる時計は大体、この一番お手軽な砂時計になるみたい。
機械式時計は、紐にぶら下がったおもりが下がることでギアを動かす時計。
設置にはおもりが下がるためのスペースが必要になるし、揺れる船では使いづらい。
そういうわけで、持ち運びに便利なゼンマイ式の懐中時計が欲しいのよ。
バネを、つまり変形した物が復元しようとする弾性を利用した道具は、分かりやすいところで古くから弓がある。
同様に、板バネだって板を曲げているだけだから、構造はすごく簡単。
だから薄い板バネをグルグル巻けばゼンマイに、細い線を巻けばスプリングになる。
ゼンマイ式の懐中時計にはどちらも必要なんだけど、残念ながらどちらもまだ発明されていない。
だからゼンマイ式の懐中時計は、時代的に数十年から百年くらい早いと思う。
だけど、他のオーパーツを考えればそんなの誤差よね、誤差。
とにかく、船上で時間が正確に測れないことには、正しい観測時間が分からなくて正確に経度を測れない。
三百六十度何もない大海原で自分の位置を見失うなんて恐怖、想像したくもないわ。
本音を言えば、クロノメーターが欲しいところ。
これを使えばどの時計より正確に経度を計算出来る、と言うのが売り文句だった、当時とても優秀で時間のズレが少なかった時計で、かのキャプテン・クックも褒め称えたらしいわ。
と言っても、それでも初期型は一日六秒もズレが生じたって話だけど。
しかも、クロノメーターが開発されたのは十八世紀。
それを考えれば、現在の時計の不正確さは推して知るべしよね。
残念ながら、さすがに私もクロノメーターの構造は知らないから、時計職人に頑張って懐中時計を作って欲しいの。
ちなみに余談だけど、振り子時計は懐中時計よりずっと後の発明らしいわ。
「ふむ、船の上でも使える正確な時計か……なるほど、確かにそれは重要だね。場所や季節によって一時間の長さが変わってしまっては、正確な観測など望めないな」
「はい、そうなんです」
新大陸を目指すと決めてから、お父様も航海術その他、色々調べてくれたみたいで、言わんとするところをすぐに理解してくれるから助かるわ。
地軸の傾きに合わせて傾けて立てていない日時計は、冬の一時間は短く、夏の一時間は長く、また緯度によっても変わってしまう。
いざという時、日時計に頼ってもその知識がなければ時間を間違うことになるから。
でも正直、どれだけ頑張っても今の技術ではそれほど正確な時計は作れないと思う。
だから時計は次善の策。
「なのでもう一つ、懐中時計が作れなかったときのために作りたいものがあります」
そう、こっちが今回の本命の方法ね。
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