50 次なる発明は六分儀と羅針盤
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「パパ、お時間取ってもらっていいですか? 準備ができました」
屋敷に帰ってきてから数日、私はプレゼン用の資料をなんとかまとめて、お父様の執務室を訪ねた。
内政のお手伝いやら計画の立案やら、すでに私の仕事部屋も兼ねているお父様の執務室だから、遠慮なく入って、そうお父様に時間が取れないかお伺いを立てる。
「思ったより時間が掛かったね。それだけの話と言うことか。分かった、これから話を聞こう」
「いいんですか?」
「もちろんだよ。善は急げと言うだろう。マリーも気が急いているようだしね」
船の上でも思ったけど、私の考えなんてお父様には丸分かりみたい。
嬉しいやら、困ったやら。
いずれ、公爵令嬢らしく、考えを表に出さないミステリアスな淑女にならないと。
でも、それはいずれの話。
やると決めたからには早ければ早い方がいい、待ったなしの案件なのよ。
と言うわけで、早速構想を切り出す。
「パパ、『ろくぶんぎ』と『らしんばん』を作りたいです」
そう、ずっと考えていた作るべき航海術を助ける道具とは、前世でも世紀の大発明だった『六分儀』と『羅針盤』のこと。
これがあるとないとじゃ、航路を定めるのも、遭難時の生還率も、大きく違ってくることになる。
実際に帆船に乗せて貰って、地図や測量方法を見せて貰って、強く実感したから。
「またしても突然だね。ん~……それが具体的にどのような物かは分からないが、『四分儀』では駄目なんだね?」
「はい、全然駄目です」
「『羅針盤』だってあるが、それも駄目なのかな?」
「はい、全然駄目です。沿岸近くを航海するだけならまだしも、外洋にこぎ出して新大陸を目指すなら、もっと性能が高くて信頼できる物じゃないと」
今でも船乗り達は古くから伝わる、構造がすごく単純な『四分儀』を使っているけど、『六分儀』の方が優秀なのは歴史が証明しているもの。
この世界の航海術の発達具合だと、そこだけ見れば今は西暦にして千三百年前後、およそ十三世紀末から十四世紀初頭くらい。
そして『六分儀』が登場するのはまだ四百年以上は先の十八世紀だから、やっぱりこれもオーパーツになるわね。
出典は、相変わらず前世で父と兄に酒の席で散々聞かされた話から。
構造や使い方は、話だけじゃなく画像まで見せられていたから大体覚えている。
これがあれば、緯度と経度を今より正確に計測することが可能になるのよ。
ただ、今回の話は、単に子供が大きなお船だとたくさん運べると思い付いたとか、他にも未発見の大陸があってもおかしくないよねとか、魔道具作ってみたいですとか、その程度の可愛い発想じゃない。
明らかに、最先端の学問や技術が関わってくる、その道の権威の学者が切り出しそうな話ばかりで、これまでとは話のレベルが段違いに難しくなる。
正直、いくらなんでも子供がしていい話を相当逸脱すると思うから、躊躇する気持ちがないわけじゃないけど……。
航海術の現実を見せられて、危機感を覚えた以上、躊躇っている場合じゃない。
どうせもうお父様には、『うちの子は普通じゃない』って思われているんだから。
意を決して、まず『六分儀』の構造について描いた拙い絵の資料を見せて、さらにペンや本などの道具で代用しながら使い方を実演する。
構造についての詳細は実際に作る職人さんに伝えればいいとして、お父様にはその有用性を理解して貰うことの方が大切だから、ここは大体でいい。
「ふむ……名前は似ているが、四分儀とは段違いに複雑な道具だね……つまり、世界は丸くて? 緯線と経線と言う線を引いて区切ることで、今より遥かに正確な地図が作れて自分の現在地が分かる、『六分儀』はそのために必要な道具と言うわけだね?」
「さすがパパ、その通りです!」
ちょっと不安なのは『世界は丸くて?』と首を傾げたところだけど。
地球は丸い。
言うまでもなく常識よね。
実は、最初に地球が丸いと考察して緯度と経度を考案して、さらには地球の円周の長さまで計算で出したのは、紀元前の天文学者や数学者なのよ。
もっとも、まともな観測機器があるわけじゃないから、誤差は当然大きかったみたいだけど。
でもそんな誤差なんて些細な事よ。
二十一世紀から遡ること二千年以上も前に、それだけの発想を出せたこと事態が驚きなんだから。
その後、千年以上経って暗黒時代と呼ばれた中世に入ると、それらの学問が全然伝わらなくなって地球は平らになってしまったなんて、信じられない話よね。
そして色々な本を読み漁った結果分かったのが、この世界も似たような状況になっていると言うこと。
古代の偉人の知恵が、全然伝わっていないのよ。
多分どこかに、偉人が残した論文やその写しが残っているとは思うんだけど。
ともかく廃れてしまった知識と技術には測量技術も含まれていて、だから地図には緯線も経線も引かれていなくて不正確で、前世の中世の地図みたいに大体合っているけど結構適当な形になってしまっているの。
そんな不正確な地図でも、世界の西の果てがゼンボルグ公爵領なのは変わらないんだから、早く新大陸を発見して世界地図を更新したいわ。
だからそのための準備を入念に、造船中の今の内に整えてしまいたいのよ。
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