41 帆船をじっくり眺めてみた
「お~ふ~ね~!」
港へと移動して、桟橋に並ぶ帆船にテンションが上がって思わず万歳をする。
子供だから身体は小さいし目線も低いから、改めて近くで見ると、帆船がとても大きな船に見えるのよね。
それに、馬車に初めて乗った時もそうだったけど、どっちも前世では普通に乗ることがない乗り物だから、まるでこれからテーマパークのアトラクションで帆船に乗るみたいなワクワク感があって、否応なく期待が高まってしまう。
「お嬢様、またお船が見られましたね」
「うん♪」
私がご機嫌だから、エマもニコニコご機嫌だ。
ちなみに、左手はしっかりとエマが握っている。
ドボン未遂があったからだけど、二度も同じ過ちを繰り返すほど私も馬鹿じゃない。
ちゃんと大人しくエマと手を繋いで、慌てず走らず、二人でゆっくり歩いている。
ちなみに、チラッと目線だけで振り返れば、私のすぐ真後ろをアラベルが、まるで私が駆け出した瞬間すぐさま飛びついて止められるようにと言わんばかりに、やや腰を落として身構え気味になりながら歩いていた。
失礼な話よね。
失った信頼を取り戻すのは、時間が掛かりそうだわ。
そうしてのんびり帆船を眺めながら港を歩いて行き、程なく、港でも拡張工事をしているのとは反対側の、一つの桟橋へとやってきた。
「あちらに見えるのが、我がシャット伯爵家の船になります」
案内してくれたシャット伯爵が指さしたのは、長い桟橋の先の方に、たった一隻だけ停泊している帆船だった。
その帆船では、出港の準備なのか船員さん達が忙しなく働いている。
だけど付近に他の帆船がないから、それ以外の人達の姿はない。
万が一がないようにって、人払いをしたんでしょうね。
おかげで商船の荷の積み卸しや、行き交う人足や船員さん達の作業の邪魔にならないようにと気を遣わずに済むから、ゆっくりと帆船を堪能できそうでありがたいわ。
「ほう、なかなか立派な船じゃないか」
「実はわたしも、船に乗るのは初めてなの」
「私も乗ったことがあるのは軍艦か商船ばかりで、しかもその時は仕事だったから、のんびり船を楽しむのは初めてだ」
「楽しみね、あなた」
「ああ、そうだな」
私達の後ろを付いて歩いているお父様とお母様の楽しげなお喋りが聞こえてきて、私もさらに楽しくなってくる。
私達が近づいていくと、日に焼けた髭面の一際ごつい体格のおじさんが、わざわざ船を下りて近づいてきた。
「皆様、ようこそ。お待ちしておりました」
「ああ、今日は世話になる」
シャット伯爵が鷹揚に頷くと、私達を振り返った。
「公爵閣下、公爵夫人、マリエットローズ様、こちらがこの船の船長です」
どうやらその髭面のごついおじさんは船長さんだったらしい。
「船長、こちらがゼンボルグ公爵閣下と公爵夫人、そしてお嬢様だ。くれぐれも失礼のないようにな」
「はい、伯爵様。ご機嫌麗しく、公爵家の皆様。この船の船長を務めています、セヴランと申します」
「ああ、今日はよろしく頼む」
意外としっかり丁寧な挨拶をした船長さんに、お父様が鷹揚に頷いた。
一通り挨拶が済んだら、大人達は打ち合せの話し合いを始めたので、側でじっとしながら聞いていても退屈だから、私は帆船を眺めさせて貰うことにする。
もちろん、ちゃんとお母様に断ってよ?
だってジョルジュ君は相変わらず人見知りを発動中。
視線を感じるから私を気にはしているみたいなんだけど、シャット伯爵の側にいて私に話しかけてこないんだもの。
子供同士もっと交流すべきとは思うけど、私だって人見知りの男の子に無理に話しかけて尻込みされるより、今の興味は帆船にある。
エマと手を繋ぎながら、船首から船尾に向かって、船を見上げながら歩いてみた。
シャット伯爵家の帆船は、飽くまでも船旅をするための船で軍艦じゃないそうで、武装用の船首楼を取り付けていないから、船首には船首像が飾られていた。
父と兄の話だと、中世になって船首楼の取り付けが主流になると船首像は廃れていって、十六世紀になって大型のガレオン船が普及して船の装飾が派手になっていくと、また船首像を飾るのが流行っていったらしい。
そういう意味では、この帆船はあちこちに装飾が施されていて、実用一点張りの他の商船と比べると、いかにも貴族の船って感じがする。
その船首像は、ゼンボルグ公爵領では一般的な女神ポセーニアだ。
波打つ長い髪が裸身の半分を覆い隠して、腰から下は、名前はよく知らないけど、ギリシャ神話の女神が着ているような薄布を巻きスカートのように巻き付けてある。
商船で多いのは、両手を胸の前で交差させて胸を隠しているポーズだけど、この帆船では、右手に神話に登場する海の魔物を倒すための三叉の矛を携えて、左手に遭難者を導くランタンを掲げている。
凝っている分、さすが貴族の船と言う感じね。
ただし、両手が塞がっているから、胸は丸出しになっているけど。
だけど、仮にも海の女神を象った芸術品だから、扇情的ないやらしさは欠片もなくて、子供が目にしても安心ね。
船の長さは大体十二メートル以上、十五メートルはないくらい。
全幅は六メートルはありそうだから、全長が全幅の二倍から二.五倍くらいで、やっぱりずんぐりとした印象があるわね。
造形は、なんとなく十二世紀頃に主流だったコグ船に似ている。
そこは他の商船とあまり大きく変わらない感じね。
だけど、他の商船がコグ船そのままって感じなのに対して、この船にはコグ船と大きな違いがあった。
コグ船は、マストは一本で横帆が一枚だけの帆船なんだけど、この船はマストは二本で、横帆がそれぞれ一枚ずつ張ってあった。
コグ船と同時代から少し後に登場したハルク船とも違うけど、さらにその後のキャラック船やキャラベル船への過渡期にある帆船なのかも知れない。
もっとも、単に考えすぎで、シャット伯爵が財力を誇示するためにマストを増やしただけ、と言うオチかも知れないけどね。
甲板には魔道具兵器の大砲が並んでいるのが見える。
桟橋には左舷で接舷しているから片側しか見えないわけだけど、片側に五門並んでいるのが見えるから、全部で十門あるみたい。
軍艦ではないけど貴族が乗る船だし、海賊に襲われて人質にされて身代金を要求されるなんてことがないように、抑止力のための武装かな。
大砲は、時代背景で考えるとようやく木製や青銅製の物が誕生し始めたばかりで、この船にも載せてあるような、軍艦や海賊船がドカンドカン撃ち合うイメージの鋳造でガッシリした大砲が登場するのは、まだ百年近く技術革新を待たないといけないんだけど。
この世界だと、火薬を使わない魔道具兵器として開発済みだからね。
「アラベルは船に乗ったことある? 船の上で戦える?」
「いえ、わたしも船は初めてです。揺れる船の上では戦いにくそうですね」
「くんれんすれば戦えそう?」
「う~ん……どうでしょう? 陸戦と海戦はかなり勝手が違うと言いますし、船上は狭く、船員も多く、帆を操るロープやマスト、大砲があって、陸の上と同じように戦うと言うわけにはいかなそうです」
「ふ~ん、そういうものなんだ」
そんな話をしていたら、どうやら大人達の話は終わったらしい。
「マリー、戻っておいで」
お父様に呼ばれてみんなの所に戻る。
「それではこれより皆様に乗船して戴きます」
いよいよ、初めての帆船だ。
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