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悪役令嬢は大航海時代をご所望です  作者: 浦和篤樹
第一部 目指すは大海原の向こう

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38 閑話:エマ日記 お嬢様は可愛い

◆◆



 お嬢様は可愛い。

 異論は認めません。


 幼いながらその整った容姿は、将来奥様にそっくりの、いえ、奥様以上の美貌の世界一美しいご令嬢となられるでしょう。

 それこそ、旦那様や奥様の(おっしゃ)る通り、神様が遣わされた天使と言っても過言ではありません。


 ですが、あたしが可愛いと言うのは、その類い希なる美貌のことだけを指して言ったわけではありません。

 奥様に似てやや吊り目気味で一見するときつく見えてしまいますが、実はとても優しい眼差しをされていて、その微笑みの愛らしいことと言ったら、まるで魅了の魔法が掛かったかのように、見る者を虜にしてしまいます。


「え~ま~、だっこ」


 甘えておねだりする時は、さらにです。

 どこか甘えることに気恥ずかしさを感じているような、でも、はにかみながらも誰かに甘えたい欲求を抑えきれない、そんな……もう言葉では言い表せない、母性本能をくすぐられる愛らしさに満ち溢れています。


「はい、お嬢様」

「キャッ、キャッ♪」


 あたしがお望みのままに抱っこして差し上げると、それはそれはもうご機嫌で、満面の笑みで大はしゃぎです。

 そんなお嬢様を見ているだけで、あたしも自然と笑顔が零れて幸せになれます。


 ですが……。


 時折、甘えたさんが過ぎる時は、しっかりとしがみついてきて、あたしに頬擦りしたり、しがみついたままぐずって、いつまでも降りてくれないこともあります。


「大丈夫ですよ。あたしはここにいますよ。なんにも寂しくありませんし、怖くもないですよ」


 そんな時は、お嬢様が満足するまで抱っこして、しっかりと抱き締めながらあやしてあげます。

 腕が痺れようと、足が痛くなろうと、あたしからは決して手を放したりはしません。


 お嬢様は大変に利発で聡明な方です。

 幼児とは思えないくらい、それこそ大人と変わらないのではと驚かされることがしばしばあるくらい、物事を理解しています。


 だからでしょうね、時々、甘えたさんが過ぎるときがあるのは。


 旦那様と奥様……お嬢様のご両親は、ゼンボルグ公爵閣下と、公爵夫人ですから、大変にご多忙です。


 普段から領地をよく治めるために執務室へ籠もって政務を行い、屋敷に貴族の来客があれば歓待の準備のために何日も前から差配しと、普段からお嬢様に構っている暇がありません。

 また、数日掛けてゼンボルグ公爵領の各地を巡り、ご招待があればお茶会や夜会などのために他領へ出向きと、長く屋敷を空けられることもしばしばです。


 ましてや王都へ出向かれるときは、三ヶ月、四ヶ月と戻られません。

 年に二度も王都へ出向かれたら、最低でも半年はお屋敷を空けることになります。


 お嬢様はそれをご両親のお仕事と理解されて、我が侭を言ってはいけないと、そう幼心に思われているようなのです。


 なんと健気なのでしょう!


 ですから、あたしは、もっと以前のように我が侭を言っていいと思うのですが……。


 以前のように……。

 ……そう言えばある時期を境に、ピタリとその手の我が侭を言わなくなりましたね?


 本当に、利発すぎるのも考えものです。

 だって、聞き分けが良すぎて甘えられないのですから。


 幼い子供が両親に甘えるのを我慢する。

 そんなこと、決して良いこととは思えません。


 お嬢様は旦那様と奥様が大好きですから、ふとした瞬間、我慢をしすぎたせいで、世界でたった一人取り残されてしまったような、そんな心細さを感じてしまっても不思議はないでしょう。

 だからそんな時は、寂しさの余りに誰かの温もりを求めてしまうのでしょうね。


 そのたびに、あたしはいつも思います。


 お嬢様は、あたしが守って差し上げなくては。

 旦那様と奥様に代わり、あたしが精一杯甘やかして差し上げなくては、と。


 お嬢様の笑顔を、寂しそうな横顔を、そして安らかな寝顔を見るたびに、誓いを新たにする毎日です。


 そうそう、お嬢様の寝顔と言えば。

 その無垢な愛らしさにハートを射貫かれる毎日ですが、ある日を境にして一つ大人の階段を登られたようです。


「えまぁ~……」


 朝、起こして差し上げたら、とてもとても、まるで世界が終わったかのような絶望した顔をされる時があります。

 そんな時はいつも……。


「あらあら、今朝はオネショをされてしまったのですね」

「うぅ~……」


 オネショをしたのがよほど恥ずかしいのか、最近はいつも泣きそうな顔をされます。


 そんなお顔も愛らしくて、愛おしくて。

 他の誰も見たことがないこのお顔を一番お側で見られるお付きメイドの特権に、心の中でこっそり神様に感謝を捧げてしまうのですが、それはお嬢様には秘密です。


「泣かれることはありませんよ。すぐに綺麗綺麗にしますからね」

「ううん、じぶんでする……」

「いいえ、お任せ下さい。お嬢様をお綺麗にするのもあたしの仕事ですから」


 濡れた寝間着と下着を脱がせて。

 お湯を取ってきてタオルで綺麗に清めて差し上げて。

 お着替えをさせて。

 濡れたシーツと寝間着と下着を洗濯するためにまとめて。

 お布団を干せるようにベッドから降ろして。


 そんな風にお世話をしている間、お嬢様の可愛いお顔はどんよりとされています。


「いいおとながオネショって……オネショって……」


 羞恥に絶望した顔で、そうブツブツ呟かれたりしますが、お嬢様はまだ三歳です。

 二歳から三歳になってもう大人になったつもりなのかも知れませんが、三歳は幼児で大人ではありません。

 ご両親に甘えるのを我慢されているところは確かに大人びているかも知れませんが、まだオネショくらい普通でしょう。


 でも、お嬢様はそれがとても恥ずかしいご様子。


 まるで背伸びをしているように大人びたところがある子が、やっぱり年相応にオネショをしてしまう。

 そんなギャップもまた、とても愛らしいのです。


 本当にお嬢様は可愛い。

 可愛くて可愛くて可愛くて、まるで天使のようです。

 絶対に異論は認めません。



 いつも読んで戴き、また評価、感想、いいねを戴きありがとうございます。


 話のきりのいいところまで投稿したので、一旦、投稿をお休みさせて戴きます。

 続きのエピソードは鋭意執筆中です。


 次回の39の投稿開始は、十月上旬から中旬くらいを予定しています。

 その後はまた、今回と同程度のエピソード数を毎日投稿予定です。


 お休みの間は別作品『見境なし精霊王~』の第二十一章を投稿します。

 第二十一章の投稿が区切りが付いた後、こちらの『悪役令嬢は大航海時代をご所望です』の続きを、きりがいいところまで毎日投稿予定です。


 励みになりますので、よろしければブックマーク、評価、感想、いいねなど、よろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] どうせいい大人だって年とりゃおねしょするから子供がおねしょするのはノーカン。 むしろいつかまたおねしょできるくらい長生き汁。
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