326 アルキビアディスの出陣
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アゾレク諸島東部に位置するサーミゲラ島。
そのメソン町では、四隻のガレー船および随伴する小型船十隻の出港準備が行われていた。
『食料と水の積み込みを急げ! 予備の武具も忘れるな!』
物資の積み込みの指揮を執るのは、将軍であるレオニコス。
アゾレク諸島を支配する王を自称するアルキビアディスに忠実で、アルキビアディスの信頼も厚く、兵達から畏怖と尊敬の念を集めているメソン町軍の要となる男だ。
その本質は職業軍人であり、前線で自ら剣を取り敵を屠る勇猛果敢な戦士でありながら、知謀を駆使して戦わずして敵を敗北させる軍略家でもあった。
もし、指揮下に十分な数の兵士がいれば、仕える主君のため瞬く間にアゾレク諸島を統一してみせたことだろう。
しかし、残念ながら、そのような大規模な戦いはアゾレク諸島の二千年以上の歴史の中でも滅多に起きたことはなく、レオニコスが将軍職に就いてからも、ついぞなかった。
加えて、都市国家規模のメソン町の経済力では、常備軍は百人程度を抱えるのが精一杯で、メソン町に加えて近隣の三つの村から戦える男達を集めてもおよそ五百、無理して掻き集めても七百が精々だった。
そして今回掻き集められたのが、その七百の兵である。
その数は、派遣されてきた使節団と兵達の五倍以上。
アナトリー村の戦える男達が加わったとしても、まだ三倍以上も兵数に開きがある。
『くくく、これならば、余所者どももひとたまりもあるまい』
着々と進んで行く準備に、威風堂々、帝王紫のマントを羽織ったアルキビアディスが、すでに勝利を確信した顔で余裕の笑みを浮かべる。
『もちろんです。そのためにこの夏まで待ったのですから』
レオニコスもまた、自身の策に自信があり、勝利を疑っていなかった。
準備に初冬から半年以上掛けたのは、情報と物資の収集、そして謀略を巡らせるためである。
実情としては、最も時間が掛かったのが、物資の収集、それも食料の備蓄だ。
メソン町も港町のため、魚介類は豊富に手に入り、魚の干物などの保存食は十分に集められる。
冬には家畜を潰すため、干し肉なども揃えられた。
しかし、穀物と野菜、果物はそうはいかない。
サーミゲラ島での生産量は、島民の日々の消費量にも届かないため、テラセーラ島のアナトリー村やノートス村からの輸入に頼っているような状況だ。
そこにきて、テラセーラ島における農作物の生産量は『神の住まう山』の噴火の影響で減っているので、その輸入量も減ってしまっている。
さらにアナトリー村がメソン町の動向を警戒し、輸出を渋ることも影響していた。
結果、備蓄に長い期間が必要だったのだ。
だがそれも、ようやく十分に揃った。
『しかしアルキビアディス様、今回の戦、短期決戦を心がけて下さい』
『ああ、分かっている。「訓練船団」だったか? ここ何カ月か本国に帰ったまま、諸島へ来ていないのだろう? ならば、元より時間など掛かるわけがない』
『その通りですが、何より食料を無駄には出来ませんので』
レオニコスが警戒するように、訓練船団が不在で敵の兵力が少ない間に決着を付けるのが理想だった。
長期戦になれば、食料が不足し撤退を余儀なくされ、再び備蓄するのにまた長い期間が必要になる。
恐らく、アナトリー村は元より、ノートス村でさえ出し渋り、思うように備蓄が進まなくなるだろう。
その間に敵が本国より増援を送り込んでくれば、再び準備を整えたとしても、容易に勝利とはいかなくなる。
しかも、訓練船団がメソン町へ逆侵攻を仕掛けてこないとも限らない。
そうして戦いが長引き戦死者が増えれば、メソン町も三つの村も大勢の働き手を失い、アゾレク諸島を支配するどころか、大きく衰退することになる。
敵本国へ侵攻するためにも、今回で勝負を決める必要があった。
『「訓練船団」の船については、その後、再びやってきた時に拿捕すれば良いかと』
『くくく、わざわざこのオレへの貢ぎ物満載で来てくれると言うわけだな。しかも本国への逆侵攻に利用されるとなれば、余所者どもも真っ青になることだろう』
アルキビアディスは、港に浮かぶ勇壮な四隻のガレー船を眺める。
古代のガレー船は甲板がなく、漕ぎ手が一人につき一本の櫂を使って漕ぐ、一段櫂船だった。
しかも船に高さがないため大きな波を被りやすく、外洋航海には向いていなかった。
そこで船を高くし、加えて速力を上げるため、甲板を付けて漕ぎ手座を上下二段にして漕ぐ、二段櫂船が発明された。
その発明をしたのが、彼らフェノキア人の祖先である。
しかも、上下二本の櫂がぶつからないように、上段は船外に張り出した船外櫂受けが設置され、工夫が凝らされていた。
時代が下ると、さらに三段櫂船、四段櫂船と大型化し、その速力を増していったが、結局はそれらは廃れ、二段櫂船へと落ち着いている。
主な理由は、漕ぎ手の確保が難しいためだ。
ただでさえ人口が少ないアゾレク諸島においては、いくら諸島最大の町と言っても、一隻のガレー船に何百人もの漕ぎ手を集めて使うのは難しい。
しかも、その規模の船を使用する機会もない。
さらに、一人につき一本の櫂を使って一糸乱れぬよう漕ぐには熟練の技が必要で、二人や三人で一本の櫂を使って漕ぐ方が、未熟でもタイミングを揃えやすかった、と言う事情もある。
加えて、櫂だけではなく、帆走も出来るように二本のマストが立てられ、帆が張られていた。
前方のメインマストには大きな横帆が一枚。
後方のミズンマストには大きな縦帆が一枚。
東部、中部、西部と分かれた島々を巡るためにアゾレク諸島で独自の発展を遂げた、独特の帆装となっている。
そして、旗艦となるガレー船にはもう一本、メインマストの前にフォアマストがあり、そこにはアルキビアディスが誇りとする、アゾレク諸島の王を示す紋章が描かれた帝王紫の大きなタペストリーが掲げられるようになっていた。
権威を見せつけ、戦わずして屈服させるための象徴である。
出港前の今は、まだタペストリーは掲げられてはいない。
しかし、アルキビアディスの目には、掲げられたタペストリーと自らの権威に屈服してひれ伏す余所者達の姿が見えていた。
『策は万全なのだな?』
『はい。奴らは権威を重んじ、規律と統率が行き届いています。本来それは手強い利点ですが、逆に弱点にもなり得ます。トップの身柄を押さえてしまえば、下の者達はすぐに降伏することでしょう』
『このオレのマントとタペストリーを目にすれば、即座に戦意を失うに違いない。むしろ進んで手下にしてくれと懇願してくるかも知れんな』
アルキビアディスは半ば冗談、半ば本気で大笑いする。
余所者どもの王と自分と、どちらに権威があるか、その格の違いを見せつけてやる気満々だった。
『それと、ヘラルドだったか? アナトリー村と余所者どもの橋渡しをしているのは』
『はい。その者達の身柄を押さえるか、最悪殺してしまえば、敵はまとまりを失い瓦解。勝利はアルキビアディス様のものとなるでしょう』
『存外、弱点の多い連中だな』
『まったくです。それに秘策もありますので、負ける要素など欠片もありません』
『くくく、いいぞいいぞ。この戦、楽勝だな!』
やがて、全ての荷を積み終わり、兵達が乗り込み配置に就く。
『では行くぞ! アナトリー村と余所者どもに目に物見せてやれ!』
『『『『『おおおおぉぉぉぉーーーーーー!!!』』』』』
いつも読んで頂き、また評価、感想、いいねを頂きありがとうございます。
当初予定分を全て投稿したので、一旦、投稿をお休みさせて頂きます。
続きのエピソードは現在準備中です。
いよいよアグリカ大陸への出港目前です。
テラセーラ島ではきな臭いことになっていますが。
プロットを何度も書き直したため、テラセーラ島でのイベントが倍近く膨れ上がることになりました。
しかも、気付けば半分くらい、マリー以外の第三者視点の話になってしまって。
最初のプロットでは、もっとさくっと助けてアグリカ大陸へ到達する予定だったんですけどね。
そのため、後回しにしたり、思い切って削除したイベントがあったり、書いたつもりで書き損ねてしまった内容があったり……。
次は、それらの内容が進展、決着し、アグリカ大陸へ到達する予定です。
是非、楽しみにお待ち下さい。
次の投稿まで、また期間が少し空いてしまいますが、投稿出来る目処が立ちましたら、活動報告でお知らせします。
ご了承のほど、よろしくお願いいたします。
それと、カクヨム様にて近況ノートのコメント欄に投稿されたのですが、読者の方が、『319 お披露目の艦隊行動』で動画を作ってくれました。
非常にありがたく、嬉しいお話です。
ご興味のある方は、以下の近況ノートのコメント欄にアドレスが掲載されていますので、是非ご覧下さい。
https://kakuyomu.jp/users/atuki1419/news/16818622172435502077
それから、書籍第一巻、第二巻をご購入頂いた皆様、ありがとうございました。
まだの方は是非ご購入をご検討下さい。
これからも、応援のほど、よろしくお願いいたします。
そして、コミカライズについて、今春開始予定でしたが、様々な事情により少々ずれ込みそうです。
開始時期などは改めて活動報告でお知らせしますので、今しばらくお待ち下さい。
励みになりますので、よろしければブックマーク、評価、感想、いいねなど、よろしくお願いいたします。




