325 帰ってきた測量船団
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本格的に夏の盛りを迎えた頃、六隻の大型船で編成された訓練船団が、いよいよアゾレク諸島へと向けて出航した。
お披露目やその準備の艦隊行動訓練で、訓練船団の訪島が前回から少し間が空いてしまっている。
果たして、今、あちらはどうなっているのか。
現地の人達と上手くやれているといいけど。
トラブルの予感もあったから、衝突なんて起きていないことを祈るわ。
こんな時、現地に行けないのは、本当にやきもきしてしまう。
でも、そんな訓練船団と入れ替わるように、一つの朗報が届いた。
「お嬢様、旦那様がお呼びです。測量に出ていた船団が戻ったとのことです」
「本当セバスチャン!? すぐ行くわ!」
出港してからおよそ一年。
遂に、無事戻ってきてくれたのね!
はしたなくならない程度に急ぎ足で、お父様の執務室へと向かう。
お父様の執務室には、すでにお母様も一緒に私の到着を待っていた。
「お父様!」
「そんなに慌てなくても、地図も報告書も逃げないよ」
お父様が苦笑しながら、報告書の束を差し出してくる。
ソファーのローテーブルの上には何枚もの地図が広げられていて、それを重ね合わせるようにして、一枚の大きな地図が形作られていた。
これまでの大雑把な世界地図とは違う。
より精巧で、位置関係もかなり現実のものに近づいた、世界初の詳細な世界地図だ。
地図もじっくり眺めたいけど、報告書も早く読みたい。
葛藤してしまうわね。
「落ち着いて、マリー。好きな方から順番にでいいのよ」
そんな私に、お父様もお母様も笑っている。
ちょっと恥ずかしい。
「では、まずは報告書から」
状況を把握してから地図を見た方がいいからね。
分厚い報告書に目を通すと、やっぱり平穏無事な航海とはいかなかったみたい。
測量を見咎められて巡回の兵士から職質をされたり、逃げ出したり。
海賊と交戦して怪我人が出たり。
検閲を受けて、あわや作成中の地図や測量の道具、懐中時計が発見されそうになったり。
さらにスパイス海――アラビオ半島とアグリカ大陸との間の海――で嵐に見舞われて、一隻のマストが折れて漂流したり、船員が海に投げ出されたり。
そこは、救助する方もされる方もしっかり訓練をしていて、浮き輪とライフジャケットのおかげで無駄に慌てたり焦ったりすることなく、落ち着いて全員無事に救助出来たようだけど。
そしてその漂流した船の船員達も全員無事救助出来たけど、その船は諦めたり。
アグリカ大陸に到着してからも、苦難の連続だわ。
言葉と常識の違いの壁が高く、またアラビオ半島に近い北東側の国は植民地支配されているから、身元確認やら賄賂やら、支配している側の国の兵士とあわやトラブルになりかけたり。
西へ進んで主権を守り抜いた国に入ってからも、ヨーラシア大陸出身者と言うだけで、まるで侵略者のように怪しまれたり冷たくされたり。
そんなだから困っているだろうと親切な振りをして近づいてきた者に、金品を騙し取られそうになったり。
そんな中、測量しながら、さらに要所要所で、政治情勢や経済の動き、特産品とその価格の調査、活動拠点の設置など、情報収集もしっかり行ってくれていた。
復路でその調査報告書を受け取りながら帰還してきたみたいだから、すぐに取って返したアグリカ大陸西側の国々の情報は、他と比べて少なめだけど。
ともかく、本が一冊か二冊は書けそうなくらい、大変な航海だったみたい。
後世の歴史学者のために、その辺り、資料でも読み物でもいいから、しっかりまとめておいて貰いたいくらいね。
きっと世界地図の作成に関する、貴重な歴史資料や体験記になると思うわ。
それはともかく。
船を一隻失ってしまったけど、奇跡的に一人の死者も行方不明者も出さず、全員無事に戻って来てくれて、本当に良かった。
直接、いっぱいお礼を言いたいくらい。
そして、肝心の地図だけど……。
「やはり、日を追うごとに、誤差が大きくなってしまっていますね」
「そうだね。そこは仕方ないだろう」
「はい。でも、本当によくやってくれたと思います」
一日五分もズレが出る懐中時計を誤魔化し誤魔化し使って、一年もの長旅だったのだもの。
誤差がほとんどないだなんて、そんなことはあり得ない。
最終的に、地図に記された基準と定めたウィーゼン子午線と、実際のウィーゼン子午線とのズレは、四百キロメートル以上になっている。
水平線の遥か彼方だ。
このズレが大きいか小さいかで言えば、一年と言う期間を考えれば、私はかなり小さいと思う。
でも、現実の距離で考えれば、とんでもないズレだ。
スパイス海以外は沿岸沿いの航海だったから、遭難せずに済んで本当に良かったわ。
「測量班には、どれだけズレが生じても、ズレたまま最後まで記録するように指示を出していたのよね?」
「ああ、その通りだ。往路と復路、東西どちらへ向かうか、時期に応じてそのズレていく割合を出し補正すれば、ある程度正しい緯度と経度が算出出来るからね」
お母様の疑問に、お父様が指示の内容を解説する。
その割合に従って地図を補正すれば、最初の世界地図が出来上がりだ。
そして、そのズレを補正した緯度と経度を目安に、アグリカ大陸へ向かって貰うことになる。
正確性に欠けるのが申し訳ないし、それで航海に送り出すのは不安もあるけど……。
「しかし、全く何も基準がないまま大海へ漕ぎ出すより、遥かに安全なはずだ」
「そうね。お披露目で船に乗って南へ向かったとき、見渡す限り海ばかりだったものね。あの時はちゃんと戻れると分かっていたから安心だったけど、そうでなかったら、どちらへ行けばいいのか、きっとすごく不安だったと思うわ」
そう、目安があるだけでも、かなり違うはずよ。
それに緯度を見れば、アグリカ大陸の陸地は赤道より北側にもあるから、赤道まで行ってしまったら、針路が西へ逸れていると気付ける。
復帰は十分に可能だわ。
それに、逆の東へ多少逸れる分には問題ないからね。
しかも、アグリカ大陸までの航海は、片道およそ二週間程度の見込みだから。
一年もの期間のズレとは比較にならないわ。
そうして、アグリカ大陸でもう一度緯度と経度を調べて、さらに補正を加える。
それで完成した次の世界地図こそ、かなり正確になった地図になるだろう。
懐中時計の精度が上がれば、さらに正確に補正していける。
GPSも衛星写真もない以上、こうして繰り返し精度を高めていくしかない。
でも。
「ようやくアグリカ大陸へ向かう目処が立ったわね」
「はい、お母様。いよいよ……いよいよです!」
アグリカ大陸はもう目前。
だからアゾレク諸島で戦いになるようなことがなく、訓練船団には無事に戻って来て欲しいわ。
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