323 お披露目が終わった後で
最高速度を十分に堪能した後。
風と海流に逆らって北上し、セプ港へと帰港する。
招待客達は、ガレー船のような漕ぎ手と櫂がなくても風上へ向かって帆走出来ることを実際に体験したことで、ようやく横帆と縦帆の役割の違いと二つを組み合わせる重要性を実感してくれたみたい。
いくら言葉で説明して、頭で分かったつもりになっていても、心のどこかで『やっぱり縦帆は~』みたいに思っていたら、納得ずくでの協力にはならないものね。
でも、そんな疑念は、他の諸々と一緒に全部払拭出来たと思う。
従来通りの帆船なら百人以上の船員が必要で、舵櫂では方向転換すらままならない巨体であるにも関わらず、舵輪を回せば舵が動いて船が方向転換し、ウインチのおかげでたったの三十人程で十全に操船してみせたから。
その圧倒的なパフォーマンスが交易においてどれほど有利か。
そんなこと、改めて説明が必要な貴族なんて、この場にはいない。
「これらの船であれば、大西海の荒波など、ものともせず越えてくれるに違いない」
「ゼンボルグ公爵領が交易の終着点でなくなる意義は、地政学的に非常に大きいぞ」
「大型交易船を増産した暁には、海洋貿易大国になるのも夢ではないな」
「中央の連中の悔しがる顔が目に浮かぶようだ」
船から降りた後、みんなこんな風にそれぞれ、互いに感動と感想を交わしていたからね。
そんな感動と興奮が一通り落ち着いたところで。
「皆には今後についての話がある。それに、さらに詳しく話を聞きたい者もいるだろう」
お父様とお母様が、当主夫妻だけを集めた。
何かとても大事な話をするみたいで、事務棟の会議室へ場所を移すらしい。
しかも、どうやら子供には聞かせられない話なのか、嫡男夫妻やジョルジュ君、私ですら、その話し合いには呼ばれなかった。
苦い表情で思い詰めた様子のジュユース侯爵と、顔色は悪いけど何か覚悟を決めたような怖い顔をしたリチィレーン侯爵が、お父様達の最後尾から付いて行く様子から、私もその話を聞かせて下さいとは言い出せなかったわ。
それで、残された私達はだけど。
「マリエットローズ様。皆さん、サロンで休憩されるようですよ。ご一緒しませんか?」
「ありがとうございますジョルジュ様。そうですね、そうしましょうか」
こうして度々貴族が訪れるから、一時逗留するための館がしっかり港の端の方に作られているのだけど、みんな、どうやらそこでお茶をするみたいね。
ここは公爵令嬢として、お母様の代わりにホステス役をしっかりこなさないと。
ジョルジュ君に促されて館へ向かって歩きかけて、ふと振り返る。
「この船があれば、陰謀なんていらない」
沖合に停泊する、六隻の大型船の雄姿。
これからこの六隻は、様々な追加の支援物資を載せてアゾレク諸島へと向かう。
それを遠洋航海訓練の仕上げとして、その後、測量に出た船団が戻ったら、いよいよアグリカ大陸へ向けて出港だ。
頭が下がることに、各地の船大工達は大型交易船を引き渡した後、すぐに大型交易船の四番船、五番船、六番船の建造に入ってくれた。
充電期間として、しばらく休みを入れていいよと言ったのに。
練習船、大型交易船と前代未聞の大型船を建造して、新技術のノウハウを蓄積。
さらに、船員達から感想や使い心地を聞いて問題点などを洗い出したから、それを反映した、より生産性と利便性と居住性と性能が高い船を建造したいんですって。
本当に、船を作るのが大好きな人達なのね。
だからこそ、思い描いてしまうわ。
ゼンボルグ公爵領を拠点に、これらの大型船が多数、世界中を航行している未来を。
そして、大きく繁栄した、世界の中心となったゼンボルグ公爵領の姿を。
――そんな、あのお披露目の時の感動と胸の高鳴りを思い出して、思わず溜息が漏れてしまう。
「はぁ~、また乗りたいわ」
「お嬢様は本当にお船が大好きですね」
ブラッシングを終えたエマが、分かってくれている顔で微笑ましそうに笑う。
だって、自ら手掛けた船だもの。
「残念ながら、たとえジエンド商会所有であっても、個人的に好きに乗り回せるわけではないでしょう? ましてや遊覧船でも客船でもないんだから、ああいう機会でもなければ乗れないもの」
飽くまでも、交易のための商船だからね。
大事な、ゼンボルグ公爵領の未来を左右する商売の邪魔をするわけにはいかないわ。
「早く大きくなって、自由に動けるようになりたいわ。そうしたら、あの船に乗って、世界中あちこち見て回って、珍しい品をたくさん集められるのに。それって、すごく楽しそうだって思わない?」
「っ!?」
「それでさらにゼンボルグ公爵領が豊かに……って、エマ?」
何故かエマがちょっと驚いた顔をした後、急にニコニコ笑顔になる。
それはもう満面の、これまで見たことがないくらいの、すごいニコニコ笑顔だ。
「私、何かおかしなことを言ったかしら?」
「いいえ。早くそうなるといいですね」
「ええ、そうね」
賛同してくれたのはいいけど、その日のエマは、何故か終始ご機嫌だった。
そしてさらに。
「お嬢様、いつかのその時のために、しっかりとした剣術を身に付けておきましょう」
「ええ、もちろんよ。アゾレク諸島へも、私がまだ子供だと言うだけでなく、自分で自分の身を守れないから、訓練船団と一緒に行くことを許して貰えないんだものね」
ジョベール先生の剣術の稽古の時間、私の打ち込みを受け止める役をしてくれるアラベルまでもが、エマからその時の話を聞いたのかニコニコ笑顔で、やたらと気合いを入れていたわ。
どうして二人がここまで上機嫌になっているのか、さっぱり分からないけど。
あ、私と一緒に世界中をあちこち見て回れるから?
う~ん……少しはそういう気持ちもあるんでしょうけど、二人とも、だからってここまでニコニコ笑顔でご機嫌になるタイプではないわよね?
「マリエットローズ様、打ち込みの最中は集中を。雑念があっては剣筋が乱れ、怪我の元です」
「はい、ごめんなさいジョベール先生!」
いけないいけない、稽古中は集中しないと。
あのお披露目からこっち、お父様も、参加した他の貴族家の当主達も、何やら慌ただしく忙しそうに動いている。
ジュユース侯爵家が何かをしでかした、みたいな話ではなさそうだから、そこは心配していないけど。
お父様もお母様も、満足そうで、機嫌もいいようだし。
だから私も、目の前の一つ一つをしっかりこなして、何が起きてもいいように備えておかないとね。
いつも読んで頂き、また評価、感想、いいねを頂きありがとうございます。
書籍第二巻、発売中です。
また、ドラゴンエイジのWeb媒体「ドラドラふらっと♭」にてコミカライズが決定しました。
是非、期待してお待ち下さい。
励みになりますので、よろしければブックマーク、評価、感想、いいねなど、よろしくお願いいたします。




