322 海を往く魔道帆船
つい意気込んで前のめりになってしまった私の頭を撫でて微笑んだお父様は、再び全員を見回す。
「これらの船の仕様は、マリーから十分に説明され頭に入ったことだろう。ではこれから、実際にその性能を体感して貰おうと思う」
そのお父様の指示で、船員達が配置について操船を始めた。
錨を上げて船の向きを変えて、海流が流れていく先、南へ舳先を向けて六隻が陣形を整えていく。
そしてその間、私達をレディ・アンジェリーヌ号へと運んだ従来の帆船は、一足先に帆を張って、南へ向けて出航した。
海流に乗り、横帆いっぱいに風を受けて進む従来の帆船は、恐らく八ノットくらいは出ていると思う。
この時代の一般的な帆船の速度は平均して三から五ノットくらいだから、海流に乗って風下へ向かえば、そのくらいは出るんじゃないかしら。
そうして、徐々に遠ざかって行く従来の帆船を眺めながら待つことしばし、陣形が整う。
「閣下、全船準備が整いました」
「よし。では全船出航!」
お父様の指示が飛び、全ての船に素早く伝達されて帆が張られると、六隻の大型船が帆走を始めた。
練習船の三隻は総帆展帆、つまり全ての帆を展開して、追い風をいっぱいに受ける。
大型交易船の三隻は、一部の横帆は畳んだまま、練習船と船足を揃えて、陣形を維持しながらの航行だ。
練習船の横帆は九枚、大型交易船の横帆は十六枚に加えて、補助の横帆が十枚の、合計二十六枚もあるからね。
「おお……!?」
「これは……まだ速度が出るのか!?」
船体は重いから、すぐにトップスピードが出るわけじゃない。
だから、徐々に加速していく六隻に、招待客達の間から驚きの声が上がり始める。
そうして程なく、最高速度に達した。
多分今、十二ノット以上は出ていると思うわ。
針路の先、遠ざかっていた従来の帆船が徐々に近づいてきているのが見える。
「レディ・アンジェリーヌ号、レディ・コンスタンス号、レディ・シュザンヌ号、総帆展帆!」
練習船三隻の速度を十分に堪能した後、再びお父様の指示が飛ぶ。
大型交易船の三隻は、スタンセイルまで全て展開したことで、さらに加速していく。
「おおっ……!」
「これはすごい……!」
「船とはこれほどの速度が出るものなのか!?」
練習船三隻を徐々に引き離し、グングンと従来の帆船に迫っていく。
恐らく二十ノット近く出ているだろう船足に、あちこちから驚愕の声が上がった。
みんな、舳先や船縁で、後方へと流れていく海と波飛沫に見入って、大興奮だわ。
かく言う私も、テンション爆上がりよ!
ちなみに大型交易船の船名は、三隻とも領主夫人の名前が付けられたの。
なぜなら、シャット伯爵が奥さんの名前を付けたことを知ったフィゲーラ侯爵夫人コンスタンス様、ビルバー子爵夫人シュザンヌ様が、ね?
フィゲーラ侯爵もビルバー子爵も、奥さんには勝てなかったようで。
そこはご夫人方の見栄もあるから、仕方ないところかしら。
皆さん、愛妻家、と言うことで。
それはさておき。
「未来への架け橋号、英雄達の行進号、勝利の栄冠号、魔道スラスター起動! 最大戦速へ!」
三度、お父様の指示が飛び、練習船の三隻が、魔道スラスターの最大戦速で、三十ノット近くの速度を出し、大型交易船をドンドン追い上げ、さらに追い抜いて行く。
「これが魔道スラスターと言う魔道具の力なのか!」
「風だけではなく、魔道具を使うとここまでの船足が出ると言うのか!」
みんな目を剥いて、追い抜いていった練習船を見送っている。
私も、改めてこうして間近でその速度を眺めるのは初めてだから、我ながら、とんでもないオーパーツを持ち込んだものだと思うわ。
でも、まだ終わりじゃない。
とっておきが待っているからね。
「レディ・アンジェリーヌ号、レディ・コンスタンス号、レディ・シュザンヌ号、魔道スラスター起動! 最大戦速へ!」
お父様の最後の指示で、大型交易船もまた、魔道スラスターでグングンと加速していく。
追い抜いていった練習船に追い付き、追い抜いて、さらに従来の帆船にも追い付き、追い抜いて、あっという間に置き去りにしていった。
三十ノット以上、もしかしたら四十ノット近くまで出ているかも知れない。
みんな驚愕の声と歓声を上げて、船上は大騒ぎよ。
海流に乗って、強い追い風が吹いているからこその速度だけど、これ程の速度が出せるなら、アグリカ大陸も、新大陸も、あっという間に到達出来るに違いないわ!
私も、居ても立ってもいられなくて、舳先へ駆けていく。
全ての船を追い越して、前方にはただひたすら海が広がるばかり。
季節は初夏。
日差しに汗が滲む季節。
空は青く澄み渡り、海風は強くとも心地よく、波間に反射する日差しが眩しくて。
青い空と青い海を切り分ける水平線が美しくて。
「もうこのままどこまでも行っちゃいたい!」
思わずそう叫んじゃったわ。
「ははは、マリーの言う通りだな」
「うふふ、そうね。このままどこまでもどこまでも、誰も見たことがない景色を見に行けたら、とても素敵ね」
いつの間にかお父様とお母様が側に居て、楽しそうに私を見て笑っている。
「ねぇー、ねぇー、おふねー! おふねー!」
お母様の腕の中のエルヴェも大興奮で、一緒になってはしゃぐように私に話しかけてきて。
「お嬢様が楽しそうで何よりです」
「お嬢様がはしゃぐ気持ちも分かります」
エマにもアラベルにも笑われてしまったわ。
ちょっと恥ずかしい。
でも、本当にそんな気持ちになるくらい、ワクワクが止まらないのよ。
だって、これまでの集大成よ?
私が九歳になるまで、ほんのあと何カ月か。
陰謀が発動する十歳まで、もう一年ちょっとしか残されていない。
お父様とお母様、そして周りの貴族達に、陰謀を企んでいる様子は見られないけど、子供の私に見せないようにしているだけの可能性もある。
そう、まだどっちに転ぶか分からない。
そんな焦りが募る中での、この大型交易船の就航なんだから。
これなら本当に間に合う!
陰謀を阻止して、破滅回避まであと少し!
そう思ったらもう、昂ぶる気持ちが抑えきれなかったのよ!
でも、お父様もお母様も、そして他のみんなも、きっと気持ちは同じはず。
「マリエットローズ様! 僕はもう、感動のあまり、もうなんて言ったらいいのか分かりません!」
あの人見知りのジョルジュ君でさえ、頬を紅潮させ、目を輝かせて、必死に私にその感動を伝えようとしながらも、テンションが高まり過ぎて上手く言葉に出来ないようだから。
「本当にすごい船を造ってくれてありがとうございます。シャット伯爵家には感謝しかありません」
私が今言える、目一杯のお礼を告げると、ジョルジュ君が顔をほころばせて、うんうんと強く頷いてくれた。
「本当にマリエットローズ様は素晴らしい!」
「この船があれば、ゼンボルグ公爵領が大きく飛躍することは間違いなしです!」
「ええ、未来は明るいわ」
ジョルジュ君だけじゃない、他の貴族家の当主もご夫人も、嫡男夫妻も、みんなが私に、そしてお父様とお母様に、感謝と、感動と、未来への期待を伝えてきてくれる。
みんな笑顔で、私も嬉しくてたまらないわ。
そんな中、リチィレーン侯爵夫妻は所在なげに佇み、居心地悪そうにしているけど。
そして、ジュユース侯爵夫妻は二人だけ、その輪から外れて少し離れた船縁に佇み、静かに海を眺めていた。
こちらに背中を向けているから、どんな顔をしているのか、何を考えているのか分からない。
ゼンボルグ公爵家は力を見せた。
豊かに発展する道筋を示した。
果たして、それをどう受け止めているのか、気持ちの整理を付けるまで、声をかける野暮な真似はしない方がいいでしょうね。
だけど、これを切っ掛けに、少しでもいい関係へと変われたなら。
大きな変革の時を迎えた今、切にそう願うわ。
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