321 とても大きな前進
もちろん、全員が納得している顔じゃない。
あの元気なミシュリーヌ様のお父様とお母様で、私に剣術と馬術を教えてくれているジョベール先生の息子夫婦に当たるブランローク伯爵夫妻。
同じく、あの人見知りで引っ込み思案なソフィア様のお父様とお母様である、シャルラー伯爵夫妻。
さらに、アラベルのお父様とお母様である、レセルブ伯爵夫妻。
比較的私のことをよく知っていて良好なお付き合いをしている招待客達ですら、にわかには信じられないって顔をしているもの。
あの気が強くてツンとしたクリスティーヌ様のお父様とお母様である、リチィレーン侯爵夫妻ともなれば、なおさらにね。
そして、全く信じてなくてあからさまに疑いの視線を向けてきているのが、ジュユース侯爵夫妻だ。
「あり得ない!」
「そうよ、荒唐無稽に過ぎますわ!」
私に詰め寄るように前へと踏み出して、さらにはお父様とお母様へきつい非難の眼差しを向ける。
「まだこんな幼い子供の言うことを鵜呑みにして、これ程の大事業を始めたとでも言うつもりか!?」
「娘の箔を付けるためだとしても、度が過ぎているのではなくて?」
そう言いたくなる気持ちも分かるけどね。
事実であることを証明しようと私が口を開きかけたら、それより早く、フィゲーラ侯爵、シャット伯爵、ビルバー子爵が私を庇うように前へと踏み出した。
「諸君らが信じられないのも無理はない。しかし、全て事実だ」
「いやはや、マリエットローズ様の知識の泉の深さと広さには、本当に驚かされるばかりだった」
「頭ごなしに否定せず、まずはマリエットローズ様よりお話を伺ってみては? すぐに事実と分かるでしょう」
続けて、ご夫人達も、ジョルジュ君達も、みんながそれに頷いてくれる。
こうなると、ただ感情に任せて叫んでの否定はしにくくなったみたい。
元より、強く否定しそうなのはジュユース侯爵夫妻とリチィレーン侯爵夫妻だけで、後に続く人が出てこないから、余計にね。
お父様がその非難を全く意にも介さず、それならばと提案する。
「私の言葉だけでは信じられないのも無理はない。最初の通達や造船の開始時期を考えれば、マリーはまだたったの五歳だったのだからな。つまり、それだけマリーが天才だと言う証左であるわけだが」
お父様、そこでしみじみと頷いての親バカはいらないと思います。
「なので、マリーにこの船の案内と、使われている技術についての説明をさせよう。納得出来るまで、好きなだけマリーに疑問をぶつけるといい」
この提案は、事前の打ち合わせ通り。
間違いなくこういう事態になるだろうって。
私が言いかけたのも、だったら私が案内して説明しますよ、だったから。
フィゲーラ侯爵家、シャット伯爵家、ビルバー子爵家のみんなが庇ってくれたのは、嬉しい誤算で、ありがたい援護だったわ。
だから、何一つ恥じることはないと示すように、私も堂々と前へと踏み出す。
「では、船をご案内しますね。私の説明を聞いて疑問があれば、遠慮なく質問して下さい」
そうして始まった、クリッパー型魔道帆船レディ・アンジェリーヌ号ツアー。
ガイドの私の誘導で、全員がゾロゾロと後を付いてくる。
その説明はお手の物。
練習船の視察の際に、お父様やお母様達に一度説明しているからね。
その時同様、上甲板から船底まで、様々な技術、その意図、効果などを、一つ一つ丁寧に解説していった。
当然、いっぱい質問されたわ。
特にジュユース侯爵からは、遠慮も容赦もなくね。
技術のみならず、それが果たして本当に領地発展に繋がるのかと、随分と踏み込んだ、それこそまだ八歳の、しかも嫡男でもない令嬢に対してするにはあまりにも政治、経済、産業に深く関わる内容を。
さらにアグリカ大陸との交易が始まることで、王家や中央の貴族、他国からされるだろう妨害や関係の変化、果ては今後の国際情勢の予想についてまで。
もちろん全てに淀みなく答えて、返り討ちにしてあげたわ。
だってそれらを意識して、ここまで計画を進めてきたのだから。
それで理屈では言い負かせられないと思ったのか、挙げ句の果には――
「貴族が所有する船たるもの横帆のみにすべきだ! 貧しい平民や海賊が好んで使う下賤な縦帆を使うなど、ゼンボルグ王家の血を引く者としてのプライドはないのか!」
――なんて、感情論までぶつけてきて。
貧しいから四角形じゃなく半分の三角形にした帆を使っているとでも思っているのかしら。
そんな感情論なんて、当然、横帆と縦帆の役割の違い、先んじて二種類の帆を採用しておく必要性と先見性を理論立てて説明して、即論破よ。
「だから笑いたい者には笑わせておけばいいんです。その方が好都合でしょう? だって無駄で無意味なプライドにこだわった結果、わざわざ横帆のみの使い勝手が悪い船を造って莫大な損失を出してくれるんですから。むしろそうなるよう、煽るべきでは? だって、最後に笑うのは私達ですから」
最後、強く真っ直ぐそう言い切ったら、ぐうの音も出なかったみたい。
「他に、質問はありますか?」
「っ……!」
「どうやら、納得して戴けたようですね」
勝った。
いや、ガイドであって勝負ではないけどね。
でも、悔しそうに言葉を詰まらせるジュユース侯爵に満面の笑みを向けてあげる。
さらに、ジュユース侯爵夫人とリチィレーン侯爵夫妻にも目を向けた。
ジュユース侯爵夫人は青い顔をしてよろけて、リチィレーン侯爵夫妻は絶望したように俯いてしまう。
三人とも、ジュユース侯爵程ではないけど、随分と突っ込んだ質問をしてくれたからね。
中でもリチィレーン侯爵夫人は、やたらお母様を意識して張り合うような態度を見せていたから余計に。
「どうかしら? もはや疑う余地はないでしょう? ねえお兄様。お兄様とあの子に、ここまでのことが出来て?」
お母様が私の肩を抱き寄せて、さらにその四人に追い打ちをかける。
「「「「…………」」」」
もう言葉もないみたい。
そこでレセルブ伯爵が、その四人に対して、もう十分だろうと空気を変えるように、楽しげに声を上げて笑う。
「アラベルから度々話は聞いていましたが、まさかこれほどの才媛だったとは。娘の言葉を疑っていたわけではないのですが、正直度肝を抜かれましたよ」
「本当に。自分より賢く知識をお持ちだと、褒めそやしていましたからね」
レセルブ伯爵夫人も、八歳の令嬢に負けていると堂々と言うのはさすがにどうなのかと、アラベルの言うことに呆れを感じていたみたいだけど、今なら納得出来るとしみじみ思っているみたい。
それに続いて、ブランローク伯爵も納得顔で頷く。
「閣下がマリエットローズ様を天才だと仰るお気持ちがよく分かりました。そのお言葉はただの丸暗記ではない、深く理解されているからこその、発案者としての説得力がありました。先のお茶会事情についても納得です」
なかなかお茶会を開催しなかったこと。
そして、お茶会に出したスイーツや、その時の様子の話ね。
ブランローク伯爵夫人も、ソフィア様同様人見知りで引っ込み思案なシャルラー伯爵夫妻も、すごく納得顔で頷いている。
「マリーの知識と才能については、これで皆も納得したことだろう。そしてこの計画が、どれだけ領地を富ませ、発展させるかも」
お父様が改めて全員を見回す。
「これより皆には、全力で事に当たって貰う。そして、王家も中央の貴族も、全ての者達を黙らせる。それでもなお言い張る者達は、ただの負け犬の遠吠え、物を知らぬ道化と、逆に嘲笑ってやればいい」
フィゲーラ侯爵家、シャット伯爵家、ビルバー子爵家、さらにシャルラー伯爵家、ブランローク伯爵家、レセルブ伯爵家のみんなの瞳に力強い光が灯る。
ジュユース侯爵家、リチィレーン侯爵家の四人も、俯き気味ながらも拳を握り締めていた。
私も、はっとなってお父様を振り仰ぐ。
だって、今のお父様の言葉。
それって、王家を乗っ取る陰謀になんてかまけている暇はないって、そういう意味よね?
また一歩、ううん、大きく陰謀を遠ざけられたと言うことよね?
私の視線に気付いたお父様が、私に微笑みかける。
「マリー、これからもよろしく頼む」
「っ! はい、お父様!」
これは、これは、これは――とても大きな前進よ!
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