319 お披露目の艦隊行動
「そう慌てることはない。そろそろだ」
ジュユース侯爵の態度なんて歯牙にもかけず、むしろその態度がこの後どう変わるか、それを楽しみにしている余裕の態度のお父様が、遥か西の彼方、水平線の向こうへと目を向けた。
私も、お母様も、フィゲーラ侯爵家、シャット伯爵家、ビルバー子爵家の全員が、それに倣って向き直ったり、顔を向けたりする。
みんな、招待客達がどんな反応をするか楽しみで仕方ない、と言う顔ばかりだ。
エルヴェはよく分かっていない顔だけど、お母様に言われて海の彼方を見ている。
そんな私達の様子に、やっぱり期待と不安と訝しげと、そんな様子で他の招待客達もみんなが西を向いた。
待つことしばし。
「……ん?」
誰が呟いたのか、水平線の上に、何かが現れた。
その何かは、次第に高さを増していく。
同時に、他にもいくつもの何かが現れた。
それもまた次第に高さを増していく。
「……船か? それにしては……」
現れた何かはマストの先端。
それがグングンと高さを増していき、張られた横帆も次々と顕わになっていく。
「なんだあの船は!?」
「なんて帆の数だ……!」
「これだけ遠くても分かる……大きい……とんでもない大きさの船だぞ!」
「しかもとんでもなく速い! あんな馬鹿げた大きさなのにどんどん近づいてくる!」
招待客達が動揺して、次第に騒ぎになっていく。
今や水平線からすっかりと姿を現した船は、全部で六隻。
就航したばかりの三隻の大型交易船に加えて、三隻の練習船も加えての、六隻の最新鋭の帆船による艦隊行動だ。
帆には、ゼンボルグ公爵家の家紋が。
そしてマストには、ゼンボルグ公爵家とジエンド商会所属を示す旗が風になびく。
それだけでもう、何を見せたかったかなんて説明は不要よね。
「これほど巨大な船が存在するなんて……あり得ない!」
チラリと見れば、ジュユース侯爵夫妻が愕然としているわ。
ちなみに、リチィレーン侯爵夫妻も唖然、呆然として、言葉もないみたい。
波を蹴立てながら航行してきた六隻の船は、このままでは減速が間に合わなくて港に突っ込む、それほどの速度を出していた。
だから、何も知らない招待客達は軽くパニックになるけど、心配は無用。
不自然であり得ない程の減速を見せて、港から数十メートル離れた位置で次々と停船していった。
大型交易船三隻が手前に、練習船三隻がその奥に、全ての船の姿が見えるよう横にずれて、舳先を揃えて横一列に整列する。
ただ、舳先が多少前後してしまっている上、船と船の間隔も近かったり遠かったりと、多少ばらついてしまっているのはご愛嬌。
だって船員育成学校を卒業して間もない新人船員が半数を占める上、艦隊行動の訓練期間も短かくて練度不足なのだから、そこは多少お目こぼしをしないとね。
でもそれを考えれば、ここまで操船出来ているのは上出来だと思うわ。
「あの速度で何故止まれる!? あり得ない!」
またしても、ジュユース侯爵夫妻が愕然としているわね。
もちろん、それは他の招待客も同じだけど。
魔道スラスターがあれば、この程度、余裕よ。
「閣下、あの船は一体?」
鬼気迫る顔で、ブランローク伯爵がお父様に尋ねる。
ブランローク伯爵家は代々優秀な軍人を排出してる武人気質の家系で、武門の名家。
ブランローク伯爵自身も、現役の陸軍の軍団長を務めている。
陸軍と海軍の違いはあるけど、これほどの大型船を見せられれば、海路による兵員の輸送や補給路、そして軍艦を意識しないわけにはいかないわよね。
お父様はおもむろにブランローク伯爵を振り返り、招待客全員に聞こえるように説明する。
「あれは、八十メートル級の三隻がクリッパー型魔道帆船。四十メートル級の三隻がショートクリッパー型魔道帆船だ」
「魔道帆船、ですか?」
「帆の操作を魔道具で行い、また帆走とは別に、魔道具による推進装置、魔道スラスターでの航行を可能とした最新鋭の帆船だ。あれほどの速度を出していたにも関わらず不自然に減速して停船したのも、その魔道スラスターのおかげだ」
「魔道具で操船!? しかも、魔道スラスターですか!?」
大きなどよめきが広がる。
ゼンボルグ公爵家がブルーローズ商会を立ち上げ、次々と画期的な魔道具を開発、販売していることは、もはや知らない人はいない話だ。
それがまさか、非公開の魔道具が帆船に搭載されているなんて、想像もしていなかったでしょうね。
「だから、こういうことも出来る」
お父様が余裕たっぷりに微笑むと、右手を高く上げて大きく円を描く。
それを合図に、六隻の船が予定通り、その場でぐるりと三百六十度回転した。
サイドスラスターであるバウスラスターとスターンスラスターがあれば、こんな普通ではあり得ない動きも出来る。
おかげで、招待客達はみんな騒然としているわ。
「……あり得ない…………っ!」
ジュユース侯爵が驚きや悔しさ、その他色々な感情がない交ぜになった顔でお父様を睨んだ。
だけど、お父様は余裕の微笑みを崩さない。
「この程度で驚いているようでは、後が続かないぞ」
まるで煽るように笑みを深めると、全員を従来の帆船の方へと促す。
「せっかくだ、皆も実際に乗って、その乗り心地を確かめてみるといい」
全員が乗り込むと、船は沖合に停船している六隻へと近づいていく。
ただし、すぐに乗船出来る位置には付けず、まずは間近で未来への架け橋号、そしてレディ・アンジェリーヌ号の周りをぐるりと回った。
改めて、こうして船で近づいてみると、その大きさの違いがよく分かるわ。
まるで大人と子供みたい。
これがもしただの小さなボートだったなら、巨人と小人くらいに思えたでしょうね。
「間近で見ると、これほど巨大な船とは……これで鈍重ではないのだから驚きだ」
「なんという帆の数だ。どれほどの速度が出るのか見当も付かん」
「見ろ! 舵が船体の中央に付いているぞ!?」
「大砲の数が少ないが……もしずらりと大砲を並べたら……」
みんな口々に驚きの声を上げて見入っている。
これらの六隻は交易船だから武装は最低限しかしていないけど、もし軍艦だったとしたら、大砲が何十門と並んで、海に浮かぶ要塞のように見えたかも知れないわね。
「外観は十分に眺めたかな? では、そろそろ乗船するとしよう」
お父様の指示で指定の位置に移動すると、レディ・アンジェリーヌ号からタラップが下ろされる。
そして私達は全員、レディ・アンジェリーヌ号へと乗り込んだ。
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