316 王家との諜報戦 1
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「陛下、内密にご報告したいことが」
オルレアーナ王国国王ジョセフの執務室で、宰相のボドワンが人払いを願い出る。
ジョセフが頷き軽く手を上げ横に払うと、執務を手伝っていた文官達は即座に一礼して退室していった。
二人だけになったところで、ボドワンが宰相然としたまま報告を始める。
「ゼンボルグ公爵領で、大きな動きがありました」
真っ先に出たその名に、国王然と振る舞うジョセフの眉がピクリと動く。
「領内に潜む密偵の掃除に出たようです。対象は、賢雅会、モーペリエン侯爵派の手の者達です」
「新特許法絡みか?」
「恐らくは。賢雅会は魔道具絡みで元よりですが、最近はモーペリエン侯爵家が諜報活動を活発化させていましたので」
モーペリエン侯爵家は、まだ特許法がなかった時代から代々、自領他領問わず金になる品を奪っては量産し、財を成してきた。
しかも今回は、新特許法の利権から弾かれたことに対する報復だろう。
特許を取れる品が手元になくなれば、新特許法の成立には意味がなくなる。
そうして新特許法を潰し、同時に自分達が儲ける算段に違いない。
とはいえ、その手の貴族家の諜報戦など、今に始まったことではない。
ゼンボルグ公爵家も各地に密偵を潜ませており、諜報戦は常日頃から行っている。
なので今回の動きは、さすがに目に余ると潰しに掛かったのだろう。
そもそもが、新特許法の利権から弾かれた直接の理由は、第一王子レオナードの誕生日パーティーへ出席するために王都へと向かうマリエットローズを襲わせた、その報復なのだ。
それなのに、それを逆恨みしてさらに報復に出るのが、モーペリエン侯爵と言う貴族である。
「モーペリエン侯爵家の動きについての補足ですが、手出しされたくなければ反対しろとばかりに、他の領地でも盛んに仕掛けています。思うように反対派を増やせず、強硬策に出たのかと」
ボドワンの補足通り、新特許法に賛成する貴族の領地は今、諜報戦が激化していた。
レオナードの婚約者として最も相応しいのは娘のジャクリーヌだ。
そう豪語していたのが、たった一度マリエットローズが公式の場に現れただけで揺らいでしまった。
しかも、その肝心のジャクリーヌが、マリエットローズを直接潰そうとお茶会に招いたところ、逆に完膚なきまでにやり込められたとの噂も流れている。
その焦りもあるのだろう。
「監査官からの報告は?」
「同様のものが上がってきています。しかし近年は、領内全域で経済活動が活発化。公爵を始め派閥の貴族達も視察や会合を頻繁に行い、防諜もまた強化され、調査が困難、かつ精査と分析に追われ、増員するも次々に政策が打ち出されるため、慢性的に手が足りていないようです」
どのような品で特許を取得するつもりでいるのか。
そのような些事に、ジョセフは興味はなかった。
数年前、突如経済を活性化させた、その裏事情の把握こそが懸案事項だからだ。
「こちらの手の者へは?」
「現状は、監視と牽制に止めています」
「王家と対立する意思はないとの意思表示のつもりか」
「恐らくは。大使館のパーティー以来、ヴァンブルグ帝国との貿易額が増し、先の冬には魔石輸入の話がまとまって、国際的な特許法成立のために共同歩調を取り始めもしましたので」
だからこその、王家宛てのメッセージなのだろう。
国際的な特許法成立の件は、まだ国として専門部署を立ち上げ動く前段階、現場の貴族外交で各国に参加を呼びかけ、調整と、たたき台を作る段階だ。
ヴァンブルグ帝国が賢雅会とゼンボルグ公爵家を天秤にかけ、現状、ゼンボルグ公爵家に天秤を傾けている以上、その件はゼンボルグ公爵家が窓口となる。
特許法など王家にとって邪魔にしかならないが、それは国内に限った話だ。
諸外国との取引では、国際的な特許法がある方がいい。
マリエットローズ式の魔道具は莫大な利益をもたらし、ゼンボルグ公爵家から上がってくる税収もかなりのものになるだろう。
何より、魔道具産業において、オルレアーナ王国の国際的な発言力と影響力が高まるのは確実だ。
ゼンボルグ公爵家が力を付けることは望ましくないが、オルレアーナ王国と王家への非常に大きな貢献になる。
「ふん。だから新特許法を通せ、との牽制……いや脅しでもあるか。生意気な」
皇太子ルートヴィヒ、皇太子妃ダニエラ、その息子である皇子ハインリヒが、マリエットローズへ並々ならぬ関心を抱いている以上、その扱いには慎重になる必要がある。
そこに付け込まれた形だ。
「これ以上力を付けさせるのは厄介だな……」
武力と経済力を削り、蔑み虐げることで、心を折って屈服させる。
同時に、同様に侵略して支配してきた国の生き残り達に、その者達より下の存在を作り、その不満や鬱憤をぶつける対象とすることで、統治を安定させる。
それが先々代からの方針だった。
当時はまだ領土拡張の途中で、ヴァンブルグ帝国と周辺国を奪い合っていた時代だったからだ。
おかげで占領地の統治は安定へと向かったが、ゼンボルグ公爵派は心が折れるどころか、存外しぶとく結束は固いまま。
それどころか、ここ数年で息を吹き返そうとしている。
「監査官からも、わずかながらも成果が見られた調略も無に帰し、切り崩しはより困難になったと」
「このままでは、ゼンボルグ公爵令嬢を王家に取り込まなくては、ヴァンブルグ帝国との挟撃が現実のものとなりかねん、が……」
「貴族達の反発は非常に大きなものとなるでしょう」
「それを避けるためには……ヴァンブルグ帝国の皇女と婚姻外交か」
レオナードとヴァンブルグ帝国の皇女との婚姻は選択肢の一つだったが、ここにきて、にわかにその選択の重要性が増したと言える。
「しかし、どちらを選んでも、モーペリエン侯爵の反発はかなりのものになるかと」
「だろうな……」
万が一、暴走したモーペリエン侯爵が皇女を害すれば、ヴァンブルグ帝国とは即開戦となりかねない。
同様に、マリエットローズを害すれば、怒り狂ったゼンボルグ公爵派とモーペリエン侯爵派の内戦になり、ゼンボルグ公爵派を侮り見下している中央の貴族達まで参戦して、かつてのゼンボルグ王国との戦争と同規模の戦いにまで発展するだろう。
そしてその内戦は、ゼンボルグ公爵派の独立戦争にまで至る可能性がある。
これまで何十年と掛けて力を削いできたのだから、それで負けるとは思わない。
しかしそうなれば、その時点でのマリエットローズの生死を問わず、ヴァンブルグ帝国が座して見ているだけなど、それこそあり得ない。
挟撃のみならず、最悪ヴァンブルグ帝国が裏で煽れば、かつて侵略し従えた国の貴族達までもがそれに乗じて蜂起し、オルレアーナ王国が滅亡する可能性すらあった。
「何故こんな事態になってしまったのか……数年前までは遅々としながらも、着実に事は運んでいたと言うのに……」
そう、ジョセフは溜息交じりに独りごちる。
レオナードの政略結婚の相手は、ジャクリーヌか、ヴァンブルグ帝国皇女か、それともマリエットローズか……。
家格として、ヴァンブルグ帝国皇女を正妃に、ジャクリーヌを側妃に迎えれば、表向きは丸く収まる。
しかし、モーペリエン侯爵がそれで納得するとは思えなかった。
宮廷内の権力争いは激化し、ヴァンブルグ帝国皇女の子か、ジャクリーヌの子か、継承権争いが確実に起きるだろう。
対ヴァンブルグ帝国同盟として、その他の国の王女を選んでも、恐らく結果は大差ない。
どれも安易には選べない選択肢だった。
この状況を改善する一手として、ゼンボルグ公爵派の力を早急に削ぐ必要があるが、それは以前よりも慎重に行わなくてはならない。
そして、万が一の暴走をさせないためにも、モーペリエン侯爵派の力も削いでおきたいが、それは中途半端では意味がない。
かといって、モーペリエン侯爵家を潰してしまうと、オルレアーナ王国の国力が大きく落ちることになる。
モーペリエン侯爵がレオナードの婚約者に娘のジャクリーヌをと豪語しているのは、伊達ではないのだ。
「おのれゼンボルグ公爵家め……」
全てはそこから狂い始めた。
恨み言の一つくらい言わずにはいられなかった。
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