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悪役令嬢は大航海時代をご所望です  作者: 浦和篤樹
第三部 切り開くはアグリカ大陸への直通航路

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314 港湾施設拡充と海底の地形調査のその裏で 1

◆◆◆



 ゼンボルグ公爵領の南東部に位置するリチィレーン侯爵領。

 そのとある港町の酒場にて、少しばかり身なりのいい中年男が一人、木製のジョッキを傾けエールの喉越しを味わっていた。


 それは珍しくもない安酒であるが、ただのエールではない。

 キンキンによく冷え、これまで飲んだことがない喉越しと味わいになった、地酒のエールだ。


 その酒場は最近まで、客入りはそこそこの、どこにでもあるありふれた酒場だった。

 しかし、ジエンド商会と提携し、さらにブルーローズ商会から業務用冷蔵庫を購入し、よく冷えたエールと、ゼンボルグ公爵領各地の食材を使った料理をメニューに加えたことで、大勢の客で賑わう人気店に様変わりしたのだ。

 魚など食べ飽きているだろう漁師や商船の船員でさえ、北や西の海の魚介を食べに通うくらいである。


 おかげで、すでに日が暮れて仕事終わりの時間と言うこともあり、本日も満員御礼だった。


 店内は陽気な話し声や笑い声で溢れていて、耳を澄ませば景気のいい話も聞こえてくる。

 その中年男は十数年、商会の経理として務め、仕事終わりにこの酒場に通っているが、このような光景はかつて見たことがなかった。


 寂れているとまでは言わなくとも、覇気もなければ景気のいい話もろくになく、それこそ、酒場はおろか町中で年々活気が失われていっていたのだ。


 それがどうだ。

 数年前、その状況が一変した。

 突如、景気が上向き始めたのだ。


 最初こそその変化は緩やかだったが、特にここ一年程は、輪をかけて町に活気が戻って来ている。

 今や誰もが、ヤケでも誤魔化しでも慰めでもなく、毎日を楽しみ、さらに良くなるだろう明日に希望を抱いて、祝杯を挙げているのだ。


「ふん、面白くない」


 中年男は、誰にも聞かれないよう、口の中で小さく独りごちると、エールを一気に呷る。


 そうしてジョッキを空にしてテーブルに戻したところで、目の前に船乗りらしい若い男が座った。


「待たせたな。ねぇちゃん、エール二つ! キンキンに冷えた奴頼む!」

「はいよ!」


 程なく運ばれてきたエールを乾杯して、若い男が陽気に話し出す。


「どうだ、最近の景気は」


 しかし、若い男の目は笑っていない。

 どこか冷たさが宿っていた。


「今度、ご領主様(リチィレーン侯爵)のお声がかりで、港に事務棟と倉庫、桟橋を増やすんだとさ。海の底も掘って、深くもするらしいぜ。近々、日雇いの労働者を大々的に募集するらしい」


 中年男もまた、周りに合わせてほろ酔い気分で陽気に答える。

 しかし、やはり目は笑っていなかった。


「そいつはまた。港に立ち寄る船が増えそうな景気のいい話だ」

外国(ヴァンブルグ帝国)からのお客様(・・・)に立ち寄って欲しいんだろうよ」

「お前さんもその仕事に募集を?」

「ああ。読み書き計算は得意だからな。新しい事務棟の事務員(・・・・・・・・・・)の方に応募するつもりだ」

「ほう?」

「どうにも競争が激しそうでな。あんたんとこの船のオーナー(・・・・・・)は顔が広いだろう? 口利き(・・・)してくれると助かるんだが」

「そうだな……今度オーナー(エセールーズ侯爵閣下)に聞いとこう」


 中年男は、エセールーズ侯爵の手の者で、長年リチィレーン侯爵領に埋伏している工作員だった。

 日々、真っ当に仕事をして働き、周囲の信頼を勝ち取りながら情報を集め、目の前の若い男のような連絡員にそれを渡していたのである。


 それと同時に、エセールーズ侯爵家になびき、ゼンボルグ公爵家と決別するよう、世論を誘導もしてきた。


 怪しまれないよう、ほんの少しずつ毒を飲ませるように行われていたそれは、わずかずつではあるが、徐々に成果を上げていたのだ。


 しかし、その十数年の努力が水泡に帰した。

 しかもそれどころか、エセールーズ侯爵家を侮る風潮すら生まれてしまったのだ。


 その大きな原因は、魔道具産業でブルーローズ商会の後塵を拝し、さらに美容の魔道具で大失敗をしたことが、瞬く間に広まったことにある。

 当然、それを広めたのがゼンボルグ公爵家であることは想像に難くない。


 以前であれば、魔道具は貴族のためだけの物であり、平民は別世界の出来事として、そんな噂など気にもしなかっただろう。


 しかし今は、荷馬車用の冷蔵庫、冷凍庫が町中や街道を往く姿を目にし、このような普通の酒場でさえ、ジエンド商会と提携すれば、業務用のコンロや冷蔵庫などの魔道具を購入して商売が出来る。

 魔道具が、平民の生活に関わり始めているのだ。


 それが、元王家であり、領主であるゼンボルグ公爵家の方針ともなれば、平民としても魔道具に関心を寄せずにはいられない。


 しかもそれら魔道具のほとんどが、巷でポセーニアの聖女と名高い公爵令嬢の名を冠した、マリエットローズ式と呼ばれる画期的な機構を組み込まれた世紀の大発明ともなれば、なおさらである。


 おかげで、噂が噂を呼び、事実もデマもあっという間に拡散されていった。

 そのため、工作員としての火消しがまったく追い付かなかったのだ。


 なので、中年男の上司(商会長)が方針転換を打ち出したのである。


 それが今回、中年男の役割を変更し、事務員として新しい事務棟に潜り込むことだった。


 港の事務員として務めれば、船の出入りを管理する情報の入手は容易くなる。

 ブルーローズ商会の船が魔石の買い付けに帝国へ向かうスケジュールを事前に把握出来れば、待ち伏せも可能だ。

 ゼンボルグ公爵領近海で、帝国の船を海賊に襲わせ、関係を険悪にするのもいいだろう。

 それで積み荷の魔石を頂ければ、万々歳である。


 つまり、中年男の工作員としての役割は、非常に重要なものになったのだった。



 いつも読んで頂き、また評価、感想、いいねを頂きありがとうございます。


 書籍第二巻、発売中です。

 また、ドラゴンエイジのWeb媒体「ドラドラふらっと♭」にてコミカライズが決定しました。

 是非、期待してお待ち下さい。


 励みになりますので、よろしければブックマーク、評価、感想、いいねなど、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
帝国の船襲うんか。大丈夫?返り討ちにあった挙げ句王国侵略の名目にされない?別にいいけど......
いわゆる、『草』ですか。……主人公のお嬢様ならともかく 『失礼ねぇ( *`ω´)』 ん?なんか幻聴が? とりあえず(色々と)ご用心下さい。by領民一同
まあこの手のスパイや工作員はどこもやってることでしょうね。
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