311 テラセーラ島の復興支援 3 画期的な道具と魔道具
もし第二便がこれまで通り、ただ支援物資を運んで来ただけなら、アナトリー村の村人達もオリヒオ村の村人達も、心から感謝はしても、心を許して打ち解ける要因にはならなかっただろう。
むしろ、追加の兵が大勢やってきたことで、警戒心が高まる可能性の方が高いと言えた。
では、何が大きな変化を生み出し、関係改善に貢献したのか。
それは、運ばれてきた魔道具の削岩機、そしてシャベル、スコップ、猫車、ゴーグル、マスクと、それを使っての復旧作業を、拠点開発の人員や兵達が行ったことである。
「くっ、振動が! しかしこれはすごい! 見ろ! みるみる砕けていくぞ!」
長袖長ズボンで肌を守り、目にはガラスを使ったゴーグルを付け、口にはマスクをした筋肉質で大柄の兵が、削岩機を使い驚きと共に歓声を上げる。
大きく振動し破壊音を響かせる削岩機。
その杭の先端は凹型で、縁にはギザギザの歯が付いており、それを回転させながら打ち付けることで、地表を覆う火山灰や軽石が固まった石や岩をガリガリと削りながら穴を空け、割り、砕いていく。
同時に、削った粉が飛散しないよう、大量の水も噴き出していた。
マリエットローズ式の各種変更機構は、構造も動作も繊細であり、振動と衝撃による文様のずれやパーツの破壊、誤接触による魔石の暴発事故の可能性など、内部構造の耐久性と安全性の問題で、残念ながらオミットされてしまったが。
しかし、そのおかげでシンプルに、かつバロー卿の知識と経験を生かした構造で、多少乱暴に扱っても平気なだけの耐久性を確保している。
その削岩機を構えて押し込むだけで簡単に穴が空いて割れ砕けていくので、ツルハシや鍬を何度も振り上げ振り下ろし、少しずつ穴を穿って割っていくよりも、圧倒的に早く楽に作業を進めることが出来た。
『どんどん割れていくぞ!』
『なんてすごい道具だ!』
『これならあっという間に畑を元に戻せるぞ!』
その様子を遠巻きに見ていた村人達が歓声を上げたのは、当然のことだろう。
彼らは今すぐにでも駆け寄って感謝の言葉をかけたかったが、そこはグッと我慢して、遠巻きのまま作業が終わるのを待った。
作業中は絶対に側に近寄らないようにと、マリエットローズの指示で厳命されていたからだ。
作業中に作業員の肩や背中を叩いて感謝で揉みくちゃにしたり、興味本位で削岩機に触れたりするのが危険なのは、言うまでもない。
それらも危険ではあるが、それ以外にマリエットローズが危惧したのは、削られた粉による呼吸器の疾患や失明、肌に付着して起こす炎症などの健康被害である。
せっかく畑を復旧しても、健康を害しては意味がない。
「よし、この辺りは、まずはこのくらいでいいだろう。撤去作業頼む!」
そうして、ある程度の範囲を砕いた後は、人海戦術だ。
シャベルとスコップを使い、砕いた石や岩の欠片を猫車に積み、猫車で遠く畑の外縁部まで捨てに行く。
手で拾い集め、またザルや板を使って掬い上げ、籠に入れて捨てに行くのとは、効率も疲労度も段違いだった。
こうして余裕が生まれた中で、これら作業を合同で行ったこともまた、心の距離を近づけた要因だろう。
さらに、作物の育ちが悪くなっていることへの対策も行われた。
『テンチガエシ?』
『そう、天地返しだ。うちのお嬢様のアイデアでな。図解付きの指示書を読んで、こんな単純な作業でと驚くと同時に、なるほどと思ったよ』
作業の監督に訪れた村長の息子のマノリスが聞き慣れない単語に首を傾げるのに、ヘラルドはマリエットローズの指示を要約して伝える。
天地返しとは、火山の噴火や洪水が起き、火山灰や泥で畑が埋まってしまった時、その畑を復旧するための方法である。
まず、畑に畝を作るかのように、等間隔にA、B、C……と縦割りの列を決める。
次に、A列の火山灰や泥を、シャベルで畑の外に捨てる。
さらに、その下から現れたA列の畑の土も、シャベルで畑の外に捨てる。
これで、A列には二段分の溝が掘られたことになる。
次に、B列の火山灰や泥を、シャベルでA列の溝に捨てる。
さらに、その下から現れたB列の畑の土を、A列の溝に捨てた火山灰や泥の上に被せて積み上げる。
こうすることでA列は、上が火山灰や泥で、下が畑の土だったところ、上が畑の土で、下が火山灰や泥になり、天地が入れ替わることになる。
さらにC列の火山灰や泥を、シャベルでB列の溝に捨て……とこれらを繰り返していけば、畑の全ての土が入れ替わり、復旧が完了するのである。
『お嬢様によると、火山灰が畑の土に混ざって残っていると、作物の育ちが悪くなるらしい。だから天地返しで、火山灰が混ざっていない、深いところの畑の土を上に持ってくるそうだ』
さらに、石灰か草木を燃やした灰、それに加えて堆肥を作って撒いて混ぜ、それから作付けすると作物の育成が良くなる。
堆肥は牛、豚、鶏などの家畜の糞を藁などと混ぜて発酵させて作るが、それらが十分に用意できない場合は、生の魚を乾燥させて粉にした魚粉を堆肥として撒いて混ぜる。
との指示もあった。
ただし、撒きすぎ注意、撒く量は少量ずつ、様子を見ながら見極めて欲しい、とも。
火山灰は、灰と言っても草木が燃えた灰とは違い、溶岩が急速に冷えて固まった、内包していた水蒸気や火山ガスで発泡して穴だらけになった鉱物である。
その表面には酸性の火山ガスなどが付着しており、土に混ざっていると、雨などで火山ガスが水に溶けて土壌を酸性に変えてしまうため、作物の成長が悪くなってしまう。
加えて、火山灰に含まれているアルミナが植物の成長に必要な土中のリン酸と強く結びついてしまい、植物がそのリン酸を使えなくなることで、痩せた土地になってしまうのだ。
なので、石灰か草木を燃やした灰で中和し、窒素やリン酸が多く含まれる堆肥を混ぜることで、土壌改良を行うのである。
『家畜が少なく、魚が多く獲れることから、魚粉についても書いてくれたのだろう』
『そうだったのか……サクガンキ、それと、シャベルとスコップ、ネコグルマ……ヘラルド達も初めて見たのだろう? それらの道具を思い付いて作ったことといい、土壌改良の知識と気遣いといい、ヘラルドが仕えるお嬢様は本当に素晴らしい方のようだな』
『ああ、どのような身分や立場の者が相手であろうと大変お優しく、素晴らしいお方だ。しかも現地も見ずにこれほど的確な道具と指示を出せるんだから、正直、どれほどの知識と知恵をお持ちなのか、皆目見当も付かんよ』
脱帽だとばかりに声を上げて笑うヘラルドに、マノリスも笑顔を零し、村人達の中に拠点開発の人員と兵達が大勢加わり行われている復旧作業を見つめる。
これで、想定よりも圧倒的に短い期間で、全ての畑の復旧作業が終わることだろう。
ただし、土壌改良は、作物の成長を見ながら行う必要があるため、長い年月が掛かるに違いない。
それでも、何も知らず、なんの手も打てなければ、村は行き詰まり、生活は破綻していたはずだ。
『そのお嬢様を始め、お前達には本当に感謝している』
『なんの。俺達はもう友達だ。友達が困っていたら助けるのが当然だろう?』
『フッ……そうだな。お前達も何か困ったことがあったら言ってくれ。どれだけ力になれるか分からんが、助力は惜しまん』
『ああ、その時はよろしく頼む』
ヘラルドとマノリスは固く握手を交わすのだった。
そして、訓練船団が往復して第三便が到着し、追加の削岩機、シャベル、スコップ、猫車、ゴーグル、マスクが届くに至り、復旧作業は畑だけでなく、草原と南北二つの森にも手を広げられていく。
その様子を、アナトリー村を訪れたテラセーラ島の他の村の村人達が目撃。
その道具を貸して貰えないか、畑の復旧作業を手伝って貰えないかとの交渉が行われ、今後の対等な交易と友好的な関係を条件に、兵達を中心とした支援部隊が編成され、それぞれの村へ派遣されることとなった。
そうして、使節団と訓練船団は、テラセーラ島を中心にその存在を知られ、存在感を増していくのだった。
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