310 テラセーラ島の復興支援 2 拠点と村の開発とそれぞれの村人達
それら交渉と並行して、拠点の開発も進められていた。
拠点と定められたのは、アナトリー村から南に少し離れた海岸沿いの開けた場所である。
ヘラルド達が予め目星を付けていた場所で、すでに村長を始め村の有力者達には話を通していたので、揉めることなく作業に取り掛かれたのは非常に大きかった。
それどころか、ヘラルド達と特に親しくしていた村人達が何十人と協力を申し出てくれて、彼らを日雇い労働者として雇用したことで、十二分に労働力を確保出来たのである。
加えて、三男とはいえ伯爵家の出身であるヘラルドは、おおよそ必要な施設が何かを理解していたので、簡単ながらも素案として拠点の地図を作成していたのだ。
それを元に拠点開発の責任者達が修正を加えてすぐに着工したので、かなり前倒しで工事が進んでいた。
何しろ、すでに冬の気配を感じられる季節である。
本格的な冬を迎える前に、たとえ仮設でも住居が完成しているかどうかは死活問題となる。
おかげで、冬には十分に間に合う目算だった。
「実に優秀な男だ。内政、外交畑でも十分に通用するだろう」
「まったくです。今からでも引き抜きたいくらいですよ。本人の希望とそぐわないのが残念です」
とは、バルトロメオとプロスペールの会話である。
そのように、取りかかりが早く作業が順調であるため、拠点開発に割り当てられた人員は、当初の予定通り全体のおよそ七割だったが、全く問題はなかった。
では残りの三割の人員がどのような作業に振り分けられたかと言えば、新しいオリヒオ村の開拓である。
言うまでもなく、オリヒオ村の生き残りの村人達にとっても、この冬を越せるかどうかはその新しいオリヒオ村がどこまで完成するかに掛かっている。
支援すると決めた以上、それは非常に重要な案件だった。
「案内ご苦労。ここが新しいオリヒオ村の建設予定地か?」
「その通りです監督。彼らの要望と、今後の彼らとの交易を考えると、良い場所だと私も思います」
オリヒオ村開拓の人員を案内したのは、通訳も兼ねたイスマエルとセサルだった。
そんな彼らに対するのは、生き残った村人達の代表となる男である。
『彼らがセサル達のお仲間か?』
『そう。オレ達の、上の、偉い人』
『偉い人か。見ず知らずの我らのために手を貸して貰い感謝する。特に「クウチョウキ」なるマドウグを売って貰えたのは非常にありがたい。この冬、どれほど凍死する者が出るかと心を痛めていたが、防寒具と合わせて、きっと凍死者を出さず乗り越えられるだろう。さらに「レイゾウコ」があれば、雨が増える冬、食料を濡らさず長持ちさせられる。「コンロ」も薪を節約出来る上、煮炊きが非常に楽になった』
廉価版の魔道具と防寒具に関しては、先んじて運び込まれ、『お守り石』との物々交換ですでに村人達に渡されていた。
理由は、代表の男が言った通りである。
ただし、魔石を使っていることは説明しているが、それが『お守り石』と同じ物であることは伏せられていた。
魔道具のありがたみを知り、魔道具のある生活に慣れて手放せなくなり、使ってもなんの問題も起きないことを理解して貰ってから、いざ火属性の魔石と宝石を輸出するための交渉を行う時に明かす予定である。
もちろん、これら魔道具は、拠点とアナトリー村にも持ち込まれている。
『オレ達の、お嬢様のおかげ。お嬢様、オリヒオ村の、みんなのこと、心配してる』
『そうか……確か、セサル達が崇める神の御使いで、聖女様だったな。そのお嬢様には感謝してもしきれない。村が完成し、各地に散っている村の者達が集まることが出来た暁には、この恩に報いるため、できる限りの礼をしよう』
「君、セサルだったか? 彼はなんと?」
「えっと……助けてくれてありがとうって、それで、魔道具をくれたお嬢様にもすごく感謝してるから、村が完成したら礼をするって言ってます」
「ふむ、そうか。その時は是非、友好的に交易をしたいと、そう伝えてくれ。お嬢様もそれをお望みだ」
「はい、分かりました。えっと……『お礼、仲良くしたい、商売しよう。お嬢様も、そうしたい、思ってる』」
『そうか、今の我らには大した物を出せないが、その時は是非、商売をしよう』
「えっと……分かってくれたみたいです」
「そうか、ご苦労」
新しいオリヒオ村の位置は、テラセーラ島の中央よりやや南、『神の住まう山』と南の海岸線との中間付近に位置する、川沿いに決まった。
かつての村と比べて、採掘場からは倍以上遠い位置になる。
それでもそこが選ばれた理由は、再び『神の住まう山』が噴火した時、同規模の大噴火でも起きなければ、溶岩流も火砕流も届かないだろうと思われる地点であることだ。
小さな噴火は稀にあれど、今回のような大規模な噴火は数百年に一度の話なのだから、恐らく今後数百年は無事に栄えていけるだろう。
それに加えて、採掘した魔石と宝石の運搬に、川を利用するためである。
さらに言えば、その川の河口付近は河口港を建設するのに適した地形であるのに、そこに集落がなかったことが大きい。
そのような場所であれば、発展した集落があってしかるべきだろう。
当然、かつてはそこに村があった。
しかし今はその痕跡が残るだけで、もう数十年以上、誰も住んでいない。
なぜなら、ディーシ村と争い滅ぼされてしまったからだ。
なので、仮にそこに拠点を築いても、誰にも文句を言われる筋合いはないだろう。
滅ぼされた村の復興とは関係なく、ディーシ村も数十年以上放置していたのだから。
なのにそこを拠点に選ばなかったのは、現状、最初に友好関係を築いたアナトリー村の側の方が、お互い都合が良かったからだ。
加えて、その河口から東へ向かえばノートス村があり、西へ向かえばディーシ村があった。
罪人扱いされているオリヒオ村の村人達のため、余所者が新しいオリヒオ村の開拓を手伝う。
それだけでも面白く思われないだろうに、近くに拠点まで作っては、無駄にディーシ村を刺激することになる。
そしてノートス村も、拠点とアナトリー村とに挟まれることで、無用の危機感を抱く可能性がある。
それらを避けるため、今は目星だけを付けて、なんらかの形で関係が落ち着き余力が生まれたら、河口港として開発を始める予定にしていた。
さらにそれらと並行して。
「通訳に言葉を教えるなど荷が重い……」
「貧民のオレ達に、お偉いお貴族様やお役人に言葉を教えろとか、冗談にしても質が悪すぎ」
「そうそう、ヘラルドさんじゃないんだから。しかも、俺だってまだ片言なのに」
エルベルト、ドナト、エウリコは、村の有力者達と交渉しているプロスペール達以外の使節団の者達とアナトリー村の村人達との間を取り持つよう通訳をしながら、派遣されてきた通訳達にフェノキア語を教えなくてはならなかった。
「はっはっはっ、愚痴なら好きなだけ零していいぞ。状況は変わらんがな」
それを、笑って聞き流すヘラルドである。
滞在初日から、そのためにフェノキア語を覚えるようにと言い渡していたのだから、愚痴に耳を傾ける必要を認めなかったのだ。
それに、愚痴を言っている場合でもなかった。
ヘラルド達は何カ月も滞在したことと村への貢献のおかげで、村人達とは個人的に親しくなった。
しかし、使節団と拠点開発の人員は人数も多く、武装した護衛の兵達もいるせいで、村人達は感謝しつつも警戒しないわけがない。
さらに悪いことに、メソン町とディーシ村がいつ暴挙に出るかも知れなかった。
そのため、どうしても余所者には警戒心が働いてしまうのである。
両者が打ち解けるのは、なかなかに時間が掛かりそうな状況にあった。
しかし、その状況を大きく変え、使節団の者達にも大きな信頼を寄せるようになる出来事が起きた。
訓練船団、第二便の到着である。
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