31 船員育成学校開校準備
視察を終えて領地へ戻って、私はすぐにお父様と話し合った。
急いで船員育成学校を開校するためだ。
それも開校する場所は、視察に行ったシャット伯爵領の港町シャルリードだけじゃない。
他の領地でも、拡張工事をしている主な港町には全て開校することにした。
それから各地の状況を調べて、物件の情報を取り寄せて、予想される必要な船員の数の算出、各地の状況に合わせた生徒の定員の決定、教師の確保、予算案の作成、などなど、とにかくひたすら忙しかった。
「やっとどこの領主も、さんどうしてくれましたね」
「シャット伯爵が随分と骨を折ってくれたようだ。マリーにいいところを見せたかったんだろう」
詳しく聞けば、最初、他の領主達はいまいち乗り気じゃなかったけど、シャット伯爵が熱心に説得してくれたらしい。
ちゃんと謝ったし、シャット伯爵も理解してくれたけど、やっぱり私が孤児のジャン達のことで口出ししてしまったから。
それに船大工の棟梁を説得したのも私だったし。
だから名誉挽回したかったのでしょうね。
「わたしが差し出口をはさんでしまっただけだから、気にしなくてもいいのに」
「そうはいかんさ。マリーはもう少し、自分の立場と発言の重さを学んで理解しないといけないな」
「はい」
こういうところが、貴族って厄介よね。
ともあれ、おかげで説得は成功して、全ての予定地に開校が決まった。
と言っても、前世の日本の高校や大学みたいな立派な校舎や設備はない。
倉庫街の端っこで不便だからとなかなか借り手が付かない倉庫や、同じく長年買い手が付かない家などの物件を借り上げて、中を簡単に改装した程度の、私塾や寺子屋レベルでのスタートだ。
その程度の設備に留まるのは、幾つかのちゃんとした理由がある。
まず、子供達が基礎の基礎から学び始めるから、最初から立派な設備を必要としない。
だから基礎を学んでいる間に必要な設備を作っても、十分間に合うと言うわけ。
次に、船大工の棟梁からシャット伯爵に、技術の検証や蓄積のために、まずは半分の大きさの四十メートルサイズで試作したいと相談があったそうなの。
それで、作るならその船は練習船として活用しようって話が持ち上がったのよ。
だから、練習船の完成までには、せめて大型船で練習できるレベルにまで教育を間に合わせたいじゃない?
そうなると、すぐにでもスタートしないと全然間に合わないのよ。
最後に、シビアなことを言うけど、無駄な投資を避けるため、ね。
一期生と呼べる生徒達は、親が海難事故に遭って孤児になってしまった子供達や、貧民の子供達のグループで、年長の子供達が働いて年少の子供達の食い扶持まで稼いで真っ当に生きてきた子供達が中心なの。
だから、ちゃんとした校舎や設備を用意するなら、彼らが使い物になるだけの実績を上げて、さらに投資する価値があると証明してからじゃないと、賛同してくれた領主達は多額の投資に首を縦に振ってくれないのよ。
もし彼らが使い物にならなかったら、この事業は失敗。
そうなれば、立派な校舎や設備が全て無駄。
どの領主達も、貧民達に投資した結果、そんな事態になるのは避けたいわけね。
ゼンボルグ公爵領は決して豊かとは言えないから、懐事情を考えればお金の使い道を厳選するのは当然のことだから、領主達を責めるわけにもお金を無理矢理出させるわけにもいかない。
シャット伯爵が説得してくれたとは言え、無理強いして手を引かれたら困るもの。
そういった諸々の理由から、かなりお試し感や間に合わせ感が強いスタートになってしまったのは、私自身にまだ何も実績がないから。
どれだけ熱意があっても説得力に欠けることが原因ね。
歯がゆいけど、今はこれが精一杯。
スタートを切れるだけでもよしとするしかない。
とはいえ、必要なことに使うお金をケチっては意味がないわ。
「仲間いしきをじょうせいするためには、早くからの共同生活が必要です。じっさいに航海に出たら、何週間、何ヶ月と、同じ船で寝泊まりするんですから」
と言う名目で、せめてもの設備投資で、適当なアパートを借り上げて学生寮にすることを提案した。
路上生活をしていた子供達には、ちゃんと屋根のある建物での生活が出来るようにしてあげたかったから。
「加えて、かいなん事故で漁師のご主人を亡くされた奥さん達を、その学生りょうで、りょう母さんや料理人、掃除や洗濯などの雑用係としてやとえば、こようそうしゅつにもつながります」
だって、身売りしないと生きていけない、なんてことになったら嫌じゃない?
五歳児が気にすることじゃないかも知れないけど……やっぱり気になるじゃない。
この辺りは……お父様に見透かされていたと思うけど、何も言われなかったから、私も素知らぬ顔で書類を出した。
「教師陣は……ごうかな顔触れですね」
「彼らに話したら、とても乗り気だったよ。後進の育成が出来ること、何より、前代未聞の大型船に指導のためとは言え乗れることに、かなり魅力を感じていたようだからね」
お父様が教師として選んだのは、ゼンボルグ公爵領海軍の退役軍人だった。
それも船長や一等航海士の資格を持っている、船の指揮系統を掌握していた人、そして船長を補佐しながら実際に命令を実行し、同時に新人教育を担っていた人だ。
お父様が信頼している人達ばかりで、全てを打ち明けた上で勧誘したらしい。
「他にも必要に応じて、二等や三等航海士や、砲手をしていた者達など、講師として招く予定だ。きっとビシビシと教育してくれるだろう」
「それは……心強いですね」
軍隊教育されそう……。
でもお父様としては、そのくらい規律に厳しく、それに従える人達でないと信用に値しないと考えていそう。
さすが公爵閣下は厳格ね。
でも考えてみれば、航海の最中に海賊船や私掠船に襲われて戦闘になる可能性があるんだから、本職の軍人に厳しく鍛えられた方が、彼らにとっても強くなれるチャンスと言えるかも。
うん、どんな状況からでも生きて帰れるように、彼らには是非頑張って欲しいわ。
こうしてたった数ヶ月足らずで、船員育成学校は開校した。
電話もメールもない、移動手段もメインは馬車という時代で、一つの事業が立案から実施までこの短期間で終わるのは、本当にすごいと思う。
これも貴族の、ゼンボルグ公爵家の力かしらね。
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