309 テラセーラ島の復興支援 1 使節団と村長達との会談
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「では、こちらのアナトリー村および他の村や島の特産物の、諸島内での基本的な取引額は、このリストの金額で間違いないかな?」
『――とプロスペール団長は言っているが?』
『うむ。間違いない。しかし、こちらは九つの島の寄り集まりで、小さな島や頻繁に神が怒り噴火する山がある島には誰も住まず、人が暮らす島は六つに過ぎん。対して、話を聞く限りそちらの陸地は随分と大きく豊かなようじゃ。なのに、やたら小難しく面倒臭い貨幣の違いをどうにかしてまで、そちらが欲しがるような品があるもんかのう?』
「――と村長は言っています」
「もちろん、これらの特産物全てが我々にとって魅力的かと言われると、決してそうではない。しかし、魅力的に感じ、取引したい品があるのは確かだ。だから、まずは全ての品の価値を明確にして基準を作り、互いに納得がいく為替レートを――」
テラセーラ島に残った使節団は、ヘラルド達の通訳を介して、アナトリー村の村長であるクレオンを始め、村の有力者達との会談を重ねていた。
回を重ねる必要があったのは、お互いの歴史や常識の違いなど、まずは相互理解を深める必要があったからだ。
何しろ、お互いどこに地雷があるのか分からないので、そこは慎重にならざるを得ない。
不幸なすれ違いによる交渉決裂は、互いに望むところではないからだ。
特に、村長と言う立場から、クレオンはより慎重な姿勢だった。
食料その他の支援には非常に感謝しているし、ヘラルド達とは友誼を結び、良好な関係を築いている。
しかし、それは個人との関係でしかない。
使節団と言う組織と、その組織が属するゼンボルグ公爵領と言う国家の思惑は、個々人の信頼関係や感情とはまた別の話だ。
双方には、経済規模と保有する武力に絶大な差がある。
食料目当てに襲撃を仕掛けてきそうなディーシ村やメソン町も脅威だが、話を聞く限り、ゼンボルグ公爵領はそれを遥かに凌ぐ脅威に感じられた。
そんな強大な国家を相手にした交渉なのだから、クレオンにしてみれば、慎重になってなり過ぎることはない。
加えて大きな問題なのが、貨幣の価値と為替レートである。
アゾレク諸島で流通しているのは、鉄製の貨幣一種類のみ。
鉄を産出する際、一応ごくわずかながらも金銀銅は手に入る。
しかし、貨幣として流通させるには圧倒的に足りていない。
なので、金銀銅は目が飛び出るほどに高価で、事実上、値段などあってないようなもの。
富と権力の象徴として、権力者や有力者の、それもディーシ村やメソン町のような島や諸島の支配者を自称する権力者や有力者の贅沢品に使われておしまいである。
対して、ゼンボルグ公爵領を含むオルレアーナ王国やヴァンブルグ帝国、その他の周辺各国から、アラビオ半島、アグリカ大陸の各国まで、主に流通しているのは、金貨、銀貨、銅貨だ。
一応、鉄貨もないわけではないが、一般的ではない。
そして『単位当りの金の質量に対して基準となる価格が幾ら』と国際社会で決められており、それを元に金貨の金の含有量から金貨の価値が決まり、固定相場制での為替レートが決定している。
これは銀貨も銅貨も同様だ。
しかし、鉄貨の使用は一般的ではないためその価値は各国でバラバラであり、固定相場制での為替レートが決まっていないので、貿易の場で使われることはない。
しかも、このような国際的な取引は、アナトリー村はおろかアゾレク諸島にとって、二千年以上の歴史の中で初の出来事である。
ただでさえそのような状況なのに、有力者とはいえただの村長や村人に、国際的な取引の慣例や常識、為替レートや関税について説明し、理解して貰い、判断と決断を下して貰わなくてはならないのだ。
これが非常に難航していた。
そして、この問題をどうにかしなければ、正式な交易を始められないのだから、プロスペールを始めとする使節団にとって、非常に頭が痛い問題だった。
多少含有量が低かろうと粗悪品であろうと、せめて金貨、銀貨、銅貨が流通してさえいればまだしも話は簡単だったのに、との愚痴は、全員共通の思いである。
クレオンは村長として、なんでもはいはいと受け入れるわけにはいかず、警戒し慎重になる一方、友好的な付き合いをしたいと思っているのも本心だった。
なので、プロスペール達との会談後は必ず、村の有力者達との話し合いも長時間行っている。
たとえそれが、初めてのことばかりで議論が堂々巡りをして、結論が出なかったとしてもだ。
それを理解しているので、プロスペール達はその警戒する心を解きほぐすように、根気よく、丁寧に、時間をかけて言葉を尽くして説明し、信頼を勝ち取るよう努めながら、落としどころを探っているのである。
「マリエットローズ様をお招きしてお言葉を交わして戴ければ、我々に侵略する意図など欠片もないと、すぐに理解して貰えるのだろうが」
「それは俺も思います。ですが、さすがに今の状況ではまだ来て戴くわけにはいきませんからね」
安全が確保出来ないと言うこともあるが、現地との交渉は現場の仕事であり、まだトップが出てくる段階ではないのだ。
プロスペールの粘り強い交渉の後の、わずかに零した本音に、ヘラルドが苦笑して肩を竦めたのは、二人だけの秘密である。
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