308 懐中時計量産と灯台建設の進捗状況
それ以外に、アグリカ大陸へ直接向かう前に済ませておきたい優先度が高い仕事と言えば、懐中時計の量産体制を整えることだ。
「お父様、そちらはどうなっていますか?」
「まず、精度向上に関してはすぐには難しいようだが、同じ物で良ければ、二つ目の懐中時計が夏前には届くだろう」
「本当ですか!? それなら、測量に向かった船団が戻ってくれば、本番の大型船と訓練船団と、それぞれに一つずつ持たせられますね!」
これは、安全な航海を考えると、とても大きい。
幸いなことに、まだ訓練船団に事故は起きていないけど、いつ何時、大きな事故や嵐に遭って遭難するか知れないもの。
「次に量産体制だが、ベルトラン工房が中心になって、時計職人ギルドを通じてほとんどの時計職人と工房を説得してくれた」
「説得、成功したんですね!」
思わず身を乗り出してしまった私に、今度は落ち着きなさいとばかりにお父様が軽くポンポンと頭を撫でる。
ちょっと……恥ずかしいわね。
私が座り直してから、お父様が続きを教えてくれる。
「頑固者が多くて苦労したようだ。自身が開発した、また代々受け継がれてきた独自技術は、職人にとっての貴重な財産で、秘匿したいのも当然だ」
そうよね。
それは、どれだけ仕事が取れるかと言う、飯の種なんだもの。
それを同業者に公開しなさいと言われても、すぐにはうんと言えないわよね。
私も、無理を言っている自覚はあるわ。
「でも、それでも話に乗ってくれたと言うことは、懐中時計に、そして『世界に名だたる時計の町』の構想に、魅力を感じてくれたと思っていいんですよね?」
「ああ、そういうことだ」
良かった、プレゼン頑張った甲斐があったわ。
「それで、どこまで秘匿した技術を公開し共有するのか、どう分業体制を整えるのか、その辺りはなんとかある程度は話がまとまったようだ。しかし、最終調整で難航しているらしい。秘匿技術の公開に、まだ難色を示す職人も残っているそうだからね」
確かに、どこまで公開しどこまで隠すのか、そしてさせるのか、技術を公開するデメリットと公開して貰うメリットのせめぎ合いで、その駆け引きは熾烈そう。
しかも、『嫌なら計画に参加しなければいい』と言われても、『じゃあそうする』とはいかないでしょうからね。
そんなことになれば、どんどん進歩する技術に付いていけなくなってしまうもの。
さらに言えば、これは町を挙げての領主案件で、懐中時計と言う時計の新しい形、最新の脱進機、ゼンマイ、時針、分針、秒針など、核心部分の概念や技術を最も公開しているのは、領主であるゼンボルグ公爵家なんだから。
「だからそこは引き続き説得して貰うとして、量産化に動き出すには十分な状況が整ったと言えるだろう。工場の用地確保もすでに済んでいる。いつでも建屋の建設に入れる状況だ」
時計工場と言っても、イメージとしては下町の工場みたいな感じで、ちょっと大きめの共同の作業場みたいな工房だけど。
それでもこの時代だと、工場と言う形態での生産は非常に珍しいと思う。
「ただ、そのような理由から、中の必要な設備と間取りに関しては、まだまとまりきっていない。おかげで建設の着手は今しばらく先の予定だ」
「むぅ、そこは早く決めて欲しいですね」
「いっそ先に工場を建てて、早く決着を付けろとプレッシャーをかけたいところだよ」
苦笑するお父様に、私も苦笑してしまう。
でもそれで使い勝手が悪い工場になってしまったら本末転倒だから、ここは話し合いの決着が付くまで待つしかなさそう。
革新的な技術で革新的なことをしようとしているんだから、最初の動き出しに時間が掛かってしまうのは仕方ない。
ここは焦らず急かさず、職人達が自分達で納得のいく結論を出すのを待つしかないでしょうね。
もちろん、いつまで経っても決まらずウダウダやっているようなら、尻を叩いて急かさないと駄目だけど。
「それだと、わたし達が懐中時計を普段使い出来るようになるまで、まだまだ時間が掛かりそうね」
お母様も、ちょっと残念そう。
もっと小型軽量化した懐中時計をパーティーで見せびらかせば、注目の的間違いなしだもの。
他の貴族達にもあっという間に知れ渡って、ゼンボルグ公爵領の技術力の高さをアピール出来るに違いないんだから。
そうなれば、領都ゼンバールが『世界に名だたる時計の町』として一躍有名になり、貧乏だ田舎だと馬鹿にする人達が減ることは確実よ。
ただ、懐中時計は交易をする船団を最優先に、海軍にも十分回したいから、個人的に持ち歩くのはさらにまだ先の話になりそう。
でも、量産体制がちゃんと前に進んでいて安心したわ。
「ついでに、灯台の建設についてだが、候補地はまとめさせた。しかし、やはりレンズを作れる工房が見つからない」
「ガラス製品は、グラスや置物、大きくても小さな窓ガラス程度のものだわ。マリーが欲しい大きさのレンズを作るには、さすがにどの工房も設備がないのではないかしら」
「そうですか……」
言われてみれば、確かにそうよね。
技術的に作れる作れない以前に、商品の需要がなければ使わないから、設備だけ作っても無駄な投資になってしまう。
「ゼンボルグ公爵家のお抱えとして設備を整えた新しい工房を作って、職人をスカウトしてこないと難しそうですね……」
「恐らく、それが手っ取り早いだろう。ただ、貧民街の再開発に懐中時計の生産工場の事もある。工房建設をすぐに始めるのは難しい」
さすがに、同時にあれもこれもは手が回らないわよね。
それらと比べると、灯台建設の優先度はどうしても低くならざるを得ないもの。
「マリーが言っていた、魔道具のライトをたくさん束ねる方法ではなんとかならなかったの?」
「簡単に実験してみたところでは、やはりライトの微妙な角度の調整が難しいです。ほんのわずか、〇.一度でもずれると、何十キロも先に収束させられませんし。その微調整が出来る、凄腕の専属のお抱え職人が必要になります」
オーバン先生やクロードさん達になら任せられるけど、設置やメンテナンスでたびたび出向して貰うとなると、そのたびに何週間と魔道具開発が滞って無駄が多すぎる。
「それに、廉価版の魔道具、さらに削岩機と、そちらに手を取られていて、なかなか改良や新しい技術の開発に取り掛かれなくて」
切実に、もっと人材が欲しいわ。
それこそ職業訓練学校の出番なのだけど。
まだ建設途中なのだから、無い物ねだりよね。
何より、魔法でパパッと建物を建てる、アイテムを作る、なんて真似は出来ないから、こればかりはどうしても時間を掛けるしかないのがもどかしいわ。
「工房探しは、職人のスカウト候補探しと、必要な設備がどの程度の規模になりそうなのかの調査も兼ねて、今後も続けよう」
「お願いします、お父様」
お父様に候補を絞り込んで貰ったら、実際に工房へ足を運んで、見て、話を聞いてみたいわね。
もしかしたらロラみたいに、光るセンスや秘めた熱意を持っている職人さんが、誰の目にも留まらず埋もれているかも知れないもの。
ただそれも、余裕が出来てからの話ね。
その余裕を作るためにも、お仕事頑張らないと。
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