307 親子三人の連携プレー
本番の大型船が完成して進水式も終わり、一山越えた気分。
現在は、装飾を施したり、家具や魔道具を設置したり、武装したりと、艤装を進めて貰っている。
ジエンド商会に引き渡され就航するまで、あともう少しだ。
それから、新しい船員達の訓練も順調に進んでいると報告が上がっている。
急ぎ、夏前には一通り叩き込んでしまう予定らしい。
操船方法の違いなど、先輩が指導してくれる分、最初の船員達より早く仕上がりそうよね。
提督の献策に従い、六隻揃ってアゾレク諸島へ向かう日も近いわ。
ちなみに、この度、アゾレク諸島と言う名称が正式に採用された。
王都から帰って来たお父様とお母様に報告している時、久しぶりに二人と会えて嬉しかったのと、肩の荷が下りて、気が緩んでしまっていたんでしょうね。
ついポロッと、『アゾレク諸島との交易について――』と言ってしまったのよ。
本来なら、フェノキア人達が使っている名称をそのまま使うべきだと思う。
だけど、それぞれの島に名前はあっても、彼らもただ『諸島』と呼ぶだけ。
二千年以上外部と交流がなくて、他と区別する必要がなかったせいで、諸島としての名前を付けなかったのでしょうね。
仮に昔はあったとしても、伝わっていなければないも同然だし、私達は出会ったのだから、何かしらの名前は必要になる。
そこで、諸島に命名する権利は、発見した訓練船団の提督にあったのだけど……。
『……で、では、ウエスト諸島……ではどうだろうか?』
とね?
ゼンボルグ公爵領より西にあるからウエスト諸島。
単純明快ではあるんだけど、ねぇ?
お母様のネーミングセンスも大概だったけど、提督は壊滅的だったみたい。
それで結局、私かお父様にお願いしますって。
だから、私は領主であるお父様が命名すればいいと思っていたんだけど、お父様も私が命名すればいいと思っていたみたい。
それで、ポロッと零れたそれが、そのまま採用されてしまったのよ。
今後、地図にはアゾレク諸島と記されることになる。
もちろん、公文書にも。
アゾレス諸島を適当にもじっただけなのに、本当にいいのかな……と、微妙に落ち着かないわ。
それはともかく。
順調に航海していれば、夏にはアグリカ大陸までの地図と海図を作るために測量に出た船団が、およそ一年ぶりに帰って来る。
そう、ようやくアグリカ大陸の港町のおおよその緯度と経度が判明して、いざアグリカ大陸へ出港!
となるのよ。
だから、一山越えてものんびりしている暇はなし。
特にお父様が、すごく忙しくしているもの。
なんとなくはぐらかされてしまっているから、詳細までは聞いていないけどね。
それに私にだって、それまでに済ませておきたいお仕事がいっぱいある。
なので、余計な事は考えず、そちらに集中するわ。
「各貴族家のご夫人達に宛てた手紙にさり気なく仕込んでおいたわ。公的にはマリーが対応してくれたから問題はないけれど、個人的なお付き合いの範疇で、年末年始に社交が出来なかったお詫びをするついでにね」
お父様の執務室で、お母様が私にバッチリよとウインクする。
何をかと言えば、フィゲーラ侯爵領、シャット伯爵領、ビルバー子爵領以外の港町の、港湾施設拡充と海底の地形調査についてだ。
「返事を見る限り、旦那様方に働きかけてくれそうよ」
「さすがお母様。頼もしいです」
「うふふ。貴族の女にとって、手紙は武器の一つ。普段から筆まめでいることは広く交友関係を維持して、いざという時、迅速に物事を運びやすくするものよ。マリーも、いずれは出来るようにならなくてはね」
「が、頑張ります……」
今はまだ、ジョルジュ君とのお互いの成果報告や、クリスティーヌ様、ソフィア様、ミシュリーヌ様を始めとした、お茶会で仲良くなったご令嬢達との文通で、なんの裏表もない微笑ましいやり取りばかりだ。
前世で授業中に友達と手紙のやり取りをしていたのを思い出して、ちょっぴり童心に返っちゃうくらい。
でも、今はまだそんな風でも、私達が大きくなるにつれて、情報収集と拡散のネットワークへと育っていくんでしょうね。
「もちろん内陸の貴族家には、河川や河港の整備と運河建設について匂わせておいたわ。まだ、深読みすれば、程度に抑えておいたから、そこは相手の読みの深さ次第ね」
「そうか。別途、新たな働きかけも不要そうだから、そろそろ頃合か。海沿いの領地の各貴族家へ、正式に指示と通達を出そう」
新たな流通網の方は、予想を上回るペースで広がりを見せている。
それはもう、貴族や商会どころか、市場で露店を出す一般の人達にすら知れ渡っているくらいに。
だって町歩きに出たら、手作りの木工の装飾品を露店で売っているロラからまで『ロゼちゃん、最近あちこちから珍しい食べ物が入ってきているけど、やっぱりそれって――』って、聞かれたくらいだもの。
ちなみに、アナトリー村から支援物資のお礼として渡された、アゾレク諸島で獲れた魚の干物などの大量の魚介類を、『西の海で獲れた』と出所を誤魔化して、その新たな流通網に載せて試しにこっそり流通させている。
市場の反応を見て、需要があるかを確かめるためにね。
そうしてゼンボルグ公爵家が積極的に動いているから、ブルーローズ商会の下請けの魔道具工房でも、職人達もやり甲斐を感じて生産に力を入れてくれている。
何しろ、荷馬車用の冷蔵庫と冷凍庫は、作れば作る程市場が活性化し、経済成長に大きく貢献出来るから。
しかも、生産量を増やすため、小さな工房にもパーツ生産をどんどん下請けとして回しているみたいで、仕事が少なくて経営が苦しかった工房がいくつも窮地を脱して、職人街の活気が増していたわ。
さらに荷馬車そのものは、領都近隣の町で規格品を作って貰って買い付けたりね。
だからお父様の言う通り、そちらはテコ入れしなくても、港湾施設拡充と海底の地形調査の必要性は十分理解して貰えるはずよ。
「そこに加えてのわたしからの手紙だもの。必要性が高いと判断して当然だわ」
「ああ。いい流れが出来ている。これなら、指示と通達を出しても、反発より従う者の方が多いだろう」
まさに、お父様、お母様、私と、親子三人の連携プレーの成果ね。
なんだか楽しくなってきちゃう。
そんな私に気付いたお父様が、微笑みながら頭を撫でてくれた。
ちょっとくすぐったくて、照れ臭いわ。
これで、アグリカ大陸との交易が始まった時、大型船以外にも、他領、他国の目と手を分散させることが出来るわね。
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