304 順調に進む準備
削岩機の開発は、私も協力して開発チーム一丸となって進めていく。
砕きたいのは火山灰と軽石が水分を含んで乾燥し固まった、厚みが薄い軽めの石や岩であって、ガチガチに固くて重い巨大な岩石じゃない。
おかげで、要求される性能がそれほど高くないのがありがたかったわ。
だけど、公爵令嬢としてそればかりにかまけてもいられない。
特に、人材と物資の調達は急務だ。
上がってくる書類を速やかに精査して、決裁しないといけない。
なのだけど……。
専門部署の人達が、私の想像を遥かに超えて優秀で大助かりよ。
物資の集まりも、兵の集まりも、その訓練も、全て順調。
迅速に処理していくことが出来たわ。
「おかげで、なんでもかんでも私が一からやらなくちゃって、知らず気負っていたことに気付かされたの」
「それは良い気付きでしたね」
羽根ペンを置いて一息吐く私に、エマが安心したように微笑む。
「もっとわたし達を、部下を信頼して任せて下さい。それが出来るのも、上に立つ者としての大事な資質かと」
「そうね、アラベルの言う通りだわ」
私も前世の会社員時代には、後輩を育てるために思い切って任せていたもの。
もちろん、後輩のミスや不始末は、先輩である私が責任を取る心積もりでね。
ただ、こう言ってはなんだけど……。
当時の後輩達より、今の専門部署の人達の方が数倍頼りになるから、任せる安心感が段違いだけどね。
頼りになるついでにもう一つ。
提督からの提案について。
それは、以下のような内容だった。
船員育成学校の生徒の中から、十分に力を付けた信頼出来る者達を卒業させ、新たに船員として雇用する。
第二便の帰港後、訓練船団に組み込んで訓練を開始する。
もちろん、海軍からも目星を付けている兵達を引き抜いて同時にね。
訓練は、物資を集めている期間を無駄にしないため。
訓練内容は、近海での航海訓練。
さすがに、外洋航海訓練をする前に、第三便には乗せない。
恐らく、支援は第三便でも済まないだろうから、セプ港へ帰港しての第四便の準備の間に、一泊二日から七泊八日までの外洋航海訓練を順次実施。
物資が集まって、第四便が仮称アゾレク諸島へ出港するのに合わせて、外洋航海訓練の仕上げに入る。
そして、本番の大型船が就航するタイミングで船員達を再編成。
船員達を入れ替えながら本番の大型船で近海での航海訓練を済ませ、本番の大型船も訓練船団と一緒に外洋航海訓練で仮称アゾレク諸島へ。
それを慣熟訓練として、観艦式のように、仮称アゾレク諸島の全島民に武力と技術力を見せつけ、それを以て抑止力として争いを回避する。
と言うものだった。
今は冬だから、相手も冬の海を越えてまで武力行使はしてこないと思う。
だから春、温かくなってからこちらの偵察など準備を始め、夏、準備を済ませて武力行使をしてくるとして、その前に間に合えば、非常に有効な手立てなんじゃないかしら。
それに最初は、本番の大型船が就航したら、訓練船団の全員を本番の大型船へシフトして、新たな船員育成学校の卒業生と海軍から引き抜いた兵達を練習船に乗せて、新しい訓練船団として訓練して貰おうと思っていたけど……。
仮称アゾレク諸島を発見して現地の人達と交流したことで、アグリカ大陸への直通航路を開拓するより、そのまま交流を続けたいと言う人がいるかも知れない。
そういう人達のためにも、予定を前倒しにして新しい船員達を訓練して仕上げることで、乗る船の選択肢を増やすのはいいことだわ。
なので、この提案を全面的に採用することにしたの。
だから、急いで各地の船員育成学校と海軍の上層部には通達を出したわ。
「ただ……これだと訓練船団は、訓練を兼ねたテラセーラ島との定期便のような扱いになってしまうけど……」
「わたしは良いと思います。練習船の数が少ない当面はの話でしょうし、実務を兼ねていますから、船員達はほどよい緊張感を持って訓練に臨めるでしょう」
「あたしも、ただの訓練より、実地研修として仕上げには良いと思います」
「アラベルとエマがそう言うのなら、そうなんでしょうね」
公爵家に仕える騎士と使用人としての教育を受けた経験からの言葉だろうから。
「また、お父様への手紙が厚くなってしまったわね」
最近、机の上に常備している羽根ペンやレターセット、そして今書き上げた手紙に目を向ける。
何かしら提案や事が決まるたびに王都のお父様へ手紙を出しているから、果たしてこれで何通目になることか。
「最近、手紙を書いてばかりいる気がするわ」
「旦那様はお喜びになると思いますよ」
「わたしもそう思います」
「ほとんどただの報告書なのに?」
最初こそ、お母様へも向けて、エマやアラベルは当然、セバスチャンやフルール達がよくしてくれること、エルヴェとフェルナンの様子など、私信の近況報告を別途書いて添えていたけど。
予期せず頻繁に書いて送ることになったものだから、書くことがなくなってしまったのよね。
今や一言添えるだけの、ほぼ業務報告書の提出だ。
「それでもですよ。だって旦那様ですから」
「ああ……そうね、目に浮かぶわ」
あのお父様だものね。
愛娘からの手紙なら、なんでも喜びそう。
やがて一カ月が過ぎ、早々に準備が整った第二便が出港。
第二便には、ギリギリ間に合った削岩機の試作品、同じくシャベル、スコップ、猫車の試作品、さらに畑の復旧作業に関して私の知識をしたためた手紙、それらも一緒に載せて送り出した。
その第二便が戻ってくるタイミングに合わせるため、雇用した船員育成学校の卒業生と海軍から引き抜いた兵の、訓練船団との合流準備も進める。
そうこうしている間に年が変わって、第二便が帰港。
合流した新しい船員達の訓練が始まり、さらに第三便も送り出してしまう。
そうして、そろそろ春の兆しが見えてきたなと感じる、社交シーズンも終わると言う頃。
遂に、待望の報告が届いた。
「エマ、アラベル! 本番の大型船が完成したわ!」
そう、待ちに待った本番の大型船が、遂に、遂に、完成したのよ!
今度は一年半も掛からずに完成だなんて、機密が多く、誰彼構わず人手を増やせない状況で、本当によくやってくれたわ。
「まあ、おめでとうございますお嬢様!」
「とうとう完成したのですね! おめでとうございます!」
「ありがとう、二人とも! お父様とお母様の帰りを待って進水式をするわよ! またお父様にお手紙を書かなくちゃ!」
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