301 テラセーラ島からの報告書
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「……それで、復路は魔道スラスターを全開にして、領都まで早馬を走らせて、こんなにも報告書が届くのが早かったのね」
訓練船団からの手紙と報告書を受け取った後、セバスチャンだけを伴って、急ぎお父様の執務室へ。
目を通し終わってみれば、納得の内容だった。
それも、事態は深刻だ。
詳細を把握してから、提督からの手紙にも目を通す。
「事態は深刻だけど、今すぐどうこうなる切迫した状況ではなさそうだから、そこは大丈夫そうよ」
どちらも読み終わってから、私の邪魔をしないよう黙って側で控えてくれていたセバスチャンに、報告書と手紙を渡す。
そして、セバスチャンが両方に目を通し終わるのを待ってから口を開いた。
「食料や毛布や防寒具などの支援物資や資材、追加の兵を大急ぎで集める必要はあるけど、そちらはこれまで通りの対処でいいわ。武力衝突もまだ可能性の話で、事が起きるとしても数カ月は猶予がありそう」
アナトリー村の人達に話を聞けば、相手に関する戦力や戦術など、ある程度は情報分析が出来るはず。
抑止力となる兵を送れば、きっと上手く立ち回ってくれるに違いないわ。
それに、提督からの手紙には、主観を除外した報告書とは違い、報告書には記されない所感を含めた状況報告で、その解決の一助になればと言う献策もあった。
遭難したとか座礁して船を失ったとか、争いが起きて人死にが出たとか、そんな報告でなかったことは、正直ほっとしたわ。
でも、予断は許さない。
「問題なのは復旧作業の方ね。近い将来、致命的な状況に陥るのは確実で、至急手を打つ必要があるけど、解決には時間が必要だわ」
手をこまねいていれば、武力衝突が起きるよりもっと多くの人死にが出かねないもの。
「では早馬を走らせ、大至急旦那様に王都よりお戻り戴きますか?」
「いいえ、この程度なら私だけで大丈夫。具体的な内容はこれから詰める必要があるけど、解決の当てはあるわ。だからお父様には、状況と行った対処について報告すれば十分よ」
解決の当てがあると言った私に、セバスチャンはわずかに目を見開く。
だけど、私が言い切ったことから、分かりましたと頷いてくれた。
やることは、至急必要と言うだけで、これまでと変わらない。
政治的な判断が必要なわけじゃないから、わざわざ新特許法の根回しを中断してまで戻って来て貰う程の案件じゃないわ。
ただ、大勢の人の生活と命に関わる問題だから、その重さがずっしりと両肩に乗ってくる。
「出来れば現地を確認して、より有効な対策を考えたいところだけど……」
「心情はお察し致しますが、それには賛成致しかねます。現地の情勢は不透明で、なおかつ不安定です。お嬢様の身に何かあっては旦那様も奥様も悲しまれます。第一、今は旦那様に代わり留守を預かっておられるのですから、領主不在には出来ません」
セバスチャンにしては早口かつ、きっぱりと強い語調ね。
「大丈夫よセバスチャン。私も今すぐ行ける状況とは思っていないわ。もどかしいのも本音だけど」
だから、考えられるだけの手は打ちたいところね。
そのためには、知恵を貸してくれる誰かに素直に頼った方がいい。
「セバスチャン、情報共有と対策について話し合いたいから、関係者を会議室へ集めてくれる?」
こんな時のために新設した専門の部署だもの。
迅速に、かつ、大いに活躍して貰わないと。
「畏まりました」
一礼して、セバスチャンが執務室を出て行く。
途端に、ほうっと大きな溜息が漏れた。
思った以上に気が張って、力が入っていたみたい。
「……これから本格的に冬になるタイミングで助かったわ」
お父様とお母様が帰ってくる春までに、恐らく武力衝突は起きないだろう。
それに、真冬に働かせるのも酷だけど、農閑期のこのタイミングで復旧作業を進められるだけ進めたい。
「大丈夫……まだ最悪の事態じゃないもの、私の知識と権限の範囲でなんとかなるはずよ」
いい加減、前世が会社員だった元日本人には荷が重い、と言う言い訳は使えない時期に差し掛かってきたわね。
立場的にも、過ごした年月的にも。
何より、率先して動いて、それだけのことをしてきたんだから。
それに、エマ達の心配そうな顔を思い出すと、情けないことは言っていられない。
そこで、ふと思う。
「セバスチャンは家令として屋敷を取り仕切る仕事もあるし、そろそろ私にも、この手の仕事を手伝ってくれる専属の文官や執事が欲しいところね……」
今後益々、お父様とお母様は王都との行き来が増えるだろう。
信頼しているとはいえ、エマは私の身の回りのお世話をするメイドだし、アラベルは護衛の騎士。
魔道具開発の時にはあれこれお手伝いを頼んでしまっているけど、飽くまでもそれは私のお世話や護衛と言う本来の業務中に、ついででお手伝いをしてくれているに過ぎなくて、こういう事務仕事のサポートをして貰うための人員じゃない。
どこかに、口が堅くて、やる気があって、信頼出来て、専属になってくれる、有能な文官や執事はいないかしら。
でもその話はいずれまた、お父様とお母様が帰ってきてからね。
「会議の準備が整うまでに、根本的な解決策をまとめておかないと」
つまり、畑と森の復旧についてだ。
「最初、数百年ぶりの大噴火だったと報告にあった時は、どれほど酷い状況にあるのかと思っていたけど、想像より遥かにマシだったのは不幸中の幸いだったわ」
これも、地学部の女子高生の漫画で地学にハマった大学時代の友人から聞いた話だけど……。
九州の南、鹿児島県にある桜島は、かつて海に囲まれた島だったのが、大正時代に起きた大噴火で大隅半島と地続きになったらしいわ。
しかも、降り積もった火山灰の厚さは三メートルから五メートル近くにもなって、集落や広大な森が埋もれてしまったそうよ。
黒神埋没鳥居と言って、その時全て埋もれてしまわず残った神社の鳥居の上の部分が、腰から胸くらいの高さで道路の真ん中に残されていて、当時の被害の大きさを伝えているのを、ネットの動画と写真で見せられて驚いたのを覚えている。
訓練船団がアナトリー村の人達と普通に交流して帰ってきたから、さすがにそこまでの事態でなかったことは、すぐに分かったけど。
だって、もしそうなら、小さな島だけでは立ちゆかなくなっていたはずだもの。
とはいえ、それでも被害は深刻だ。
数センチでも降り積もって岩のように固くなってしまったのなら、それを取り除かないと森も草原も消えてしまう。
作物の育ちが悪くなったのも、火山灰の影響なのは間違いない。
一応、畑の方は、おおよそどうすればいいか分かっているから、なんとかなると思うけど……。
「ただ、復旧作業をするにしても、全部人力よね……重機なんてないし」
何かしら、復旧作業を進めるのに役立つ道具なり魔道具なり考えた方が良さそう。
特に魔道具なら、それがどれほど役に立つかを見せれば、火属性の魔石の輸出交渉に、大いに役立ってくれそうだし。
「会議でその辺りの話をして、方針を固めないとね」
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