300 テラセーラ島にて 11 今後の方針と対策
そしてその日の夜、未来への架け橋号の会議室にて、改めてヘラルドより報告がなされていた。
「――同じ村の者達が神の怒りを招いた負い目と、それは自分達ではないのに迫害されると言う理不尽への嘆きとで、彼らは最初、かなり疑心暗鬼になっていました」
集められたのは、使節団の団長であるプロスペールを始め、提督のバルトロメオ、三隻の船長、副船長、さらに数人の使節の代表達だ。
「しかし、よほど苦しい生活をしていたのでしょう。幾度も食料を融通したことで、今ではかなり感謝してくれています。敢えて多少こちらが有利な条件を出して取引したことで、我らが利で動き、彼らに対し下手な同情や悪意はないと理解して貰えたことが大きいと思います。アナトリー村の村人達には最初反発されましたが、すでに罪人は裁かれ彼らに罪はないのだとなんとか説得し、その後噴火もないことで、消極的ながら徐々に理解と協力を得られるようになりました。これらが、滞在中での主な出来事と、判明した状況になります。報告は以上です」
ヘラルド達がもたらしたのは、朗報ばかりではなかった。
吉報、凶報、入り交じったそれに、誰もが驚き、感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。
いずれも、非常に重要な内容ばかりだったのだ。
「セラーノ君、実に素晴らしい成果だ。実によくやってくれた」
「はっ、ありがとうございます!」
バルトロメオの真っ直ぐな賞賛にヘラルドは胸を張る。
「誇るべき成果だ。本来私がやるべき仕事の最初の重要な部分を、ほとんどセラーノ二等航海士達が済ませてくれた。これで失敗しては、私はとんだ無能になってしまうな」
苦笑混じりだが、プロスペールも素直に賞賛する。
初めて訪れたアナトリー村とは、支援と言う形で運良く友好関係を築けた。
おかげで、滞在後も友好を深めるのに大きな障害はなかっただろう。
しかし、ただ漫然と毎日を過ごして仲良しごっこをしていただけでは、村長を始めとする多くの村人達から信頼を得ることは出来なかったはずだ。
しかも、最重要の戦略物資となり得る火属性の魔石を採掘、加工する技術を持つ、滅びたオリヒオ村の村人達とも友好関係を築いていたとなれば、その功績は計り知れない。
使節団の仕事はやりやすくなり、計画は大きく前倒し出来るだろう。
「とはいえ、諸手を挙げて喜んでばかりもいられませんな」
「潜在的な危機的状況が判明した以上、早急に手を打たなくては」
「畑と森の復旧……これはテラセーラ島全ての問題だ」
「他の村との協調が鍵になる。我らだけではとてもではないが無理だ」
「となれば、やはり食料支援で協力を取り付けるのが一番だが……」
「滅びたオリヒオ村の生き残りが、百数十から二百余人。彼らへの支援も考えると、今回運んで来た食料では到底足りない」
提督と使節達にしてみれば、到着早々、無理難題を突きつけられたようなものだ。
当初の計画案では、支援はまずアナトリー村のみ。
そして運んで来た人員を下ろして拠点を建設しながら、訓練船団の三隻は一週間から二週間程をかけて、テラセーラ島を含めた仮称アゾレク諸島全体を調査する予定になっていた。
しかし、さらに膨大な支援物資が至急必要となれば、悠長に調査をしている場合ではない。
ましてや、畑と森の復旧は急務だ。
「諸島全体を調査した結果、さらに支援が必要な村や村人を多数抱え込むことになっては不味い。抱え込めぬからと放り出せば、その後の信頼関係を結ぶのが難しくなる」
「計画を変更し、訓練船団は三隻とも戻って報告を上げて貰うのがいいのでは?」
「だが、支援が必要な者達の総数や全体像が分からなければ、発見するたびに追加支援を頼むことになり、いつまでも支援計画の見通しが立たないだろう」
「加えて、追加資材が必要だと判明した時、拠点開発の手が止まってしまう」
船長、副船長、使節の代表達が活発に意見を交わし、バルトロメオとプロスペールはそれを黙って聞いている。
意見が出尽くす前に二人が意見を述べては、活発な議論が行われず、その意見に集約してしまうからだ。
ヘラルドもまた、黙って立ったまま議論の成り行きを見守っていた。
意見をする立場にないからだ。
求められた時に限り、質問に答え、意見を述べるだけである。
やがて意見が出尽くして、バルトロメオとプロスペールに視線が集まった。
ここまで出てきた意見は、計画変更と計画の維持、ほぼ半数ずつ。
バルトロメオは瞑目し議論を聞いていたが、瞼を開くとヘラルドへと目を向ける。
「セラーノ君はどう思う? 現場を見てきた君の意見を知りたい」
「はっ、結論から先に申し上げますと、訓練船団はすぐに引き返し、食料を始めとした追加の支援物資を運んで来て戴いた方が良いと思います。同時に、兵の増員も必要と判断します」
兵の増員と言う言葉に、誰も動揺しない。
理由は問わずとも、報告の中にあったサーミゲラ島のメソン町、テラセーラ島のディーシ村に対する備えであることは疑いの余地はないからだ。
「これから本格的に冬を迎えます。メソン町もディーシ村も春になるまで動きは取れず、武力行使に出るとしても夏頃になると思われます。これはアナトリー村の村長の予想です」
仮称アゾレク諸島の気候は、冬は比較的温暖だが夏より冬の方が降水量が多い、地中海性気候である。
それでも、寒風吹きすさぶ冬の海を数日かけて渡って軍事行動を起こすのは、さすがに厳しい。
「しかし、生活水準が貧民レベルまで下がっているオリヒオ村の村人達から、餓死、凍死する者が多く出かねません。なので、拠点開発に使う資材の一部を用いて彼らの新たな村の開拓の手助けをし、より大きな信頼を勝ち取るべきと愚考します」
そのためには、その作業に従事する人手が必要だ。
かといって拠点開発のための人員を割けば、拠点開発が遅れ自分達こそ凍死の危険がある。
なので、武力行使に対する備えも兼ねて、兵の増員が必要であるとの判断だった。
何より、ここまで関わった以上、オリヒオ村の村人達が餓死、凍死する姿を見たくないのだ。
「……」
バルトロメオは再び目を閉じる。
そうしてしばしの黙考の後、バルトロメオは目を開き、決断を下した。
「計画を変更する。物資と人員を下ろし、訓練船団はゼンボルグ公爵領へと引き返す。また、セラーノ君の意見を採用し、拠点開発の資材を一部、新たなオリヒオ村の開拓に回したい。いかがか?」
バルトロメオに目を向けられ、プロスペールが唸る。
「計画に大きな狂いが出るので承服しかねますが……それが必要であり、また将来的に大きなプラスになるだろうことも理解出来ます。また、セラーノ二等航海士達の活躍で、我々はかなり楽をさせて貰える。その現場をよく知るセラーノ二等航海士の意見だけに、無視も出来ない。分かりました、バルトロメオ提督の判断に従いましょう」
「感謝する。実に良い判断であったと思う」
プロスペールは頷くと、ヘラルドへ目を向けた。
「ではセラーノ二等航海士、どれほどの資材と人員を回すべきなのか、この後、君の意見を交えてまとめたい。協力してくれるね?」
「はっ、お任せ下さい」
元よりそのつもりだったヘラルドは、ビシッと敬礼をする。
その敬礼に、ヘラルドの覚悟と使命感を見て取り、誰もが納得して頷いた。
「計画変更で苦労をかけることになり、実に申し訳ないが、皆、全力で取り組んで貰いたい。ここが一つの山場となるだろう。間違いなく、今後、この諸島での我々と島民達との関係が大きく変わることになる」
「「「「「はっ!」」」」」
バルトロメオの重々しい言葉に、誰もが気を引き締めるのだった。
そうして、翌日から急ピッチで作業が進められ、全ての支援物資と建設資材、さらに余剰の食料の一部もまた追加で下ろされた。
その間、ヘラルド達六人は通訳として使節達に同行し、村長を始めとしたアナトリー村の主要な者達、さらにオリヒオ村の生き残りの代表となる者達との仲介を済ませてしまう。
その働きから、ヘラルド達は引き続きアナトリー村に滞在が決定。
通訳と同時に、同船していた通訳の者達にフェノキア語の指導をする役目も与えられた。
そしてさらに二日後、当初予定を大きく変更して、訓練船団は再びゼンボルグ公爵領へ向けて出港するのだった。
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