299 テラセーラ島にて 10 訓練船団、再びテラセーラ島へ
◆◆◆
「あれがテラセーラ島……本当に未知の島が……」
未来への架け橋号の上甲板、その舳先付近に立ち、プロスペール・バーモンデは言葉を詰まらせ、感動に打ち震えていた。
そして、使節団の団長として選ばれた幸運に感謝し、神に祈りを捧げる。
当然、幸運にも偶然選ばれたと言うことはない。
プロスペールは子爵家の四男で、実家は領地を持たない文官の家系だ。
一族は代々外交関係の仕事に就き、プロスペールも例に漏れず、国立オルレアス貴族学院の高等部卒業後、外交官となった。
外交官と言っても、担当した相手は古参のオルレアーナ王国貴族である。
そのため、プロスペールの仕事は、ゼンボルグ公爵派の貴族を見下し、田舎者だ貧乏人だと蔑み嘲笑う貴族やその配下の文官達を相手に、粘り強く交渉をすると言う、否応なく忍耐が試され鍛えられるものだった。
しかも、ゼンボルグ公爵派の貴族には何をしてもいいと考えている相手ばかりのため、ろくな成果を上げられないのが常だったのである。
それでもプロスペールは腐らず、その仕事を二十年以上続けた。
ささやかでもいい、ゼンボルグ公爵領にプラスとなる成果を得るためならばと。
その思いと働きぶりが認められての、大抜擢だったのである。
「いかがですかな、プロスペール団長。実に心躍る光景だと、そう思いませんか?」
不意に背後から声をかけられプロスペールが振り返ると、提督のバルトロメオが楽しげな笑みを浮かべて立っていた。
「バルトロメオ提督。いや、お恥ずかしい。年甲斐もなく、はしゃいでしまって」
「なんの。我らも初めてあの島を見付けたとき、それはもうお祭り騒ぎになったものです」
父親と同世代のバルトロメオに、感動のあまり周りが見えなくなっていたところを見られて気恥ずかしさを覚えるプロスペールだったが、バルトロメオも身に覚えがある話である。
「それに、恐れも気負いもないようで、実に頼もしい」
「躊躇いも、尻込みも、迷いも、この船旅の間に散々して済ませました。後は持てる力の全てを使って、この諸島に住まう者達と友好関係を築き、拠点を築き、交易を成功させるだけです。全ては、ゼンボルグ公爵領の繁栄のために」
プロスペールは吹っ切ったように、爽やかな微笑みを浮かべる。
「うむ、実に良い心がけですな」
共に重責を負っている立場から、二人は互いを尊重し合い、そして親子程年が離れているが、世代を超えた友情もまた育んでいた。
その証が、互いの名前呼びである。
どちらからともなく、二人はテラセーラ島へと目を向けた。
良き隣人となるのか、それとも戦火を交える敵となるのか。
それは、プロスペールの今後の働き次第である。
バルトロメオも、息子とさほど変わらぬ新たな友人のため、全力で支援することを改めて誓うのだった。
そして数時間後、遂にプロスペール達使節団はテラセーラ島へと降り立った。
桟橋付近にはアナトリー村の村人達が大勢集まっており、歓声と笑顔で出迎えてくれる。
二度目の訪島のため、船員達が先に上陸し場を整えたのだ。
「コニ~チハ!」
「ヨコ~ソ!」
「オハヤぅ!」
「アリマモぅ、ゴジャマス!」
「オイチぃ! オイチぃ!」
歓声に混じり、一部の子供達が元気よく飛び跳ねて手を振りながら、プロスペール達に歓迎の声をかける。
調子に乗って、この場にそぐわない知っている単語を連呼しているだけの子供もいたが。
しかし、この予想外の歓迎に、プロスペール達使節団だけでなく、一緒に上陸したバルトロメオやその他の船員達も大いに驚かされ、笑顔が零れた。
そんな中、村人の服を着た六人の男達と、一人の老人と一人の男が進み出てくる。
「この村の村長とその息子で、他の者達がこの島に残った我らが勇敢なる船員達です」
バルトロメオの説明に、プロスペール達は感動と尊敬の念を禁じ得なかった。
村人達は皆、一様に笑顔なのだから。
そうして進み出てきた船員達の中から、代表となる一人、ヘラルドがさらに一歩前に進み出る。
「ようこそ提督。そして使節団の方々。自分はヘラルド・セラーノ二等航海士です」
「この使節団の団長を務める、プロスペール・バーモンデだ」
「バーモンデ団長、テラセーラ島へようこそ」
互いにガッチリと握手を交わす。
「セラーノ二等航海士、そしてこの島に残った船員達全員に、まずは言わせて欲しい」
プロスペールは、ヘラルドから、後ろに控えるエルベルト達へと目を向ける。
「君達の勇気と献身に感謝を。彼らを見れば、君達がこの島でどれほどの苦労と努力を重ね、偉業を成し遂げたかが分かる。その成果を決して無駄にはしないと約束しよう」
力強いプロスペールの言葉にエルベルトとイスマエルは敬礼し、コスタ達は照れ臭そうにした後、慌ててエルベルトとイスマエルに倣って敬礼をした。
「ありがとうございます、最高の賛辞です」
ヘラルドも微笑み、敬礼を返した。
「では、早速紹介させて下さい。こちらがこのアナトリー村の村長のクレオンで、隣が村長の息子のマノリスです」
ヘラルドがまず二人をバルトロメオとプロスペール達に紹介し、ヘラルドがフェノキア語で二人に、バルトロメオとプロスペールへ順番に目を向けながら話しかける。
プロスペールはフェノキア語が全く分からなかったが、紹介されていることくらいは分かった。
そして、ヘラルドのあまりにも流暢なフェノキア語に、さらに驚かされる。
『――――、――――、――――――』
村長がにこやかに自分へ話しかけながら手を差し出してきたので、プロスペールは躊躇うことなく握手した。
「『ようこそ、来訪を歓迎する、自分が村長のクレオンです』と言っています」
「私はプロスペール・バーモンデ。この度この島を訪れた使節団の団長だ」
『――――――――、――――、――――――』
今度はプロスペールの挨拶を、ヘラルドが伝えてくれる。
こうして、ヘラルドの通訳を介し、本格的な交流が始まったのだった。
いつも読んで頂き、また評価、感想、いいねを頂きありがとうございます。
書籍第二巻、発売中です。
また、ドラゴンエイジのWeb媒体「ドラドラふらっと♭」にてコミカライズが決定しました。
是非、期待してお待ち下さい。
励みになりますので、よろしければブックマーク、評価、感想、いいねなど、よろしくお願いいたします。




