298 テラセーラ島にて 9 生き残った村人達
「待て! じゃない、『待て!』」
『助けて! 殺さないでくれ!』
ヘラルドの制止に、若い男は一層怯えて叫び、死に物狂いで走る。
『違う! 殺しなんてしない! 君から話を聞きたいだけだ!』
ヘラルドは宥め落ち着かせようと声をかけ続けるが、恐らく信じて貰えないだろうと、内心で舌打ちする。
何故、『殺さないでくれ!』と必死に逃げるのか。
その理由に予想が付いたからだ。
それを六人がかりで追いかけているのだから、はいそうですかと足を止めるわけがない。
足場が悪く、追う方も逃げる方も、思うような速度で走れない。
それが、追いかけるヘラルド達にはもどかしかった。
ここで逃げられては、せっかく見付けた手がかりを失ってしまう。
焦りに、何度も岩場の凹凸に足を取られて転びそうになりながらも、見失わないようにその背を追いかける。
しかし、その心配はすぐに杞憂に終わった。
若い男はいくらも走らず、すぐに息切れしてふらつき、力尽きたように膝から崩れて倒れてしまったからだ。
『お、おい!? しっかりしろ、大丈夫か!?』
『はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……』
ヘラルドが追い付いて助け起こすと、若い男は荒い息をしながら、半ば意識が朦朧としているのか、目の焦点が合っていなかった。
「水、飲ませますか?」
「ああ、頼む」
『大丈夫? 水、飲む』
セサルが木製の水筒を荷物から取り出して、口元に当てて少しずつ飲ませてやる。
追い付いて身柄を確保したことでようやく気付いたが、その男は若いと言っても、セサル達と大差ない、成人したかどうかの年齢だった。
しかも痩せ細り、顔色が酷く悪い。
服も汚れてボロボロで、まともに生活出来ているようには見えなかった。
その姿に、セサル達が顔をしかめる。
貧民街で暮らしていた、かつての自分達の姿が重なって見えたのだろう。
『はぁ……はぁ……』
水を飲んだことで呼吸が落ち着いてきたその若い男の瞳の焦点がようやく結ばれ、改めてヘラルド達を認識する。
その後、泣きながら縋り付いて命乞いを始め、ヘラルド達は落ち着かせるのにかなりの時間と労力を使うことになった。
『つまり、食料を買うための売り物が欲しくて、一人で「お守り石」を取りに来たと』
『ああ……村のみんなには、また神の怒りに触れたらって止められたけど、家も畑も道具も失って……オレ達にはもう他に何も残ってないんだ……』
火山性地震と噴火。
これを神の怒りと悟って、オリヒオ村の村人達の一部は早々に、他の村の親戚縁者を頼ってオリヒオ村を離れていた。
そのような縁や伝手がない大多数の村人達は村を離れたくとも離れられず、村を余所に移すかどうかの話し合いが連日行われた。
そして遂に噴火が起き、村人達は我先にと逃げ出したのだ。
幸か不幸か、溶岩流はオリヒオ村に到達することなく、村は無事だった。
そんな村の様子を見に、また金や食料、家財道具で運び出せる物を取りに、何十人と言う村人達が村へ戻った時に、最悪の事態が起きた。
火砕流である。
村へ戻った全員が村ごと火砕流に飲み込まれ、誰一人生きて戻らなかったのだ。
これを知った他の村の村人達は、オリヒオ村の村人達が神の怒りを買ったのだと断じた。
さらに、どの村も生き残った村人達の受け入れを拒否し、先に避難していた親戚縁者を頼った村人達すら追い出してしまった。
現在、オリヒオ村の村人達はいくつものグループに別れ、テラセーラ島の各地で人目を避け、隠れ暮らしている状況である。
そして、わずかな森の恵みと釣りで獲る魚介類、そして頼った親戚縁者がコッソリと分けてくれる食料を頼みに、なんとか生き長らえてきたのだった。
『親戚や伝手を頼っても、そいつらも食料が足りなくて貧しい生活をしてるって話だ。バレたら村の奴らに袋叩きにされて村を追い出されるかも知れないってのに。それを無理を言って分けて貰うんだから、タダでってわけにもいかないだろ……』
『そこで「お守り石」か』
『これまでも、何度か取った。だから今日もって、さ』
そこでヘラルド達と鉢合わせして、他の村の村人が自分達を殺すために探して回っていると、そう勘違いしての逃走だった。
『そうか。大変だったんだな』
『元気、出せ』
『お前は、悪くない』
思わぬ同情の言葉をかけられて、若い男はこぼれ落ちんばかりに目を見開く。
『お前達……オレのことを責めないのか?』
『神の怒りは、終わった』
『ああ、その通りだ。すでに神は怒りを静めた。咎人はすでに裁かれたんだろう。つまり生き残ったお前達に、責められるべき理由はないはずだ』
『ああ……あり、がとう……そんなこと言われたの……初めてだ……』
若い男は泣き出してしまい、落ち着くまで、またしばしの時間が必要だった。
ヘラルドは、若い男が落ち着いてから、話を続ける。
『そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺はヘラルド。君、名前は?』
『コスタだ』
『よろしくコスタ。ここで出会ったのも何かの縁だ。君の仲間の所に案内してくれないか?』
『どうしてだ?』
『そう警戒しないでくれ。食料に余裕があるから、少しくらいなら分けてやれると思っただけだ』
『本当か!? いや、でも……どうしてそこまでしてくれるんだ?』
『もちろん、タダじゃないぞ。お前達の「お守り石」と交換だ。それがお前達オリヒオ村の商売なんだろう? もっとも、貨幣のやり取りじゃなく、物々交換になるが』
『そういうことなら是非頼む! こっちだ!』
若い男、コスタは痩せ細っているため勢いよくとはいかなかったが、それでも本人としては勢いよく立ち上がり、ヘラルド達を案内するために歩き出した。
追い付いてその隣を歩きながら、セサル達がコスタと親しげに話をする。
放っておけなかったのだろう。
年長者らしくその様子を温かく見守り、後ろを付いて歩きながら、エルベルトとイスマエルがヘラルドに小声で話しかけた。
「ヘラルド、どうする気だ……?」
「私達もアナトリー村から食料を分けて貰っている立場だ。果たして何十人……何百人、オリヒオ村の者が生き残っているのか分からないが、とてもじゃないが支援は無理だろう」
「分かっている。だが、恐らくあと一カ月もすれば、訓練船団が食料を積んでやってくるはずだ」
「アナトリー村で消費する分くらいしかないと思うが……」
「確かに余裕があるとは言えないが、かといって見捨てるわけにもいくまい?」
「アナトリー村にはどう説明する? 隠し通せるものではないだろう」
「罪人は裁かれ、神の怒りはすでに静まった。生き残った者達は無実だ。事実、俺達が食料を分け与えても『神の住まう山』は噴火していない。これで押し通す」
エルベルトとイスマエルは、ヘラルドが単なるその場の思い付きだけで動く男ではないことを知っていた。
同時に、ただの同情だけで、少ない食料を分け与えて苦労を背負い込む程、お人好しでないことも知っている。
「そこまでするからには……」
「ああ。火属性の魔石と宝石を採掘、加工する技術を持つ村人達だ。他の村がいらないと言うのなら、こちらに取り込ませて貰おう。この出会いは本当に偶然だったが、だからこそ逃したくない」
一度は途絶え失ったと思っていたところの、この出会いなのだ。
訓練船団でやってくる使節達も、事情と思惑を話せば多少は融通してくれるだろう。
そもそも、アナトリー村への支援については、村長達と事前に話し合って何をどのくらいと決めているわけではないのだ。
「なるほどな……」
「確かに、千載一遇のチャンスか」
「そうだ。だから、多少無理をしてでも親切にしてやってくれ」
「分かった、そうしよう」
意思確認をして、頷き合う。
『見えてきた、あそこだ!』
丁度話がまとまったところで、コスタが笑顔で前方を指さす。
小川のほとりに、家とも呼べないあばら屋がいくつか建っているのが見えてきた。
村人達はコスタを見て安心するも、同行するヘラルド達に動揺して怯えた顔をする。
村人達を必要以上に怯えさせないよう、ヘラルド達は笑顔で手を振りながら、ゆっくり近づいていくのだった。
いつも読んで頂き、また評価、感想、いいねを頂きありがとうございます。
書籍第二巻、発売中です。
また、ドラゴンエイジのWeb媒体「ドラドラふらっと♭」にてコミカライズが決定しました。
是非、期待してお待ち下さい。
励みになりますので、よろしければブックマーク、評価、感想、いいねなど、よろしくお願いいたします。




