297 テラセーラ島にて 8 滅びたオリヒオ村
ヘラルド達はアナトリー村を出ると、『神の住まう山』へ向けて北西へと進んだ。
「どこもかしこも、埋め尽くされているな」
「ああ、気が滅入るくらいにな……」
道中は、村の周辺と同様、降り積もった火山灰と軽石が固まり、厚さ数センチ程の岩となって地面を覆っていた。
それらを完全に取り除いて復旧するなど、途方もなさ過ぎて諦めが先に来てしまう。
そんな灰白色の景色が延々と続いていた。
「神の怒りの大きさがよく分かる。その村人達は一体、何をしでかしたんだろうな」
ヘラルド達は目を細めて、『神の住まう山』を見遣る。
標高千メートルにもなる『神の住まう山』は島のどこからでも見えるため、迷うことなく進めていた。
テラセーラ島は東西でおよそ三十キロメートル程あり、『神の住まう山』は島のほぼ中央、やや北寄りに位置する。
テラセーラ島で最も高い山で、富士山のように噴火を繰り返し高くなった成層火山であるため、遠目からは美しい裾野が広がっていた。
その美しさと、噴火の猛々しさの二面性により、島民達が『神の住まう山』と言って崇める理由がよく分かる景観である。
昨年の噴火の影響で、山へ近づく程に石や岩が増えて足場が悪くなっていき、ヘラルド達が麓にあった村へと到着したのは、アナトリー村を出てから半日以上も過ぎてのことだった。
「何もないな。いや、あるにはあるが」
「家の残骸が辛うじて……か」
その村、オリヒオ村は火砕流に飲み込まれていた。
数百度から一千度にもなる高温の火山ガスと火山灰や軽石、岩石などが時速数十から百キロメートルを越える速度で山裾を流れ落ち、進路上にあった森も家も畑も全て焼いてしまったのだ。
辛うじて残っているのは、焼け残った家の柱や焼け落ちた屋根、井戸や畑と思われる痕跡だけである。
対して、溶岩流の速度は遅い。
アナトリー村の村長が溶岩流に飲み込まれたかのように話していたのは、状況は伝聞の上、元より両者の区別が付いていなかったためである。
「生存者が残っているはずもないか」
「不気味なほど静かですね……」
念入りに見て回るまでもなく、人の気配は一切なかった。
ヘラルドを始めとしたベテラン船員達は、村に近づいた時点で噴火が起きないため、神の怒りに触れていないのだろうと、大胆に見て回っている。
しかし、まだ若いセサル達は腰が引けていて、戦々恐々でヘラルド達の後を付いて回っていた。
「もしかしたら、噴火が収まった後、生き残った村人達が戻って来て村を立て直そうとしているかとも思ったが……この様子ではなさそうだ」
「そもそも、神の怒りに触れて滅ぼされた村に、戻ってなど来ないだろう……」
「考えてみれば、その通りだな」
降り積もった火山灰と火砕流のせいで、まさに死の村と言った様相である。
たとえここが自分の生まれ育った村だったとしても、恐れが先に立ち、戻って来たいとは思えなかった。
「採掘場はどうなってるんでしょうね?」
「よし、そっちも見に行こう」
神の怒りに触れて滅びた村に留まっていたくないのか、セサル達、特にエウリコが急かすので、多少の苦笑を漏らしながら、ヘラルドを始めベテラン船員達が先頭に立って採掘場へと向かう。
そちらは火砕流のルートから外れていたため、坑道や小屋などは無事だった。
溶岩流も付近には流れてきておらず、火山灰や軽石などが固まった岩をどかし、坑道内の安全を確認出来れば、すぐにでも採掘が出来そうである。
しかし、採掘が続けられている様子はない。
「当然、こっちも誰もいないか」
坑道を入り口から覗いてみるが、中は静まり返っており、明かりもなく見通せない。
それでも、目に見える範囲で崩落はなかった。
「奥がどうなっているかは分からないが、中に入って調査と補強すること自体は問題なさそうだな」
「ええっ!? それでまた神様の怒りに触れて噴火したらどうします!?」
「そうですよ! 生き埋めにされるかも!」
「いや、恐らくそれはないな」
ヘラルドがあまりにもきっぱりと断言するため、セサル達は困惑したように顔を見合わせる。
「もしこの奥でご神体か何かを掘り当てたとか、そのせいで神の怒りを招いたとか、そういう話なら、生き残った村人の話で、村長に伝わっているだろう。しかし、村長はそんな話はしていなかった。むしろ、誰が何をしでかしたのか、分かっていなかった」
「えっと……それって?」
「つまり、この採掘場は無関係と言うことだ」
「え? なんでそんなことが言えるんですか?」
「なんでも何も、ここは無事だろう? 滅んだのは村の方だ。村人には生き残りがいて、噴火は収まっている。つまり、罪人はすでに裁かれこの世にはいない。もう神が怒る理由はないと言うことだ」
そして、その裁きに巻き込まれた者達も大勢いて、理由が伝わっていなかったのだろう、と。
「なるほど」
ヘラルドの説明は納得のいくものだったが、それでもまだセサル達は不安を拭えなかった。
それは、テラセーラ島の現状と、実際に滅ぼされた村を目にした以上、無理からぬ話だ。
それほどまでに、噴火が大きかったのだから。
「しかし、だからと言って、私達が勝手に掘るわけにはいかないだろう」
「その通りだ。また神の怒りを買うかも知れないと、反発は大きいだろうな。だから、出来ればこの島の住人に掘って欲しいところだ。俺達はそれに協力すると言う形で」
「オリヒオ村の生き残りを探すと言うことか……」
「ああ。しかし、そう都合良く――」
「ヘラルドさん、あれ!」
不意に、エウリコの驚きの声がヘラルドの言葉を遮った。
何事かと振り返れば、エウリコがゴツゴツとした岩場の向こうを指さしている。
「追え!」
その指し示す先を目で追い、すぐさまヘラルドが鋭く指示を飛ばし走り出す。
遅れて状況を理解した残りの五人も、慌ててその後を追って走り出した。
指し示された岩場の向こう。
そこに、必死の形相で逃げる若い男の姿があった。
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