295 テラセーラ島にて 6 争いの予感
『じゃあなヘラルド! みんなも!』
『おう、また明日な!』
村へ到着して子供達と別れると、ヘラルド達は借りていたツルハシなどの道具を返しに向かう。
その途中、ふとドナトが桟橋がある方へと顔を向けた。
「なんか、騒がしくない?」
その言葉に耳を澄ませば、微かに何やら言い争う声が聞こえてきた。
「また、他の村か島の連中が来ているのかも知れないな」
「ああ……文句を付けてるんだ」
またかと思い、全員で桟橋へ向かえば、案の定だった。
見知らぬ小型船が停泊し、見知らぬ男達が十数人、数人の村の男達と激しく言い争いをしていたのだ。
村の男達の足下には村の畑で収穫した穀物と野菜が入った木箱が、見知らぬ男達の足下には毛皮や布が入った木箱が、それぞれ置いてあった。
近くに村長が立っているのを見付け、ヘラルドは近づき声をかける。
『村長、また余所の奴らか?』
『おお、ヘラルド達か。うむ、今日はサーミゲラ島のメソン町の奴らじゃ』
『ああ、またサーミゲラ島の……あいつらはすぐ居丈高な態度を取るからな』
『自分達が全ての島々を支配していると、そう思い込んでおるからな。実に勝手なことだ』
秋になり収穫が始まったことで、他の村や島の住人が交易のため頻繁にアナトリー村を訪れるようになった。
まさに情報収集の絶好のチャンスである。
ヘラルド達は、交易のために訪れた他村の村人の振りをしながらそんな彼らに話しかけ、さらにさり気なく村長や村人達にも話を振って、他の村や島の情報を積極的に集め始めたのだ。
そうして集めた情報の中には、当然サーミゲラ島のこともあった。
サーミゲラ島はテラセーラ島より南東へおよそ百五十キロ、小型船で数日離れた位置にある仮称アゾレク諸島最大の島で、人口が最も多い島である。
そのため、自分達こそが諸島の支配者だと豪語し、他の島の者達に尊大な態度で接する者が多かった。
特にメソン町は、サーミゲラ島のみならず、仮称アゾレク諸島の中でも最大の町で人口は五千人を越えるため、よりその傾向が強い。
ちなみに、サーミゲラ島の南南東にはもう一つ島があるが、そこは火山島で自然が厳しく、しかも小さいため人は誰も住んでおらず、サーミゲラ島が最も東の有人島となっている。
このように、諸島を支配して一つの国と見なしている者達がいる一方、島ごとの独立国家、果ては島内でもそれぞれが異なる独立勢力と見なしている者達もいた。
それは諸島にある九つの島が東西でおよそ五百キロの範囲に分布し、東部に二つ、中部に五つ、西部に二つと、三つのグループに分かれていることが大きい。
さらに、東部と中部がおよそ百五十キロ、中部と西部がおよそ二百キロ、それぞれ離れていることに加え、総人口も少なく、一つの勢力が全ての島と集落を実効支配するには抱え込める兵数が圧倒的に足りないためだった。
「人口が多い分、常に食料が足りていない町か……」
「アナトリー村の穀物と野菜を一番輸出してる町でしたっけ?」
「その通りだ。収穫量が半分以下になって、さらに育ちも悪いとなれば、量は出せない。だからそれに文句を言いたくなる気持ちも分からないではないがな」
このアナトリー村はテラセーラ島の東の海岸沿いにあり、テラセーラ島が中部で最も東にある島のため、テラセーラ島の他の村は元より、サーミゲラ島の町や村への輸出が多い。
サーミゲラ島は最大の島ではあるが、東西に三つの火山が並ぶ形で出来ており、町や村はそれらの麓の少ない平地に密集して出来ていた。
そのため畑を十分に広げられず、アナトリー村からの輸入に大きく頼っているのだ。
「いつか揉めそうですねぇ」
「揉めるだろうな……」
「ああ。拠点を作って支援物資を大量に運び込めば、それを狙って襲ってくる可能性が最も高い相手はサーミゲラ島だ。次点で、テラセーラ島の西にあるテラセーラ島で最も大きな村のディーシ村だな」
まだ揉める前だが、ヘラルド達はすでに疲れたように溜息を漏らす。
ちなみに、ディーシ村の人口は千五百人程である。
『儂らはメソン町の下にもディーシ村の下にも付いた覚えはないと言うのに、実に頭の痛い話よ』
村長も疲れたように溜息を吐いて、小さく首を横に振った。
結局、その言い争いは、今回もアナトリー村の言い分がほぼ通ることとなった。
ない袖は振れないのだから仕方ないだろう。
しかも、日頃は疎遠な村からまでもやってきて大量に求められるため、値を吊り上げて数量を制限せざるを得ないのだ。
対して、『神の住まう山』の噴火の影響を受けていない、しかも安定的に入手可能な毛皮と布の値が上がることはそうそうない。
なのに、それに納得しなかったメソン町の男達が、ならばとばかりに毛皮と布の値を不当に吊り上げた。
そうなれば、当然、アナトリー村の男達が買い取る量は大きく減らさざるを得ない。
自業自得だが、メソン町の男達はそれにもごねて交渉はさらに難航。
最初は数人のアナトリー村の男達相手に十数人で圧をかけていたメソン町の男達も、騒ぎを聞きつけて集まってきた村人が三十人を越えると、逆に圧をかけられ不利に。
諸島の経済規模が小さく、取引相手も限られるため、村人達も嫌なら帰れと強気に出て揉め事を大きくするのは憚られるが、かといって下手に出る理由はない。
ヘラルド達が通りかかってからも何十分と揉めに揉めて、最終的に、メソン町の男達が仕方なく値上げ幅を小さくして、ようやくの取引となったのだった。
「見てるだけで疲れたな……」
「大西海沿岸で栄えていた商人達の末裔とは思えない、杜撰なやり方ですね」
「まあ、全員が全員、優れた商人と言うこともないだろう」
それぞれの品を相手に渡し、メソン町の男達がアナトリー村の男達に差額となる代金を支払う。
これで取引は終了だ。
ちなみに、その際支払われた代金は鉄製の貨幣である。
大西海沿岸で広く商売をしていたフェノキア人の末裔だけあって、仮称アゾレク諸島では貨幣経済が成り立っていた。
しかし、貨幣は主に他の村や島との取引においては使われるが、村の中ではほとんど使われていない。
店の数が非常に少なく、お裾分けや物々交換の方が手っ取り早いためだろう。
さらにちなみに、金銀銅をほぼ産出しないため、使われているのは鉄貨のみである。
当然だが、ゼンボルグ公爵領で使われている貨幣は現在、為替レートが決まっていないためまだ使えない。
「おうおう、恨みがましそうな顔をして帰っていくな」
「逆恨みですよね」
「まったくだ。しかも支配者面をしている以上、このままでは終わらないだろうな」
「この村だって余裕はないと言うのに……」
「そんな理屈が通じる相手なら、最初から揉めはしないさ」
メソン町の男達を見送る村長が、大きな溜息を吐いた。
それは、同様のことを感じているからに他ならない。
『元気出せ、村長』
『オレ達、アナトリー村の味方』
『一緒に頑張る、しよう』
『皆、ありがとう。皆には感謝してもしきれんのう』
セサル達が次々に声をかけたことで、村長が顔をほころばせる。
『気にするな。俺達はもう友達で仲間だ。本国のお嬢様もそれを望んでいるからな』
『きっと素晴らしいお方なのだろうな。いつか会って、礼を言いたいものじゃ』
『そうだな。いつかそんな日も来るさ』
『うむ。その日を楽しみにして、頑張って村を立て直さなくてはな』
微笑む村長に、ヘラルド達は手伝いは任せろとばかりに頷く。
このアナトリー村の立て直しが進めば、それだけ争いを遠ざけられるのだ。
ヘラルドは改めてこれまで集めた情報を精査し、島の位置関係、村や町の位置と規模、持って来た交易品、その時の態度を順に思い出していき……ふと気付く。
『村長、「お守り石」を交易品として持って来た者達がいないな?』
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