294 テラセーラ島にて 5 秋の収穫と地道な復旧作業
ヘラルド達が村に残って、あっという間に一カ月以上が過ぎた。
季節は実りの秋となり、収穫と冬支度が本格化していく。
支援物資はとうに尽きて、今は村の食料を分けて貰っている状況だ。
そのため、以前にも増して熱心に働かなくてはならない。
『ヘラルド!』
そんなヘラルド達を目ざとく見付けた数人の村の子供達が、今日も笑顔で駆け寄ってきた。
『今日も森に行くのか!?』
『一緒に行こうぜ!』
『美味い洋梨が採れるオレ達の秘密の場所を教えてやるよ!』
『おお、そいつはいいな。じゃあ一緒に行くか』
わちゃわちゃしながら口々に話しかけてくる子供達に、ヘラルドも笑顔が零れる。
ヘラルド達のフェノキア語が上達した理由の一つは、この子供達にあった。
毎日毎日、懐いてくれた子供達がこうして声をかけてくるから、子供でも分かる簡単な言葉から学べていけたのだ。
『おはよう、子供達、元気だな』
『いい朝だ』
『一緒に、楽しみ、森』
それに釣られて、他の五人もまた、片言ながら挨拶を交わす。
そんな気のいい返事に、子供達がニカッといい笑顔になった。
『おう、案内は任せろ!』
『はやくはやく!』
先導する子供達に連れられて、ヘラルド達は村の南西側にある森へと向かう。
冬支度が始まった頃、ヘラルド達は村での仕事を変えた。
畑では、復旧作業の手を一時止めて、収穫が始まったからである。
収穫の手伝いをしないのは、半分よりやや多い程度の畑にしか作付けされていなかったため、むしろ人手は余り気味だったからに他ならない。
なので、かねてより懸案だった森へ入ることにしたのだ。
この仮称アゾレク諸島には野生の大型の獣はいないため、森に入ることにさしたる危険がないことも、その後押しをした。
『よう! 今日も森か?』
『ガキどもの面倒、よろしくな!』
『ああ、任せてくれ!』
森へ入り奥へと向かう途中、出会った木こり達に声をかけられ笑顔で手を振り返す。
『なに言ってんだ、オレ達がヘラルド達の面倒を見てやってんだぜ!』
『そうだよ! 僕達が森を案内してあげてるんだ!』
『そうかそうか。だったらあんまり奥まで行くなよ』
『特にノートス村の連中には見つからないようにな!』
『任せとけって!』
得意げに胸を張る子供達に、大人達は声を上げて笑う。
『はぐれないように、ちゃんと付いて来いよ』
『ああ、道案内よろしくな』
張り切る子供達に苦笑しながら、ヘラルド達は念のため周囲を警戒しながら森を進んで行く。
ヘラルド達が滞在しているアナトリー村の南西にある森。
その森を抜けてさらに南西に行った海岸沿いに、ノートス村があった。
ノートス村の人口は約八百人で、アナトリー村より大きいが、特産は漁業と農業でアナトリー村と内情はさほど変わらない。
違いと言えば、ノートス村は穀物や野菜より果樹を優先して栽培しており、アナトリー村が穀物と野菜を、ノートス村が果実を、それぞれ交換する形で交易をしていた。
そのため、村同士の関係は決して悪くない。
森の恵みを巡って、しばしば村人同士が諍いを起こすこともあるが、互いに相手の村の近くまで行って奪い合いはしないと言う暗黙の了解もあり、過去、深刻な事態に発展した事例は滅多になかった。
しかし、今はそんな悠長なことを言っていられない状況である。
互いに緩衝地帯を越えて相手の村に近づき、殺し合いにこそならないものの、奪い合いから殴り合いの喧嘩にまで発展して、双方少なからず怪我人も出ていたのだ。
ヘラルド達は、そこが悩みの種だった。
ヘラルドを含めたベテラン船員三人は元軍人であるため、素人の村人との喧嘩で負けることはあり得ない。
それどころか、大怪我をさせないよう気を付けながら戦えるだろう。
しかし、目的を考えれば、アナトリー村以外の村とも友好関係を築くべきである。
むしろ積極的に訪れて話を聞きたいくらいなのだ。
現状、そこまでしていないのは、アナトリー村に支援を行ったことが他の村や島の者達に知られれば、襲われ略奪される可能性があるためだ。
支援物資はすでに尽きているが、それを信じて貰えるとは限らない。
むしろそれを口実に、食料を根こそぎ奪われる可能性だってある。
結果、接触は慎重にならざるを得なかった。
『着いたぞヘラルド、ここだ!』
『おお、本当に洋梨だな』
幸いなことに不意の遭遇戦は起きず、無事、秘密の場所へと辿り着いた。
そこには数本の洋梨の木が並んでいた。
ただ、なっている果実を見て、子供達は口をへの字にしたり、しょげたり、反応は微妙だが。
『やっぱり実が小さいな……』
『木も元気ないぞ』
それも仕方ないだろう。
地面は火山灰が固まった石で、半ば覆われていたのだから。
『よし、お前達は実を収穫しろ。俺達は復旧作業をする』
『おう! ヘラルド、そっちは任せた!』
子供達は早速木登りをして、実をもぎ始めた。
それぞれ籠を持って来ていたので、そこに山積みにしていく。
「じゃあ俺達も復旧作業といこう」
「「「「「おう!」」」」」
借りてきたツルハシを振るって、木々の根元から周辺へ向かって、火山灰が固まった石を砕いていく。
そして砕いた石は、それら木々から離れた場所へ運んで山積みにしていった。
おかげで、木々の周りにちゃんとした地面が露出していく。
「これでこの木が生き延びられるといいが……」
「そうなると信じよう」
「オレ達がこんなに頑張ってるんですから、絶対来年も収穫出来ますって」
土台、ヘラルド達たった六人で、森の全域の復旧作業など現実には不可能である。
だからピンポイントで、こうして復旧作業を始めたのだ。
今日までに、子供達や猟師達に案内され、栗や野苺の採れる場所も復旧してきた。
たとえ焼け石に水でも、千里の道も一歩からと信じて。
『洋梨いっぱい取った!』
『おお、大量だな、ご苦労さん。じゃあ次はこっちを手伝ってくれ』
『分かった!』
やがて、十分に収穫した子供達も復旧作業の手伝いに入る。
そうして数時間を掛けて、数本ある洋梨の木々の周囲の石を全て取り除いていった。
「ふぅ……こんなところか」
『やったなヘラルド!』
『おう、お前達もご苦労さん』
ヘラルドは子供達とハイタッチする。
「出来れば、ノートス村の連中にも同じようにやって貰いたいところだが」
「話を聞いてくれるか、だな……」
「もし殺気立ってて喧嘩腰で来られたら、話もクソもないですもんね」
互いに余裕がない状況なのだから、そこがネックになる。
「村長経由で、なんとか話を持って行けないか相談してみるか」
やることをやれば長居は無用と、村への帰路に就く。
『この前教えた挨拶、まだ覚えてるか?』
歩きながら、ヘラルドは籠いっぱいの洋梨を抱えた子供達に話を振ってみた。
『もちろん覚えてるぜ!』
「コニ~チハ!」
「オハヤぅ!」
「アリマモぅ、ゴジャマス!」
「おお、上手いな」
「オレ達より覚えるの早いかも!」
『へへん! どうよ!』
得意満面の子供達をみんなが口々に褒めると、子供達は益々得意顔になる。
これはヘラルドが、『言葉を教えてくれるお礼に、俺達の国の言葉を教えてやろうか』と、物怖じしないこの好奇心旺盛な子供達に持ちかけたことから始まった。
当然、ただのお礼だけが目的ではない。
コミュニケーションは相互理解のための第一歩だ。
使節団がこのテラセーラ島へやってきた時、たとえ片言でも、子供達からゼンボルグ王国語で挨拶されたらどうだろう?
きっと悪い気はしないはずだ。
そこで親しみを感じてくれれば、村人達への当たりも柔らかくなるに違いない。
貴族や役人の中には『こんな辺鄙な島の蛮族が、気安く私に話しかけるな!』などと高慢な態度を取るだろう連中が少なからずいる。
オルレアーナ王国では特に多いが、残念ながらゼンボルグ公爵領でも一定数は存在していた。
しかし、そんな高慢な貴族や役人が、今後を左右する重要な使節団に選ばれるなど、領主であるリシャールが許しはしないだろう。
身分と立場から直接言葉を交わしたことはないが、リシャールとマリエットローズが視察に訪れた際にその人柄に触れ、そこは信頼出来ると思っていた。
なので、そのための仕込みである。
そうして、お互いの言葉を教え合いながら村へと戻って来くるのが、最近の子供達との日課だった。
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