293 テラセーラ島にて 4 予断を許さない村の現状
畑の復旧作業の手伝い。
それは、ヘラルド達の村での仕事になっていた。
汗だくになってヘトヘトになるまで石を砕き、集め、運び、疲れ果てて、借りている小屋へ帰って泥のように眠る。
そんな毎日に、村内や周辺を回って情報収集をすることもままならなくなってしまったが、余所者でありながら危機感を持ち、なんとかしようと村人達と一緒になって汗水流して働くその姿は、村長を始め村人達に一層感謝されるものだった。
なので、フェノキア語の習得にも大いに役立っていた。
作業の合間に、村人達が親しげに声をかけてきて、礼を言ったり、労ったり、食料を分けてくれたりするものだから、言葉が通じないからと尻込みしているわけにはいかなかったのだ。
通じないなりに、下手くそなりに、彼らの言葉を懸命に覚えて言葉を返す。
そうすれば、気持ちは通じて、彼らは笑顔を見せてくれた。
であれば、俄然やる気が湧くと言うものだろう。
気付けば、ヘラルド以外の五人も片言ながら、日を追うごとに上達していったのである。
それは、一見すれば遠回りの日々のようにも思えた。
しかし、語彙が増えて上達していくにつれて、世間話に紛れて、急速に様々な情報が集まりだしたのである。
それこそ、村人達が心を許し、距離が縮まったおかげだろう。
それは、最初から情報収集だけに集中して動いていた場合よりも、むしろ広く深く集まっていると思える程だった。
「では、一度ここで情報を整理して共有といこう」
就寝前。
マリエットローズ式ランプの明かりに照らされ、ヘラルドが情報をまとめた羊皮紙を手にした。
「まずこの村の名前はアナトリー村。村長の名前はクレオン。最初に桟橋で交渉した男が村長の息子でマノリス。人口は約五百人。家は村の広場を囲むように多く集まり、そこから桟橋付近や海岸沿いに広がり、さらに少し離れて畑の方に農家がまとまっている。主な産業は漁業と農業。これに加えて森での狩猟や採取、伐採だな。農業は、他の村や島に輸出する程に生産量が多かったようだ」
「多かった、か……やはり、他の村や島も食料不足に陥っていそうだな……」
「どこからもろくに支援して貰えていないのも、余裕がなければ当然か」
「その通りだ。何しろ、この村に限った話でも、食料の生産量は半分以下になっているらしい。しかも昨年の噴火直後は、ほとんど壊滅状態になったようだからな」
改めて明らかになった現状に、全員が深刻な表情に変わる。
「つまり、支援はこの村だけでは済まないってことですよね?」
「食料を積んで船が戻って来ても、全然足りないんじゃ……」
「諸島全体で何人いるのか知らないが、そんな大規模な支援、出来るのか……?」
「おいおい、気持ちは分かるが、下っ端の俺達が深刻な顔で悩んでも意味ないぞ? それを決めるのは上の仕事だ。俺達はその前段階の、その判断材料となる情報を集めるのが仕事だからな?」
「そうだったな……」
ヘラルドが重い空気を払うよう、おどけるように軽く言うが、他の五人の表情は晴れない。
顔を知り、言葉を交わしたのは、このアナトリー村の村人のみ。
それも、知り合ってまだ半月程度の付き合いだ。
それでも、振る舞った料理に涙を流して喜び、訓練船団の全員に感謝し、仕事の手伝いをすれば笑顔を見せて話しかけてくれる彼らを見捨てるのは、決して気持ちのいいものではない。
「そんな顔をするな。上だって、そうそう見捨てる判断をしやしないさ。それほどまでにこの島は、そして火属性の魔石と宝石は魅力的だ。そうだろう?」
「……確かに」
「それに、他にも色々な品を持ち帰っただろう? 季節が変われば違う品も出てくる。他の村や島にも魅力的な品があれば、支援継続の可能性はより高まるんだ。そんな品の情報も一緒に集めればいい」
「そっか、なんかいい物あるといいですね!」
エウリコの期待に満ちた声に、ヘラルドは頷く。
ヘラルドには一つ、非常に貴重で高価な品に心当たりがあった。
しかし、製造技術が失われている可能性があり、また仮に技術が継承されていても秘匿されているだろうことから、今は敢えて触れずに話を先に進める。
「加えて言えば、畑を復旧し、さらに広げれば、ゼンボルグ公爵領にまで輸出出来るようになるかも知れない」
「もしそこまで出来れば、支援の必要はなくなる、か……」
「オレ達の頑張りも、その役に立つってことですね」
やる気を見せるセサルに、ヘラルドはそういうことだと頷く。
目先の利益だけを考えれば大赤字だろう。
しかし、長期的な視点で見れば必要な投資だ。
ヘラルドは伯爵家の三男として、為政者側の思惑をそう分析する。
「それに、ここはいずれ新大陸との中継地となる。消費した穀物、新鮮な肉、野菜を補給し、同時に積み荷で交易出来ることは非常に重要だ。それは、アグリカ大陸との交易でも同様だぞ」
マリエットローズの計画では、アグリカ大陸からゼンボルグ公爵領への復路は、一度この仮称アゾレク諸島方面へと向かって北西へ進み、それから東へ向かう航路を取る予定となっていた。
もし往路と同じ航路で北上するなら、風と海流に逆らうため時間が掛かり、負担も非常に大きくなってしまう。
また、北東や従来の東回りで進めば、直通航路開拓の意義が失われてしまう。
ましてや、他領、他国の海賊行為の標的にされるので、決して向かうべきではない。
必然、向かうは仮称アゾレク諸島がある北西の一択となるのだ。
「まさかお嬢様も、こんな遠い海の彼方に有人島が本当にあるなど、さすがに本気で信じてはいなかっただろうが、今回の外洋航海訓練でこの諸島を発見出来たことは僥倖だ」
さすが『ポセーニアの聖女』の呼び名は伊達ではないと、内心、納得する。
本気で、バルトロメオが口にしていた『天の配剤』、マリエットローズが積んだ徳が認められての、海の女神ポセーニアの導きによる出会いだったのだろうと信じられた。
「将来、他領、他国の交易船までもが行き交うようになれば、港湾使用料と関税収入もかなり期待出来る。そんな重要拠点を余所に押さえられる愚は犯さないだろう。つまり、そう簡単に見捨てることはないと言うことだ」
「そうか……」
「少し安心しました」
ヘラルドの分析に、他の五人は安堵の溜息を漏らす。
それは、この半月と言う短い期間でも、村人と友好関係を築けている証拠だろう。
それが確認出来て、ヘラルドの口の端に笑みが浮かぶ。
しかし、だからといって安心ばかりもしていられなかった。
「だが悪いことに、復旧した畑で収穫された野菜はどれもこれも、これまでと比べて育ちが悪いようだ」
「ああ、私もそのようなニュアンスの話を聞いた」
せっかく浮上した雰囲気だったが、ヘラルドとイスマエルの補足に、再び顔を曇らせることになる。
「今年たまたま……と言うことは?」
「分からない。『神の住まう山』が噴火すると、作物の育ちが悪くなることがあると言っていたからな。代々そう伝えられてきたのだろう」
「それって、なんでですか?」
「それは俺も知りたい。今回は数百年に一度の大噴火だったから、恐らくより顕著なのだろうが。何故そうなるのか、それが一時的なものなのか、今後もずっと続くのか。彼らも理由までは分かっていなさそうだったからな」
「もしずっとこのままなら、まさしく『神の怒り』だな……」
食料生産力の低下は、仮称アゾレク諸島を拠点とする価値の低下でもある。
もし、ゼンボルグ公爵領へ輸出どころか、今後も継続して莫大な支援が必要となれば、さすがに手を引かざるを得ないだろう。
「対処法は? 村人達はそれも伝えていないのか?」
「もしあるなら、とっくに対処済みのはずだ」
「確かに……」
「それに、出来れば畑だけでなく森も復旧作業を進めたいところだな」
「森の恵みか……」
「もしこのまま森が枯れて消えれば、木の実、野草、獣などの食料はもちろん、薬草も、家を建てる木材も、煮炊きや暖を取る薪も手に入らなくなるからな」
それでは、畑だけ復旧しても先がない。
最悪、村を捨てることになる。
「想像以上に深刻な状況だな……」
「ああ。短期的にも長期的にも予断は許さない。だから、なんとしても明るい材料を見付けよう。みんな、よろしく頼むぞ」
「「「「「おう!」」」」」
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