291 テラセーラ島にて 2 村の一員としての生活
二日目、早朝。
「さあ、今日から本格的にフェノキア語の学習と調査の開始だ!」
「「「「「おう!」」」」」
村外れの小屋から、ヘラルド達の気合いの入った声が響く。
テラセーラ島に残ったヘラルド達が住む家は、村外れの海岸沿いにある小屋を二つ借り受けたものだ。
中には前の家主が残していた幾つかの家具の他に、着替え、毛布、筆記用具と羊皮紙、マリエットローズ式ランプと交換用の魔石など、訓練船団から融通された物資が並んでいる。
それらに加えて大の男が六人も集まると、かなり手狭だ。
しかし、広いスペースなど不要だった。
ほぼ一日中、言葉を学ぶのを兼ねた調査に出て、小屋には寝に帰るだけの予定だからだ。
「まず、これらの服に着替えてくれ。村長に余っている服を融通して貰った」
ヘラルドが配ったのは、村人達が着ているのと同様の服だった。
「どうして着替えを?」
縫製や布の質を考えると、今着ている服の方がしっかりしていて上等なのだ。
「この服では余所者感がいつまでも残るだろう?」
「なるほど、村に溶け込むためか……」
「そういうことだ。そして、実際に調査に動く前に一つ決めなくてはならない重要事項がある」
「重要事項?」
「この村に世話になる以上、村の一員として働かなくてはな。ただでさえ食料が足りていないところに、俺達と言う居候が増えてしまったんだ」
「ああ……確かにそれは重要だ」
訓練船団の三隻の食料庫には、万が一遭難しても当面生き延びられるよう、訓練期間の二十日分とは別に一カ月分もの食料が積み込まれていた。
今回、その余剰の一カ月分のほぼ全てを支援したのだが、それでも、三隻の船員九十人にとっての一カ月分である。
村人およそ五百人にとっては、六日分にもならない。
村のなけなしの備蓄や漁で獲った魚介類と合わせて消費を半分以下に抑えても、十日から二週間もあれば全て食べきってしまうだろう。
その後は、ヘラルド達も村の食料頼みだ。
自力で食料を確保するか、労働の対価として村の食料を分けて貰う必要がある。
「そこで、どのような仕事をするかだが」
「この村で、船乗りとしての仕事があるだろうか……」
ヘラルドの意を汲み、エルベルトが難しい顔で唸る。
全員が船乗りであるため、その技能を最も生かせるのは、当然、操船である。
次点は、ヘラルドと他二人のベテラン船員であるエルベルトとイスマエルは海軍の兵士だったため、戦闘だろう。
三人の若い船員達、セサル、ドナト、エウリコも、海賊などに襲われた時を想定して、船員育成学校で戦闘訓練を受けている。
しかし、残念ながら、そのどちらも生かせそうにはなかった。
村にあるのは十メートル程の小型の帆船が一隻のみ。
しかもガレー船で大勢の漕ぎ手が必要なため、たった六人で動かすのは難しい。
それ以外は、縦帆一枚の小型ボートのような船、つまりは漁船ばかりだ。
「小型船は村の共有財産だから、仕事として借り受けることは出来るだろうが……」
「他の村や島と商売しようにも、元手も売り出す品もない。村の警備や周辺海域の哨戒をするとしても、現状、すぐさま武力衝突に発展しそうなトラブルの空気感もない。ましてや、他の村や島から食料を略奪してくるわけにもいかない。私達に出番はなさそうだな」
エルベルトに続き、イスマエルもそう難しい顔で唸る。
「あ、それなら漁の手伝いはどうです? オレ達、少しは出来ますよ」
そこで手を挙げたのがセサルだ。
「お前達、漁師の息子だったのか?」
「いえ、そうじゃなくて。学校で、操船だけじゃなくて、泳いだり、釣りしたり、漁したり、海に出て出来ることは一通り出来るようになっておけって」
セサルに続いて、ドナト、エウリコも頷く。
「そうそう。オレは死んだ親父が漁師だったんで、船乗りじゃなくて親父の跡を継ぎたいって思った時、漁師にもなれるようにって」
「マリエットローズ様が、そんな風にカリキュ……なんだっけ? とにかく、先生達にそう言って、勉強出来るようにしてくれたとかなんとか」
これに驚いたのはヘラルド達、ベテラン船員達である。
若い船員達が漁を出来ることも驚きだったが、貴族家の事業である以上、ましてや計画のためなら、本人達の意思など関係なく、問答無用で船員にするための教育を徹底するのが常識だ。
それなのに、将来の幅を広げるためと言うあり得ない理由で、投資に見合わないことまで教えるなど、普通は考えられない話である。
しかもそれが、肝心要のマリエットローズの方針だと言う。
しかし同時に、まだ幼くともあのお嬢様ならそのくらいのことはするだろうと納得も出来た。
「よし、それなら漁の手伝いを申し出よう」
ヘラルド達は早速漁師達の所へ行き、身振り手振りも交えながら手伝いを申し出る。
『――、――! ――カンシャ――!』
すると、漁師達はそれを大歓迎してくれた。
ただ支援するだけではなく、彼らの生活に寄り添い食料確保の手助けをしてくれることは、非常にありがたい話だったのだ。
しかし、漁の手伝いそのものは断られてしまう。
「十分過ぎる程、獲れているか……」
食料の不足は穀物、野菜、果物、肉であって、魚介類は変わらず獲れている。
むしろ、それらの不足を魚介類で賄っているため、村人達でも食傷気味だったのだ。
贅沢を言っている場合ではないので誰もが食べているし、干物など保存食も積極的に作っているが、これ以上漁獲量を増やしても持て余し、無駄になる可能性が高かった。
必要なのは、食事の量そのものもであるが、それ以上にバランスが取れた食事なのである。
しかし、ただ断るだけでなく、代わりの提案が漁師達からなされた。
『――ハタケ――、――――カンシャ――』
「どうやら、漁より畑仕事を手伝って欲しいようだな」
詳しい状況までは語彙が足りていない現状、把握出来なかった。
しかし、畑仕事の方で何か困った状況にあることだけは十分に伝わってきた。
「よし、全員で畑仕事の手伝いに行くことにしよう」
「賛成だ」
「漁の腕を見せられなかったのは残念だけど、なんでもしますよ」
全員の賛同が得られたところで、ヘラルドはそれを漁師達に伝えると……。
『――――! ――――カンシャ――――!』
途端に漁師達が歓声を上げて、口々に感謝の言葉をかけながら、まるで俺達の分まで頼むと言わんばかりにヘラルド達の肩や背中を叩いて激励してきたのである。
「何事だ……?」
「……つまり、それだけ状況が悪く、人手が必要と言うことなのだろう。恐らくな」
感謝と激励を受けて嬉しいを通り越し、不安になるレベルでの歓迎ぶりである。
「何が待ち受けているかは分からんが、畑へ向かうとしよう」
漁師達に畑の場所を聞いて、ヘラルド達は一度村の中心へと引き返し、そこを通り抜けてすぐに畑へと向かった。
そして……。
「これは……」
「まるで死の世界だな……」
村の外に広がる光景に、戦慄することとなったのである。
いつも読んで頂き、また評価、感想、いいねを頂きありがとうございます。
書籍第二巻、発売中です。
また、ドラゴンエイジのWeb媒体「ドラドラふらっと♭」にてコミカライズが決定しました。
是非、期待してお待ち下さい。
励みになりますので、よろしければブックマーク、評価、感想、いいねなど、よろしくお願いいたします。
 




