288 お父様とお母様の王都行き
「じゃあ、マリーもお仕事は一段落付いたのね?」
「はい」
仕事上がり、リビングでお父様とお母様と一緒に紅茶を飲みながら、お母様に状況を報告する。
お茶菓子は、お母様が作ってくれたアイシングのクッキーだ。
紅茶の風味とアイシングされたクッキーの砂糖と果汁の甘さがマッチして、上品でとてもいい。
隣に座ったお母様が微笑みながら、労うように優しく頭を撫でてくれるのも癒やしポイントが高いわ。
「それら使節団だが、報告の第一報が届くのは、早くても一カ月半、恐らく二カ月は先のことになるだろう」
「まあ、それほど先の話なのね」
そう、早くてもそのくらい先の予定なの。
最速で準備した、支援物資の第一便。
フィゲーラ侯爵領沖にあるセプ島のセプ港から仮称アゾレク諸島まで、海流と風に逆らい進む往路で約二週間、海流と風に乗る復路で約一週間弱。
順調に航海しても、往復するだけでおよそ三週間も掛かってしまう。
さらに、特に問題がなければ、現地での滞在は二週間から三週間を予定しているの。
拠点開発の人員や使節団は、すぐに島に降りて拠点開発とフェノキア人の支援と情報収集を開始。
訓練船団の船員達はそれとは別に、テラセーラ島だけでなく周辺の島々を巡って、諸島全体の調査をすることになっている。
私達は、仮称アゾレク諸島のことを、まだ何も知らないからね。
そうして調査期間が過ぎたら、拠点開発の人員や使節団はそのまま仮称アゾレク諸島に残して、諸々の報告書と使節団の連絡役と一緒に、訓練船団だけ一旦帰ってくる手はずになっている。
なので、ざっくりそのくらい先の話になってしまうのよ。
つまりそれだけ、彼らの役割は重要だと言うこと。
きっと素晴らしい成果を上げてくれるはずだわ。
だって現地には、ヘラルド・セラーノ二等航海士がわずかな護衛と共に残ってくれている。
地図にも載っていない、言葉も十分に通じない、そんな異文化、異民族の住まう島で、ゼンボルグ公爵領の発展と未来のため、今も友好関係を築こうと孤軍奮闘してくれているのよ。
その勇気と頑張りを無駄にしないためにも、使節団には是非とも上手く連携して頑張って欲しい。
そう激励したら、みんな気を引き締めて、すごく気合いを入れていたから。
ただ……。
「でもあなた、それだと報告書が届く頃には、わたしとあなたは王都よ?」
「ああ、そうなるな」
そうなの。
これからお父様とお母様は、冬が本格化する前に、急いで王都へ向かわないといけないのよ。
「王都行きを取りやめるわけには……いかないわよね」
「そうだな。ここまでは王都に残した部下達に任せていたが、新特許法の根回しのため急ぎ私が動かなくてはならない事態もある。さらに、ヴァンブルグ帝国大使館を通じて魔石輸入のための最終調整と取り決めが必要だ」
「わたしも、スチーム美顔器関係で、夜会やお茶会の予定が詰まっているものね……」
そう、だから二人はどうしても王都へ行って、社交しなくてはならないの。
特にお父様は、本来ならもっと早く王都へ行って動いておかなくてはならなかったから、この冬は逃せないわ。
つまり、訓練船団が持ち帰った報告書を精査して、不測の事態への対応、また、すぐに求められるだろう支援物資の第二便を用立てるのは、私一人でしないといけないことになる。
むしろ、そのために私が領地に残る、と言った方が正しいわね。
「マリー、大丈夫?」
「問題が起きたらと思うと少し不安ですけど……きっとみんな無事に成果を上げてくれると信じているから、平気です」
と、強がってみたものの、本当はすごく不安よ。
これまでも、お父様とお母様だけ王都へ行って、私がお留守番をしていることは何度もあったけど、それは本当にただのお留守番だった。
でも今回は、責任の重さが全然違う。
お父様の代理、つまり領主代行として留守を預かるんだから。
もしトラブルが起きて戦端が開かれたなんて報告が来たら、最悪、私が仮称アゾレク諸島を武力制圧する指示を出さなくてはならなくなるかも知れない。
私がそんな判断を下せるの?
指示を出せるの?
そう思うと、不安で不安でたまらなくなる。
一応、そうなった場合どうするか、すでにお父様と話し合って決めているわ。
万が一の時は、一時的に全員引き上げさせて、お父様が王都から戻るのを待っていい、と。
それから改めて、お父様が判断を下してくれることになっている。
さすがのお父様も、まだ八歳の娘にそんな重責を負わせるわけにはいかないと思っているようで、かなり念入りに、お父様が戻るのを待つよう言い含められたわ。
そう、そういう手はずになっているけど……。
必ずしも、お父様が戻るのを待てるとは限らない。
迅速に判断して決断しないと、使節団や訓練船団のみんなの命が失われてしまう可能性だってあるんだから。
だから、そんなお父様の気遣いに甘えてばかりはいられない。
でも……。
そんな状況判断、正直、私にはまだ荷が重すぎる。
要は、私にはまだ覚悟が足りていないのよ。
「……」
大きく深呼吸して心を落ち着かせる。
たとえ覚悟が足りなくても、ゼンボルグ公爵令嬢として、その責任は負わなくてはならない。
だって、私はもう前世の一般人じゃない。
為政者側に立つ、ゼンボルグ公爵令嬢マリエットローズ・ジエンドなんだから。
自分で始めた以上、自分で責任を取らないとね。
「大丈夫です、お母様。私だってもう八歳なんですから、留守を預かるくらい、こなしてみせます。だって、お父様とお母様の娘ですから」
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