284 交易用の廉価な魔道具
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仮称アゾレク諸島から持ち帰った交易品候補の確認を終わらせた翌日。
私は離れのお屋敷の会議室で、アドバイザーのオーバン先生と、まとめ役のクロードさんを始めとした九人の魔道具師と職人達、開発チーム全員での会議を開いた。
「――以上が訓練船団が発見した諸島と、そこに住む人達の状況と概要です」
その後のみんなの驚きようときたら、それはもうすごかったわ。
新大陸はおろか、アグリカ大陸に到達する前に、いきなり未発見の島と異文化の異民族を発見するなんて、思いも寄らなかったのでしょうね。
ただ残念なことに、矢継ぎ早に質問されても、ほとんど答えようがないのよ。
そこはすぐに理解してくれて、早々に質問タイムは終了してくれたけど。
「それで、マリエットローズ君は儂らに何をして欲しいのじゃ?」
「さすがオーバン先生、話が早いです。みんなには、その諸島との交易用に廉価版の魔道具を作って欲しいんです」
「交易用!?」
「領内の平民向けより先に!?」
やっぱりそこはそう思うわよね。
だから意図を説明する。
「火属性の魔石の鉱山!」
「しかし、宗教がらみとはまた難しい……」
「だが、供給元として絶対に欲しいな」
「なるほど、閣下とお嬢様の意図は理解しました」
どうやら分かってくれたみたいね。
「それでお嬢様、廉価版の具体的な仕様はどのように?」
「領内の平民向けに先駆け、実験的な意味合いも含めて、材料を変えたり機能を限定したりした、安価なモデルですね」
先行量産型とでも言えばいいかしら。
市場が小さいから、少量生産でいいの。
その廉価版をベースにブラッシュアップして、また生産性も向上させて、領内の平民向けモデルを作れればと思うわ。
「ふむ、そういうことであれば、まず素材の見直しからかのう」
「そうだな。金銀宝石で飾り立てる必要も、チークやウォールナットを使う必要もない。元より、役所や兵士の寮に入れるランプなどは価格を抑えたモデルなんだ。それと同じことだな」
そう、オーバン先生とクロードさんが言う通り、そこを安価な材料にするだけで、価格はかなり抑えられる。
例えばチークは中東やアジアからの輸入品だし、ウォールナットもゼンボルグ公爵領からヴァンブルグ帝国まで広く手に入るけど、貴族が好む高級家具に用いられているから、どちらも高級木材なのよ。
だから採用したのだけど、平民向けのモデルには高価すぎるわ。
それをオークやチェスナットに変えるだけでも、ぐっと安くなる。
特にチェスナットなら、植林して増産すれば魔道具だけでなく建材としても使えるし、栗の収穫量が増えれば、マロングラッセとかモンブランとか、デザートの普及も期待出来るわ。
「機能の限定は、マリエットローズ君としてはどこまで抑えるつもりじゃ?」
「例えば空調機なら、送風のみ、冷風のみ、温風のみとか、ドライヤーなら温度や風の強さを固定にするとか、ランプも色と明るさの変更をなしにして、旧式に戻してしまうとか」
魔道具の原価で最も高い割合を占めるのが魔石だ。
だから使う魔石の種類を減らすだけで、価格は結構抑えられる。
もちろん、金銀宝石を使えば魔石の数に関係なく価格が跳ね上がるから、華美な装飾を除外して考えて、と言う意味でね。
それにマリエットローズ式の変更機構を外したり簡略化したりするだけでも、特許使用料も含めて、価格をグッと抑えられる。
「お嬢様のお名前を冠する変更機構を外すのは、ブルーローズ商会のブランドとしてあまり賛成は出来ませんが、検討はしてみましょう」
「そうね。外さずに済むのなら外さず多機能を維持したいわ。でもそこは、こだわりすぎないようにね」
こうして開発チームは、急遽、廉価版作業を行うことに。
職人と言う人達は、とにかく、とことんこだわるから、仕様を決めるだけでも話し合いが紛糾してすごかったわ。
貴族向けじゃないから、安っぽい外見になってもいいとシンプルに。
同じく、多少耐久性が落ちてもいいから、安価な素材と生産性が高い構造に。
形状を直線にするか曲線にするか、厚みはどこまで削るのか。
艶出しのニスや錆止めの塗装も、重ね塗りを何回にまで減らすのか。
などなど、限界まで突き詰めようとする姿勢が、もうね。
金銀宝石や高級な素材を使わないだけでもかなりお安くなったけど、それでも一般人が手を出すにはまだまだ高級家電だったから、とても頼もしいわ。
これなら、平民にも手が届く価格帯に抑えられそう。
そしてきっと、特許利権貴族達が後追いで平民向けモデルを開発しても、急な路線変更や金銭感覚の違いから、そう簡単に私達より安価で売れるモデルを作れはしないでしょうね。
もちろん、平民向けの販売はまだまだ先の話だから、研究を重ねる時間がたっぷりあるのも私達に有利に働くわ。
だから今の内にノウハウを蓄積しておきたいわね。
「お嬢様」
「なあにエマ? 意見があるなら、どんどん言って」
「使う魔石は小型ではなく、屑魔石を使うのはいかがでしょう?」
「「「「「それだ!」」」」」
みんな一斉に振り返って叫んだせいで、エマが思わず後ずさって顔を引きつらせる。
「盲点だったわ! さすがエマ!」
「きょ、恐縮です」
照れているけど、とても素晴らしいアイデアよ!
大商会の娘は伊達じゃないわね!
「屑だとすぐにエネルギーが尽きてしまうじゃろうが、そもそも小型以上は貴族の見栄もあってのサイズと値段じゃからな」
「ああ。どうせ規格外品として捨てられているんだ、利用しない手はない」
「頻繁に魔石を買い直す必要があるけど、どうせタダ同然なんだ、小型をそのまま使うより圧倒的にコスパはいい!」
「それなら無理に機能を削る必要もなくなるかも知れない」
「それはそれで、さらに安価なモデルとして作る手もあるぞ」
「ああもう、思い付いたの、今すぐ全部作ってしまいたいぜ!」
うんうん、俄然、楽しくなってきたわね。
「エドモンさんに連絡して、まずは実験用の屑魔石を調達して貰いましょう」
もし屑魔石が使えるなら、今の内から大量に確保しておくのも手だわ。
どうせろくに値が付かない品なんだし、向こうも二束三文の捨て値でも売れるだけマシでしょう。
「それではお嬢様、ブルーローズ商会への連絡を手配して参ります」
「ええ、エマ、お願いね」
さあ、交易品の魔道具の第一弾、しっかり仕上げるわよ!
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今回も、少し補足説明を。
チーク、ウォールナット、マホガニーは世界三大銘木と呼ばれる高級木材です。
チークは、南アジアから東南アジアの熱帯モンスーン気候が原産で、油分が多く虫が付きにくく、耐久性、耐水性に優れ、大航海時代で船舶に使われていたようです(豪華客船クイーン・エリザベス2のブリッジや内装にも使用されているようです)。
現在は伐採禁止で、輸入制限があるようです。
作中で帆船に使いたいですが、原産地から輸入するとなると、遠いし、乾燥するまで時間が掛かるので、かなりお値段が張りそうですね。
ウォールナット材は、クルミのことで、原産地はイラン、中国、日本、北米などで、耐久性に優れ、堅く、衝撃に強く、十五~十六世紀頃、イギリスデザインで家具として人気を博したようです。
色などの違いから、木材としてはウォールナットとクルミは別物として扱われるようで、北米産はウォールナット表記、日本産はクルミ表記のようです。
本作ではブリテン諸島は存在しませんし、早々に使うことにしました。
まあ、名前を出しただけですが。
マホガニー材は、西インド諸島原産で、腐りにくく耐久性に優れ、柔らかく加工しやすいようです。
違法伐採が横行したため、現在はワシントン条約で保護されて希少だとか。
なので現在は、見た目が似た○○マホガニーと言う木材が、マホガニーとして流通しているようです。
原産地が新大陸なので、今回は触れていません。
ちなみに、チーク材の代替となるアフリカン・チークと呼ばれるイロコ材(アフリカに広く分布、乾燥が早く安い、耐久性、耐水性、耐火性に優れている、造船にも使われる)、マホガニーの代替となるアフリカン・マホガニー(マホガニーはマホガニー属で、アフリカン・マホガニーはカヤ属なので、見た目は似ているけど別種の木、熱帯に分布)と言う木材もあるようです。
アグリカ大陸との直通航路が開拓されたら、アグリカン・チーク、アグリカン・マホガニー(カヤ扱い? カ-ヤ? アカジョアフリカ?)が輸入品目に入るかも?
本物のマホガニーは、新大陸到着待ちですね。
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