283 エリート達の会議
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「――以上で説明は終わるが、諸君であれば、事の重要性は十分に理解出来たものと思う。本計画の成否は諸君の尽力に掛かっていると心得ておいてくれ」
宮殿の会議室の一室。
リシャールは公爵としての威厳を纏い、厳選された信頼を置ける者達を前に機密情報を開示し、その意義と重要性、各々に課せられた使命について、直々に説明を行った。
各部署から集められたその者達は、優に五十人を越える。
まず、何年も前から諸外国の言語を高いレベルで習得することを最優先の業務としてきた通訳達、その中でも特にギリシオ語に堪能な者ばかりが五人。
次に、大型船の建造を隠すために建造されていた従来の帆船の管理、領内の港と街道のインフラ整備、新たな流通網の整備、それに伴う領内経済の活性化のまとめと研究、諸外国との交易と外交、などなど、それらを業務としてきた上級官吏達が八人。
さらに、ジエンド商会の渉外、輸出入、財務担当が三人と、その部下が三人。
そして、領軍の陸海軍から護衛任務に長けた騎士が四人と、その部下の兵士が二十四人。
それに加えて、それぞれの部署の部長や室長、団長クラスが七人。
その誰もが驚きに息を呑んでいた。
どれほどの計画に自分達が選抜されたのか。
その重責に、誇りを感じる以上に、プレッシャーが重くのしかかっていた。
「では、各自、心して励むように」
全ての説明が終わり、リシャールが会議室を出て行った後も、しばらく誰も言葉を発することが出来ずにいた。
そしてどれほどの時間が過ぎたか。
しんと静まり返ったその会議室に、外交部署の部長の微かな溜息がやけに大きく響いた。
「……上が、何か大きな計画を動かしていることは薄々感づいてはいたが……まさかこれほどの計画だったとは……」
それこそ、大臣クラスの要職にある者達が近年大きな機密を秘して、それに関するであろう仕事を下に指示していたのは、さすがに隠そうとしても隠しきれるものではなかった。
しかし、敢えてその機密を探ろうとも、触れようとも思わなかった。
貴族の闇は深い。
下手に探っていることを上に知られれば、他領、他国の密偵と通じていると嫌疑をかけられ、最悪、闇に葬られる可能性すらある。
だから、近年のゼンボルグ公爵領における様々な政策や、他領、他国との交易や折衝が、ただの産業振興だけではないことを察しつつも、職分を越えず、誠実に、真摯に、職務に励んできた。
それがまさかこれほどの機密であったとはと、動揺を隠しきれないでいる。
そんな外交部署の部長の魂が抜けたような言葉を皮切りに、会議室は騒然となった。
「上手く改竄されていたが、帆船の建造費、港の整備の補助金など、実態に合わない程に大きかったのも納得だ……」
「ああ。セプ島に秘密の港の建造、さらに四十メートル級の大型船三隻! そして驚異の八十メートル級の大型船三隻の建造とは!」
「外注費や交際費も、入念かつ巧妙に偽装されていました。横領にしてはおかしく、上に報告しても調査が入らず、暗に問題ないからそれに触れるなと忠告されて不自然に思っていましたが……」
「そうだな。それらがまさか、新たな航海術の道具の開発費だったとは、予想すら出来なかった」
「軍でも『優秀な者達ばかりが部隊を異動している。それも新たな配属先が厳重に秘匿されている』と言う話があちこちの部隊から漏れ聞こえてきてはいたが、まさかこのような任務に従事していたとはな……表に出せないはずだ」
「『アグリカ大陸への直通航路開拓計画』とは、正直、恐れ入りましたよ」
「訓練船団が西の海で未発見の島と住民を発見……そこと交易を行うための拠点の開発や友好関係の樹立、あわよくば、領地に取り込む政策の推進……だなんてな」
「それもこれも、アグリカ大陸との直通航路を開拓し、領内の経済を活性化するための予行演習ときたもんだ」
誰もが驚き、すぐさま平静を取り戻すことは出来なかった。
だからそれが、さらに機密レベルが高い、新大陸を目指す『ゼンボルグ公爵領世界の中心計画』の一部であることを察することが出来なかったのは、無理からぬことだろう。
しかし、それで彼らを責めることは出来ない。
アグリカ大陸を直接目指すと言うことは、それだけのインパクトがあり、他領、他国の動向を鑑みれば、それほどの機密にしなくてはならない計画なのだから。
だからこそ、それに関われる信頼と栄誉に誰もが身震いし、表情を引き締める。
一時騒然となっていた会議室だが、いつしか再び静まり返っていた。
これらの絵図を、一体誰が描いたのか。
これらの画期的な知識を、一体誰がもたらしたのか。
当然、自分達の主であるリシャールがその筆頭として思い浮かぶが、そこに違和感が残ることを、その場の誰もが感じていた。
彼らはその役職上、計画当初から深く関わることは出来なかったが、忠誠心が高く信頼が置ける、それぞれの分野でのエリートである。
自然と様々な情報が手元に集まってくるし、自らも積極的に集めている。
だから薄々察し、脳裏にその人物の姿を思い浮かべていた。
公式のお披露目は生まれた直後のパーティーのみで、まるで秘匿するかのように、彼ら主要な上級官吏ですら絵姿でしか顔を知らず、遠目にすら姿を見かけたことがない。
漏れ聞こえてくるに、非常に優秀で、座学においてはすでに貴族学院の卒業資格を取得。
さらに様々な学問の家庭教師を雇い、複数の外国語すら学んでいると言う。
そして、突如始まった、領内のインフラ整備と特産品の増産による経済の活性化。
大型船開発を隠蔽するための、多数の帆船の建造。
ライフジャケットと浮き輪の開発。
船員育成学校の開校。
ブルーローズ商会の設立と、画期的な魔道具による大躍進。
それに伴う新たな流通網の構築と、さらなる経済の活性化。
貧民街の再開発と、職業訓練学校の建設。
航海術を補助する数々の画期的な道具の開発。
いつまで経ってもお茶会を開かず、様々な憶測や口さがない噂が流れていたかと思えば、画期的なデザートと共にお茶会デビューし、あっという間に各家のご令嬢達を虜にして友誼を結び、それら貴族家との関係改善や、絆を強く結び始めた。
これほどのことが、たったの五年程の間に、立て続けに行われている。
これほど多数の材料を与えられれば、バラバラに隠されていた点と点を線で結び、真実を類推することなど、彼らには造作もなかった。
ただし、誰もが身の程を弁えており、かつ、敬愛を抱いているので、互いに目と目で通じ、頷き合い、決して口にすることはなかったが。
そう振る舞えるからこそ、彼らは現在の役職にあり、この場に呼ばれたのである。
「ならば、やるしかあるまいよ」
それは誰が発した言葉だったか。
誰もがその言葉で胸に期待と情熱の炎を灯し、頭を切り替え、覚悟を決める。
「必ずや、その現地人と友好関係を結んでみせよう」
「そして島の拠点開発と交易の成功を!」
「ゼンボルグ公爵領の未来は明るいぞ!」
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