280 交易品候補の確認 1 巨大生物の骨
「旦那様、お嬢様。でしたら一度、持ち帰った品々を確認されてみてはいかがでしょう」
タイミングを見計らい、セバスチャンがそう進言してきた。
「そうだな。そうしよう」
熱くなっていた気持ちや頭を冷ますように、お父様が頷く。
まだ不明なことが多くて決められることは少ないのに、今から根を詰めていては身が持たないものね。
だから私もそれに乗ることにする。
「私も見てみたいです。どんな品があるのか、楽しみです」
「では、せっかくだ、マリアも呼ぼう」
そうね、どうせならお母様も一緒に品定めした方がいいわね。
「畏まりました。それでは、持ち帰った品を収めております倉庫へご案内致します」
セバスチャンの指示でメイドがお母様を呼びに行き、私達は先にお屋敷の敷地内に建つ倉庫へ移動。
それからお母様、そしてフルールとエマが、倉庫の前で合流した。
エルヴェとフェルナンは、子守のメイドに任せてお留守番みたい。
「では、皆様どうぞ」
セバスチャンが鍵を開けてくれて、お父様を先頭に中へ入ると、入り口からして大きなその倉庫の中は、かなり広かった。
入り口から奥の突き当たりまで、移動や搬出入のためか真っ直ぐ幅広い通路になっていて、その両側には棚や木箱が何列にも分けられてずらりと並び、様々な品がびっしりと詰め込まれている。
と言っても宝物庫ではないので、備品や宝物庫に入れるほどの価値はない品ばかりだけど。
そんな通路の真ん中には今回のために運び込まれたのか大きな台がいくつも並べられていて、その上に分かりやすく今回持ち帰った品が並べられていた。
動物の毛皮、骨、牙。
穀物、野菜、果物。
木製、布製、金属製の装飾品。
糸、布、衣類。
ナイフ、鍋などの鉄製品。
そして、魔石と宝石。
果たして、それらはどのような品で、どれほどの価値がある物なのか。
否応なくテンションが上がってくるわ。
ただ、お父様、そして特に私が真っ先に確認したかったのは火属性の魔石だったのだけど……。
倉庫に入った途端、これでもかとばかりに目に飛び込んできた、強烈なインパクトと存在感を放つ品があった。
先にそれについて話をしておかないと、気になって気になって他の品どころじゃないくらいに。
「――!!」
「なっ……!?」
「ひっ!?」
それを見て、お母様が息を呑み、フルールが顔を引きつらせ、エマが小さな悲鳴を上げる。
でも、それも仕方ないかも知れない。
「お、お嬢様……ほ、骨です……ものすごく大きな骨ですよ!?」
そう、本当にものすごく大きな骨がドドンと、台の上のほとんどを占めていたのよ。
それもただの骨じゃない、頭蓋骨が。
「……こんな大きな頭の動物がいるだなんて……なんだか怖いわ」
「何故このような品を持ち帰ろうと思ったのでしょう……」
お母様が気味悪そうに嫌悪感を滲ませて、フルールが船員達を咎めるように眉間に皺を寄せるのも無理ないわね。
だって、子供の私どころか、大人のお父様ですら簡単に一飲みにしてしまう程に大きな頭蓋骨なんだもの。
怯えるお母様のことは、肩を抱いて支えてあげたお父様にお任せして。
「お、お嬢様!? 危ないですよ!?」
「大丈夫よエマ。だってもう、ただの骨よ?」
オロオロ狼狽えるエマをそのままに、その頭蓋骨に近づいてじっくりと眺めてみた。
まるで鳥の嘴のように上顎と下顎が長く伸びていて、下顎には鋭い牙が並んでいる。
さらに骨はもう一本。
頭蓋骨の隣に並べられているのは、お父様の身長に匹敵する長さの、先端が尖っていて、緩やかにカーブを描いた細長い骨だ。
細長いと言っても全長に対しての印象で、その太さは優にお父様の腕くらいある。
どこからどう見ても、巨大生物の骨ね。
改めて言うまでもなく、この世界に魔物はいない。
加えて、角があるウサギや羽が生えた犬などの、ファンタジーな姿をした動物もいない。
つまりこれは、真っ当な巨大生物の骨と言うこと。
では、果たして一体どんな巨大生物なのか……。
なんて、それがどんな巨大生物なのか、すぐに見当が付いたわ。
だって小学生の頃、兄の自由研究で博物館へ家族みんなで出かけた時、同じような巨大生物の骨格標本が展示されていたのを見たことがあるんだもの。
「鯨の骨って、間近で見ると本当に大きいですね」
「そうだね。私もここまでとは思いも寄らなかった」
そう、なんのことはない、鯨の骨だ。
細長い骨も、多分、鯨の肋骨か何かだと思う。
前世のアゾレス諸島は、鯨やイルカが何十種類と集まってくる鯨とイルカの楽園で、ホエールウォッチングとイルカウォッチングのアクティビティが有名な観光地なの。
いつもの父と兄の、アゾレス諸島が新大陸との重要な航海の中継地点だったと言う話を鬱陶しいくらいしてきた時、珍しく話が少し脇道に逸れてそんな話になったから、ちょっと興味が湧いて調べてみたのよ。
だってイルカ、可愛いじゃない?
それもあって、すぐにピンときたわけね。
ちなみにアゾレス諸島は、かつてアメリカが盛んに捕鯨をしていた場所だったらしいわ。
捕りすぎて、捕鯨を禁止して保護が必要になるくらいに。
「これは大きな資源になるだろう。鯨油は煤が少なくランプで使えるし、鯨髭はコルセットになる。龍涎香も期待出来るな」
「龍涎香!? 龍涎香が手に入るかも知れないのね!?」
お母様、一転して俄然興味が湧いたみたい。
さすがに骨には近づきたくないみたいだけど、目を輝かせて見ているわ。
そのお母様の隣で、フルールも驚きを隠せないでいる。
エマなんて、驚きすぎて目がこぼれ落ちそうよ。
さすが大商会の娘だけあって、龍涎香のことを知っていたようね。
龍涎香は、マッコウクジラの腸内で出来る結石で、出来立ては臭いらしいけど、熟成するといい匂いになって、香料になる。
それも、かなりの高級品。
排泄された龍涎香が海を漂って海岸に流れ着いた物を拾うか、捕鯨して手に入れるらしいわ。
ちなみに、鯨髭がコルセットに使われるのは、前世ではもう少し後の時代のはずだけど、さすがここは乙女ゲームの世界だけあってか、その手の服飾関係の普及はかなり前倒しで早いわね。
でも、私としては、もっと推したいところがある。
「お肉も美味しいですよ、きっと」
今世ではまだ食べたことがないけど、絶対に美味しいのは、前世で食べたから知っている。
大和煮も良かったけど、特に竜田揚げが好きだったわ。
残念ながら、こっちには醤油もみりんもないけどね……。
さらにちなみに、マッコウクジラはタコやイカを食べるらしいから、それらの漁も期待出来そう。
タコのマリネとか、たこ焼きとか、イカリングなんかもいいわよね。
魔道具の冷蔵庫、冷凍庫があるから、輸送は万全よ。
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