277 報告書を読んで
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世界の果て、極西と呼ばれているゼンボルグ公爵領より遥か西に、本当に未発見の島があった。
予想はしていたし、明確な証拠はなくても必ずあると確信していた。
でも、こうして実際に発見の報告が来たことはとても大きいわ!
もう、テンション爆上がりよ!
「お嬢様」
私が突然叫んで立ち上がったことか、叫んだ内容か。
セバスチャンが驚いた顔を見せたけど、すぐに普段の落ち着いた顔に戻って、静かにたしなめてくる。
「ごめんなさい、セバスチャン」
一言謝って、勢いよく立ち上がった拍子にずれた椅子を戻して座り直す。
でも、それどころじゃないわ。
だって島よ、島!
一度深呼吸して、逸る気持ちを抑えながら、報告書の続きに目を通していく。
九つの小さな島からなる諸島。
往路でおよそ二週間、復路でおよそ一週間弱の距離。
緯度と経度についても記載されていて、ゼンボルグ公爵領のほぼ真西に位置していることが分かる。
そこから推察されるのは、やっぱり前世のアゾレス諸島に相当する島々だろうと言うこと。
前世のアゾレス諸島も島が九つあり、その大きさは、全て合わせると沖縄県くらいあったそうだけど、こっちでは果たしてどのくらいの大きさがあるのかしらね。
練習船の船足は、現在主流のコグ船と比べて優に二倍以上、三倍近くある。
そのコグ船より、前世のキャラベル船とキャラック船の船足の方が若干速いと見積もったとしても、それでもなお練習船の船足は二倍以上あるんじゃないかしら。
それを考慮すると、コロンブスが新大陸を発見した第一回目の航海においてアゾレス諸島からポルトガルへ帰還するのに約八日掛かったことを鑑みれば、今回発見した諸島は前世のアゾレス諸島よりやや西に遠いのかも知れない。
でも、そのくらいは誤差の範囲よね。
だって、異なる文明の人達が暮らしている島国よ!?
異文化交流が出来るかどうか。
新大陸との交易の拠点に出来るかどうか。
そこが最も重要なんだから!
人口はそれほど多くなく、文明レベルはこちらと比べて低いみたいだけど、それこそ些末な問題だわ。
しかも、読み進めていくと、その考察がとても興味深い。
フェノキア人。
今から二千八百年前から二千百年前くらいに栄えたとすると、およそ紀元前千五百年から紀元前八百年くらいの話かしら。
名前からしても、多分、前世のフェニキア人に相当する人達でしょうね。
父と兄によると、フェニキア人も高い航海術を持ち、地中海沿岸のヨーロッパから北アフリカまで、広い範囲で交易を行って栄えていたみたいだから。
今世のフェノキア人については家庭教師の授業で、昔そんな名前の民族がいて栄えていた、程度に教わったけど、この報告書の学術的考察程詳しいものではなかった。
だから、フェノキア人のフェノキア文字がアルファベット、さらにはラーテン文字やギリシオ文字やアラビオ文字の元になっていたなんて、初めて知ってビックリよ。
しかもそのギリシオ語で、片言ながらも話が通じるなんて本当にすごいわ!
おかげで、期待にドキドキが止まらないわよ。
だって私も、ギリシオ語の読み書き会話を学んでいるから!
つまり、私も彼らとの異文化交流、出来ると言うことよね!?
そう考えただけで、もう今すぐ彼らに会いに船に飛び乗りたいくらいだわ!
そんな今にも駆け出したくなる気持ちを抑えながら、続きを読み進める。
報告書は、それら考察の後、どう彼らと接触したのか、どう交流を持ったのか、詳細な流れが記されていた。
食料の援助をしたのは、大正解だと思う。
だって私も貧民街で炊き出しをしているからね。
食べる物に困っている人達に手を差し伸べることは、友好的な関係を築くための大きな第一歩だと思うもの。
そして、内容はやがて交易品候補の品々についての報告へ。
「火属性の魔石!?」
こんなの、思わずまた叫んで立ち上がってしまったわよ!
私の叫びに、お父様が閉じていた目を開いて、背もたれから身体を起こした。
その顔は、公爵としてのものだ。
「とても素晴らしい発見だ。是非とも、人を送り込み採掘し、大量に確保したい。しかし、事はそう簡単にはいかないだろう」
「『神の住まう山』……ですか」
「つまり、彼らがその火山を、どれだけ神聖視して崇めているかによる」
そうね、ちょっと厄介な問題だわ。
下手を打てば、最悪、戦争……と言う事態に発展することもあり得そう。
「一番簡単で早いのは、兵を送り込んで制圧することだが……」
「それは……出来れば避けたいです」
「だろうね。マリーは優しい子だ」
お父様はそう微笑んでくれたけど、すぐに公爵としての顔に戻る。
「採算が取れないようなら、鉄鉱山については見逃しても構わない。しかし、魔石に加え宝石まで産出するとなれば、これを逃すなどあり得ない話だ」
「彼らと交渉した、ヘラルド・セラーノ二等航海士の話を直接聞いてみたいです」
報告書は提督が書いた物だけど、彼らとの交渉の中心はヘラルド・セラーノ二等航海士が担ったと記してある。
彼らと接触以降の内容は、そのセラーノ二等航海士から聞き取った報告を元にまとめられているようだから。
「私も同意見だ。しかし残念ながら、彼は数名の護衛と共に現地に残ったらしい」
「えっ!?」
「報告書の最後にそう記されているよ」
「あっ!」
最後まで読んでいなかったわ。
だって魔石のインパクトが大きすぎたんだもの!
慌てて最後のページを見ると、確かにそう書いてあった。
彼らともっと親密な関係を築いて、様々な情報を詳しく得るために。
「すごい人ですね、このセラーノ二等航海士は……」
片言しか通じない初めて訪れた異文化、異民族の地、それも地図に載っていない未知の島に残って、情報収集をしようだなんて。
だって、こっちから迎えの船を出さない限り、戻って来られないのよ?
もし彼らフェノキア人を怒らせてしまったら、少人数ではろくな抵抗も出来ず、最悪殺されてしまうかも知れないのに。
どれほどの胆力があれば、こんな決断を下せるのか。
益々、お話してみたくなったわ。
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