276 外洋航海訓練 8 交易品候補の検討
彼らは皆、麻か何かの布の服や、なめした毛皮を纏っていた。
しかも、その服はとても質素で簡素な作りをしている。
言うなれば、辺境の地にある開拓村の住民だ。
ぱっと見では、交易相手として有望とは思えない。
それが第一印象だった。
「確かに、彼らは我々より文明レベルが低く、その上で食料支援が必要となれば、そのご懸念はもっともだと思います。しかし、それは彼らが突発的な自然災害に見舞われたからなのです」
その内容に、誰もが驚く。
たった一日でそこまで聞き出したのかと言う驚嘆と同時に、非常に重要な、無視できない内容だったからだ。
「それは一体どのような自然災害なのだ?」
「巻き込まれて帰還出来なくなっては元も子もない。場合によっては、すぐに手を引く必要がある」
「その心配は無用かと思います。どうやら昨年、テラセーラ島の火山、彼らの言う『神の住まう山』が噴火したようです。それも、数百年に一度の大噴火だったと」
「数百年に一度の大噴火とは……」
「溶岩こそ村に迫って来なかったようですが、降り注いだ噴石で死傷者が出た上、降り積もった火山灰によって畑は壊滅的な被害を受けたようです。同時に、森の恵みも打撃を受け、他の村の村人との奪い合いにもなり、この島ではどこもかなり食料が不足しているようです」
後日、より詳しく判明するが、溶岩が到達して壊滅した村もあった。
また、他の島の住人も決して豊かな生活を送っているわけではないので、この島のどの村も、他の島からあまり多くの支援を受けられていなかった。
それでもなんとか食いつないでいた状況だったのである。
その証拠に、村人達は皆、痩せていたり、不健康そうな顔色をしていた。
海が間近にあるため魚や貝などには困らなかったが、森の恵みである狩りの獲物は減り、野菜や果物、穀物が大いに不足して、栄養状態が悪くなっていたのである。
子供に優先的にそれら食料を与えていたようだが、それで大人が体調不良になり、そのため狩りも徐々に難しくなってきていて、先行きに大きな不安を抱えていたのだ。
そこへ現れたのがヘラルド達である。
彼らの気質が好戦的でなかったことは確かだが、戦えるだけの十分な力を出せなくなっていたこともまた大きかったのだ。
「そうだったのか……だとすれば、このタイミングでの出会いは天の配剤か……」
船長達が唸るのも無理はなかった。
もし一年早ければ、この出会いは全く違ったものになっていただろう。
自分達がその噴火に巻き込まれていた可能性すらある。
また、逆に一年遅ければ、彼らは多くの餓死者や病死者を出していたかも知れない。
まさにマリエットローズの導き。
全員が、この奇跡の出会いをしみじみと噛みしめる。
彼らが食料支援をした自分達に感激し、感涙し、なけなしの秘蔵の酒を持ち出してまで歓待してくれたのも、無理からぬこと。
立役者であるヘラルドがしこたま飲まされたのも当然だろう。
「マリエットローズ様のためにも、この出会い、無駄には出来んな」
「はい。そんな彼らが出せそうな交易品の目星ですが、まず、なけなしの備蓄から推察すると、大麦、小麦、豆類などを栽培しているようです。他に、幾ばくかの野菜、果物も。それ以外には、森の恵みの野草、果物、動物の肉、毛皮、牙、骨、川および海の魚や貝、でしょうか。それぞれがどれだけ交易品としての価値があるのかは、自分には判断出来ませんでした」
「そうか……それは一度持ち帰り、閣下や商人達に見せて判断を仰ぐしかあるまい」
バルトロメオ達も、貴族家やその分家に生まれ、長い年月を生きてきたが、それらの目利きが出来るような知識は残念ながら持っていなかった。
それをするのは、部下や、それこそお抱えの商人の仕事だったからだ。
「他に、価値がある、また換金性の高い品はなかったのか?」
「彼らの槍の穂先や矢の鏃は鉄製で、刃物や調理器具も鉄製でした。どうやら他の島の一つに鉄鉱山があるようです」
「鉄か……」
「確かに有用な資源だ」
「しかし埋蔵量と品質によるな。採掘、輸送の手間を考えると、割高になる可能性もある」
文明が進んでおらず、人数も少ない。
そんな彼らが採掘出来る量はたかが知れている。
「こちらから資本を入れて開発出来ればいいが、揉める可能性もある。交渉は丁寧に行うしかあるまい」
その場の全員の視線が自分に集まり、そのプレッシャーにヘラルドは冷や汗を掻くが、それを態度には出せず、微力を尽くしますと述べるに留めた。
事実、全てはこれからなのだから。
「他には何かないか?」
「他……ですか」
一瞬口ごもったヘラルドに、全員が察する。
「あるのだな」
「それで、それは何で、何が問題だ?」
察しのいい提督と船長達に、ヘラルドは一度躊躇い、言葉を選ぶように報告する。
「彼らが身に付けている装飾品があります。素材は木材、動物の牙や骨、毛皮、貝殻などで、価値は民芸品程度でしょう。ただ、その装飾品に使われている物の中に……赤や緑の宝石がありました」
「赤や緑の宝石……!」
「ルビーやエメラルドか!?」
やはり食いついたかと思いながら、ヘラルドは慎重に言葉を続ける。
「自分には宝石の目利きは出来ませんので、なんの宝石かは分かりませんが、色味が薄いので恐らく違うかと。しかもそれらは、『神の住まう山』の近くから採掘されているようです」
「『神の住まう山』か……」
船乗り達は信心深い。
天候、潮の流れなど、人の身ではどうにもならぬそれらは、まさに神のご意思次第。
だからこそ、航海の安全と無事を祈り、感謝を捧げるのだ。
それ故に、神の領域には容易に手を出せなかった。
「宗教的な意味や意義がどこまであるのかは、まだ分かりません。これは憶測となってしまいますが、彼らは『神の住まう山』から採掘されるその赤い宝石を身に付けることで、神の加護を得て、神の怒りから逃れられると信じているようです」
これもまた後日判明することだが、昨年の大噴火は、誰かが神の怒りに触れたせいで起きた、そして、溶岩で滅ぼされた村の誰かがその犯人だったに違いない、そう考えられていた。
「鉄以上に、軽々に手を出すわけにはいかないか……実に悩ましい」
欲の皮が突っ張った教会関係者であれば、自分達が信奉する神以外の神を邪神、宗教を邪教として、滅ぼし奪うことを躊躇わないだろう。
ましてや、新たに発見された島の、文明レベルが低い民族が相手である。
同じく、王侯貴族も自己の権益のため、すぐさま武力制圧に乗り出すに違いない。
「かといって、安易な手段に出るわけにはいかん」
武力で制圧し、この諸島を完全に植民地化してしまう方がどれほど手っ取り早くとも、その選択は、最後の最後にしなくてはならなかった。
まだ幼く優しい王女殿下の泣き顔は、誰も見たくないのだ。
「さらに……」
「まだ何かあるのかね……?」
「はい。その赤い宝石の中に、見間違いでなければ……魔石が交じっていました。赤い、火属性の」
「「「「!?」」」」
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