274 外洋航海訓練 6 未知なる文明とのファーストコンタクト
ヘラルドが上陸したことで、取り囲む三十人程の男達は武器を強く握り締めて、警戒を強めた。
いつでも武器を向けられるように身構えながらも、すぐには武器を向けない。
それだけで、ヘラルドは手応えを感じる。
それが彼ら民族の気性なのか、村長もしくは国王の気性や方針なのか。
すぐに交戦状態に入らなかったことはヘラルド達にとって幸いで、多少の安心材料となった。
ヘラルドは前を向いて彼らから視線を外さないまま、背後の船員達に向けて小声で指示を出す。
「一人ずつ順に、慌てずゆっくり、警戒させないように、だけどビビらず堂々と上陸してくれ。あと、俺が指示するまで絶対に武器は抜くなよ。柄やホルスターに手を伸ばすのも禁止だ」
それに従って、護衛役の船員達が一人ずつ上陸する。
一人だけ、ベテランの船員がボートに残り、万が一の場合はすぐに逃走し報告出来るように準備をしておくのも忘れない。
一人を除く、四人の護衛役の船員達が上陸したところで、ヘラルドは二歩だけ前に出た。
「やあやあ、皆さん、初めまして。俺はヘラルド・セラーノと言う。見知りおき願いたい」
飽くまで笑顔でフレンドリーに。
そして両手を広げ武器を持っていないことを、また、弓や槍の的になりやすいポーズを取ることで、敵意がないことを示す。
すると、それに応じるように、集まった男達の中から一人、槍を手にした三十代くらいの男が一歩前に出て、警戒心を顕わにした顔でヘラルドへ向かって声を張り上げる。
『――――! ――――――!?』
その言葉は、誰も聞いたことがない、未知の言語だった。
表情やニュアンスから、何者なのか、どこから来たのか、なんの用だ、などと問われていることくらいは、なんとなく伝わってくる。
ただし、状況からの予想であり、確信があってのことではない。
「言葉、全然分かんねぇですよ?」
「こんなんで、会話、出来るのか?」
ヘラルドの後ろに立つ、若い船員もベテランの船員も、誰もが戸惑い、困惑し、お手上げだとばかりにヘラルドの背中を見る。
しかしヘラルドは、全員の予想に反して、口元に喜色を浮かべていた。
「こいつは幸先がいい。もしかしたら、言葉が通じるかも知れない」
「今の何言ってるのか分かったのか!?」
「ヘラルドさん話せるんですか!?」
驚く他の船員達を余所に、ヘラルドは軽く咳払いをして喉の調子を確かめると、ゆっくりハッキリとした口調で再度話しかける。
『こんにちハ。私の、言葉、分かりマスか?』
途端に、男達から大きなどよめきが上がった。
『――――!? ――――!! ――、――――、――――!?』
代表の男が、一層強く槍を握り締め、驚きの顔のまま早口で何事かをまくし立てる。
大いに驚いていることは伝わってくるが、早口すぎて、ヘラルドも何を言っているのか全く聞き取れなかった。
しかし、そこに敵対的な雰囲気は感じられない。
「よし! いけそうだ!」
掴んだ手応えに、拳を突き上げて飛び上がり舞い踊りたいところだったが、それを必死に自制して、穏やかな笑顔を作る。
『私は、この言葉、上手じゃナイ。願う、ゆっくり~ィ』
どうどう落ち着いて、とジェスチャーしながらヘラルドが困った笑顔で返すと、代表の男が一度言葉を切る。
『オマエ――――ドコ――キタ?』
改めて話し始めた代表の男の、ゆっくり、ハッキリ、とした語り口に、ヘラルドは心の中でガッツポーズをして歓喜の雄叫びを上げる。
少なくとも、意図が通じたのだ。
それは、ヘラルドの予想が正しかったことを意味していた。
「全部は理解出来ないが、所々に理解出来る単語が含まれている」
小声で成果を伝えるヘラルドに、護衛役の船員達が小さく驚きの声を上げる。
コミュニケーションの第一歩、成功だった。
「さあ、ここからが本番だ。意味が通じる単語を探しながら、会話していくぞ」
ヘラルドはブルリと武者震いすると、舌なめずりをする。
そして、東を指さし、船を指さした。
『私は、東から、来まシタ。あの船に、乗って、来まシタ』
『――!? ――――!! ――――!!』
途端に男達が驚き叫んで殺気立ち、槍と弓を構えてヘラルド達へ向ける。
「おいヘラルド!?」
「なに言ったんすか!?」
「抜くな! 動くな! まだだ!」
護衛の船員達が武器を抜いて前に出そうな雰囲気を察して、ヘラルドは慌てて手を伸ばし制する。
そして、敵意がないことを示すため、ゆっくりと両手を挙げた。
突然のことでヘラルドも身構え焦ったものの、まだ大丈夫だ挽回出来ると自分に言い聞かせる。
男達は殺気立って武器を構え、敵意を向けてきた。
しかしそれは、警戒の意味が強く、殺意にまでは至っていないと判断する。
なぜなら、男達がすぐに襲いかかって来なかったからだ。
代表の男も槍を構えながら何事かを叫んで後ろの男達に指示をしたが、自分同様に制し、襲いかかるように命じたわけでないことは明白だった。
「理由はさっぱりだ。だけど焦るなよ、根気よく、俺達に敵意がないことを分かって貰うんだ」
額を流れる冷や汗を拭い、護衛の船員達に向けて落ち着くように言いながら、同時に自分自身に対しても言い聞かせる。
そして深呼吸し、乱れた呼吸と早鐘を打つ心臓を落ち着かせてから、ゆっくりと口を開いた。
『あなた達、何を、怒ってイルか、分からナイ。誤解、多分』
『…………オマエ――――ナニ――――キタ?』
『私達は、あなた達と、仲良ぉくしタイ。商売、しタイ』
『ナニ――――ワカラナイ。ナニ――、――?』
「くっ……一体どの単語が通じて、どの単語が通じてないのか分からないな……」
いや、焦るな、諦めるな。
そう、改めて自分に言い聞かせ、今度はゆっくりと身振り手振りを交える。
『私達は、あなた達と、友達に、なりタイ。物、交換しタイ。欲しぃい物、ありマスか?』
ヘラルドは『こうなったら何時間掛かってでも、絶対に友好関係を築いてやる』と、その持ち得る知識を駆使し、じっくり腰を据えて対話に入るのだった。
そして六時間後。
村の桟橋には、船団から次々とボートが到着して、船員達が上陸し、荷揚げが行われていた。
それは、肉、野菜、果物、予備の魔道具の水筒、同じく魔道具のコンロ、などの食材と調理道具類である。
さらに村の中央の広場では、船員達によって調理された料理が村人達に配られていた。
貧民街の炊き出し、そのものである。
『――――!』
『――、――――』
村人達は、男も女も、老人も子供も、涙ぐみながら懸命に料理を掻き込み、口々に、笑顔で船員達に声をかける。
「おう、なに言ってんのかさっぱり分からねぇが、腹一杯食え!」
「お代わりあるぞ、お代わり!」
それに対し、船員達も、言葉が分からないまま笑顔で応じる。
『カンシャ――』
『――カンシャ、――――オマエタチ――』
そしてその広場の脇で、代表の男ともう一人、白髪の老人が、ヘラルドの手を取り目を潤ませながら感謝の言葉を述べていた。
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