273 外洋航海訓練 5 未知の島へ上陸
未知の民族、未知の文明との接触。
それは、マリエットローズが期待していたことである。
相手に求めるのは、交易だ。
交易路は現在、西の果てのゼンボルグ公爵領を終着点としている。
それが、さらに西へ。
まさに、ゼンボルグ公爵領が世界の果てから世界の中心へと変わる、決定的なチャンスが巡ってきたのである。
そして、そのファーストコンタクトの責務が自分達に課せられた。
可能性としては考えていたが、現実に直面すると、その重責がずっしりとのしかかってくる。
しかし、だからこそ、バルトロメオは提督として決断しなくてはならない。
未知の文明との接触を。
恐らく言葉は通じないだろう。
どんな文化、風習、常識を持っているのかも不明。
あまつさえ、友好的で穏やかな民族であるとは限らない。
それこそ、島の外から大型船でやってきた未知の相手に恐怖しないわけがないのだから、警戒し、攻撃的になっていると考えた方がいい。
初手を間違えれば、戦争になる。
そんな相手に、船員達に犠牲を出さず、友好的な関係を築かないとならないのだ。
確認出来ただけで、海岸沿いに集落が三つ。
それぞれ、およそ五百人程度の規模。
見える範囲で都市の形跡や大きな港町などはなし。
内陸部に、他にどれほどの集落があるかは不明だが、島の規模を考えれば、恐らく数千人から二万人くらい、多くても三万人は越えないだろうと思われる。
服装は簡易な衣服やなめした毛皮を纏っているようで、家屋は木造で屋根は大きな葉や草を葺いたものばかり。
さらに桟橋に係留されている船は、木造の帆がない小型ボートか、小さな横帆一枚の小型船のようなものしかなく、外洋航行には耐えられない。
国としての形態は分からないが、文明レベルは自分達より低いと予想される。
その程度の人数と文明レベルであれば、一度引き返し、大規模な船団を率いて戻り、武力で制圧して支配する方が遥かに容易いと思われた。
しかし、それは尊崇する王女殿下であるマリエットローズの望むところではない。
「確か、外国語に堪能な者がいたな」
「ヘラルド・セラーノ。元大尉の二等航海士ですね。伯爵家出身の三男で、ヴァンブルグ帝国語など複数の言語を習得して、語学に優れています」
「まだ三十を過ぎたばかりですが、非常に優秀です。やや癖が強い男ですが……」
「確か、古い文献も読み漁り、古語にも通じている、何故学者にならず船乗りをしているのか不思議に思う人材だったと、自分も記憶しています」
「うむ。セラーノ二等航海士に護衛を付け、現地人と接触。可能な限り友好的な関係を築くよう務めよう。もちろん、攻撃を受けた場合は反撃を許可する」
「はっ、ではそのように手配します」
◆◆◆
日を改めて翌朝。
「はっはっはっ! テンション上がって来たな!」
「ヘラルドさん、立ち上がったら危ないですよ!」
「なんでそんな楽しそうに……ヘラルドさんは怖くないんですか?」
ヘラルド・セラーノは島へ向かうボートの上で、思わず立ち上がり高笑いをしてしまっていた。
それも腰に手を当てて胸を張り、空へ向かって。
「相変わらずだなお前は……」
若い船員達が不安そうにボートを漕いでいるのに対して、ベテランの船員達はそんなヘラルドの奇行に慣れているのか、呆れ気味である。
「これを楽しまずにいられるか! 未知の文明、未知の民族、未知の言語! それに初めて触れる栄誉を賜れたんだぞ!?」
「……ヘラルドさん、なんで船乗りなんてやってんですかね?」
「先生にでもなって、勉強してれば良かったんでは?」
「それはあれか? 学者になって研究室に籠もって研究していればいいと? そんなのつまらんだろう!」
同僚達の揶揄など気にした様子もなく、高らかにそう宣言したヘラルドは、不敵な笑みを浮かべて島を挑むように見つめた。
「俺はな、アグリカ大陸を発見した船乗り達の伝記を読んで、彼らが心底羨ましかったんだ! 俺もそんな大発見をしてみたいとな!」
それは、子供の頃からの夢で、憧れだった。
だから、そのために多くの国の言語を学んだ。
古い文献も漁って、古語にも手を出した。
海軍に入ったのは親に強制されてだが、遠征時に、異文化、異民族に触れるチャンスがあるだろうことを期待してでもあった。
全ては、もし自分にそのチャンスが巡って来たら、確実にそれを掴み取るために。
「だから、お嬢様には感謝してもしきれんのだ!」
だから、前代未聞の大型船の船員の勧誘、アグリカ大陸との新規航路開拓任務と、この話を持ちかけられたとき、二つ返事でオーケーしたのである。
遂にそのチャンスが巡ってきたと。
自分の選択は間違っていなかったと。
ましてや、新大陸が存在する可能性を示唆された今、先陣を切らずにはいられない。
この島の調査は、まさにその前哨戦である。
その位置づけに、血が滾り、逸る心が抑えられなかった。
「ああ、楽しみだ! 楽しみでたまらない!」
「おいヘラルド。興奮するのは勝手だが、ヘマだけはするなよ」
「巻き沿いはごめんですからね?」
「当然だ。この機会を下さったお嬢様に顔向け出来ないような真似を、この俺がするとでも?」
「分かっている。だが、念のためだ」
「そうか。忠告、感謝する」
ヘラルドは努めて心を落ち着かせるよう高笑いを引っ込め、島を見つめながら、腰のホルスターを撫でた。
この魔道具の拳銃を抜くような事態には決してしないと、決意を新たにする。
マリエットローズに感謝し、顔向け出来ないような真似は出来ない。
それは本心である。
しかしそれ以上に、ここでヘマをして、今後この手の調査から外されては死んでも死にきれない。
それが偽らざる本心だった。
ボートは集落の一つ、その桟橋へと近づいていく。
昨日、今日と、島の周辺をうろついていたのだから、当然、村人達も訓練船団の存在に気付いていたのだろう。
そして同時に、警戒していたに違いない。
集落に近づくにつれ、集落が騒がしくなり、武器を手にした男達が桟橋周辺へと集まってくる。
その数、ざっと三十人程。
「いきなり襲いかかられたりしないですよね……」
若い船員の戦々恐々とした態度を、ヘラルドは鼻で笑う。
「堂々としていろ。でないと舐められて、余計に襲われやすくなるぞ」
「ひっ!」
男達が手にしているのは、槍や弓ばかり。
矢を射かけられず、槍を投げ込まれていない時点で、そこまで好戦的な蛮族ではない、話し合いの余地がある、そうヘラルドは確信する。
やがてボートは桟橋に接岸。
恐れた様子もなく、ヘラルドは堂々と桟橋へと上がる。
ヘラルドは初めて未発見の島に上陸した、最初の一人となった。
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