272 外洋航海訓練 4 未知の島の発見
若い船員の報告に、船上は一気に騒然となった。
ベテラン船員が見張り台の中に若い船員を引っ張り込むと、代わりに望遠鏡を覗き込んで島影を探す。
「ほ、本当です! 島影が見えます!」
指導担当のベテラン船員まで同様の報告をするのであれば、見間違いはあり得ない。
「こんな遠い海のど真ん中に島だって!?」
「どんな島だ!? 何があるんだ!?」
「まさか新大陸じゃないだろうな!?」
「上陸だ! 上陸しよう!」
しかも話を聞きつけた船員達が甲板に出てきて、もはやお祭り騒ぎである。
程なく、残りの二隻も島影を発見したのか、遠目にも慌ただしい雰囲気が伝わってきた。
ただ、他の船員達と一緒になって、バルトロメオ達まで浮かれて騒ぐわけにはいかない。
現実的な対処が必要だ。
「提督」
「進路を発見した島へ。調査する」
「アイアイサー!」
提督であるバルトロメオが決断したことで、船長から指示が飛び、帆を操作して島へと向かう進路を取る。
その進路変更を旗で僚艦へと伝え、六分儀を用いて現在位置を調べ、海図を確認しと、全員が慌ただしく動き始めた。
島は風上方向にあるため、帆船では一直線に向かえない。
帆を操作し、船体を何度も切り返しながらジグザグの航路を取って、一直線で向かう倍以上の時間を掛けながら進んで行く。
「見えました! 島影です!」
やがて、甲板の上からでも水平線上に島影が見える位置まで接近し、船員から報告が上がってきた。
バルトロメオと船長は船首へ移動すると、共に望遠鏡でその島影を確認する。
「確かに島だ、それも、実に大きい」
「はい、拠点を建設するのに十分な大きさの島かと」
「うむ。遥か西の海にこのような島があったとはな。どのような資料にも記されておらず、聞いたこともない」
「やはり、未発見の島ですか」
未発見の島。
その言葉に、バルトロメオを始め、誰もが胸を高鳴らせていた。
自分達が第一発見者となったのだ。
まだ若い船員の見張りが酷く興奮したのも無理はないと、改めて思う。
そして、大きく膨らむ期待。
果たして、どのような島なのか。
果たして、どのような珍しい動植物がいて、鉱物などの資源が眠っているのか。
この発見で、主であるゼンボルグ公爵家と計画立案者であるマリエットローズへ、一つ報いることが出来た。
そして、貴族家出身の者は、実家に対する貢献と名声を。
平民や貧民、孤児であれば、褒賞金を。
そんな夢が胸中に広がっていく。
そして何より。
新大陸が存在する可能性が、現実味を帯びたのだ。
これまでも、マリエットローズの話を聞いて、新大陸が存在してもおかしくないと、可能性だけは信じていた。
しかし、どこか夢物語のような気分であったのは否めない。
それがここに来て、にわかに実感を伴った。
船乗りとして、冒険心がくすぐられ、胸が高鳴らないわけがない。
「じきに日が暮れるな……」
いつしか、太陽は西へと大きく傾いていた。
このまま島に上陸可能なくらい近づいた頃には、水平線の下へと沈んでしまっているだろう。
「今夜は沖で停泊。明朝より周辺の調査を行う。上陸はその後だ」
「「「「「アイサー!」」」」」
島周辺の海底の様子は不明だ。
ただでさえ大きな船なのだから、従来の帆船では座礁しない場所でも座礁してしまう可能性がある。
それを考えれば、夕刻に無理して未知の島に近づくのは無謀で自殺行為だった。
バルトロメオ達は逸る気持ちを抑えながら一晩を過ごし、明朝、日の出前から動き始めた。
ある程度の距離まで近づいた後は、三隻はそれぞれ別れ、島の外周をぐるりと周回して、島の形を改めて確認する。
その後は、三隻の船長を集めて情報を摺り合わせ、今後の方針を立てるための会議を開いた。
「すぐ近く、目視出来る範囲には、他に島はありませんでしたね。孤島でしょうか」
「まだ断言は出来ないだろう。調査範囲を広げてみなければ。もしかしたら複数の島々からなる諸島かも知れない」
「うむ。孤島か、諸島か、実に興味深い。しかし、周辺海域を探索するなら一週間や十日は必要だ。実に残念だが、帰還を遅らせるわけにはいかん」
「ならば、一度帰還してこの島のことを報告し、改めて調査航海の計画を立てましょう」
「うむ。それが良いだろう」
「では、話を目の前の島に戻すと、やや歪ですが丸に近い形でしたね」
「大雑把な測量だと、東西でおよそ三十キロメートル、南北でおよそ二十キロメートルくらいだったようです」
「うむ。そして島のやや北寄りに大きな山があるな。千メートル程か。噴煙こそ出ていないが、黒々とした山肌を見るに、つい最近噴火した可能性がある」
「つまり火山島であると」
「西部や南部には緑豊かな森や平原があるようですが、海岸線の多くは切り立った崖や岩場で、上陸できそうな場所は限られていますね」
「うむ。海底は基本的に深そうだが、海面下は岩だらけで、下手に近づけば座礁の危険がある。上陸するなら岩場を避けてボートで行くべきだろう。おあつらえ向きに、島の東側が上陸しやすそうだ」
そこまで話を進めたところで、まるで躊躇うように誰もが言葉を切った。
互いに視線を交わし、自然とバルトロメオに視線が集まる。
にわかに緊迫感が増した中、三人の船長の視線を受けて、バルトロメオは意を決したように、厳かに口を開いた。
「集落があったな」
望遠鏡で確認もしたし、見間違いの可能性はない。
しかし、言葉にすることで、実感が伴い、事の重大さがのしかかる。
「小さな漁村程度でしたが、確かに村でした」
「村人の姿も確認しました」
「彼らは果たして何者なのか……」
「それを確認しないまま、引き返すわけにはいくまいよ」
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