268 訓練船団からの報告
お父様と話し合った結果、植林計画については私が主導して進めるのではなく、まずは各地の領主に通達。
同時に好景気で湧く林業の従事者に、樹木が有限の資源であり、今後どれだけの木材が必要になるか、そのために森や山を伐採しすぎるとどうなるか、注意喚起と植林の必要性を周知する。
そして、何十年先を見据えた植林計画を、各地の判断で立てさせることに決まった。
各地の森や山の状況を全てこっちで調査、把握して、個別に事業計画を立てて指示するのは大変だもの。
そこは現場の判断と言うことで。
「これまで、間伐で森や山を維持することはあっても、事業として植えて増やすと言う発想はなかった。樹木はそこにあって当たり前の物だったからね。しかし、マリーの言う通り、果樹やコルクガシも植えて増やすのだ。建材に使う樹木を植えて増やしても、なんらおかしな話ではない」
「特産品の増産と同じですね」
謂わば、森や山全体を畑と思って栽培すればいいのよ。
「マリーの発想には、本当にいつも驚かされる」
お父様が優しく頭を撫でてくれる。
「えへへ♪」
照れる。
でも嬉しい♪
それからも、懐中時計の量産化について時計職人ギルドで話し合われた経過報告や、新たな流通網のさらなる拡大などの進展している計画。
灯台のフレネルレンズを作れそうな工房探しなど、なかなか進展を見せない計画。
特産品の増産や植林など、各領地にお任せの計画。
などなど、様々にやり取りをしたり報告を受けたり資料を作ったりと、日々、お仕事を進めていく。
もちろん、礼儀作法にダンス、剣術に馬術などの習い事、お勉強の方も。
そうしてさらに二カ月程が過ぎて、秋も深まり、日中の気温が下がってすっかり過ごしやすくなった頃。
「旦那様、外洋航海訓練から帰還した訓練船団より報告書が上がって参りました」
セバスチャンがいつも通り、届けられた重要な報告書を持って来てくれた。
ただ、少しばかり緊張を滲ませて。
「これは、今回はまた随分と分厚いな」
受け取ったお父様が、わずかに眉間に皺を刻む。
お父様の問うような視線に、セバスチャンは小さく一礼した。
「こちらは訓練船団からの報告書で間違いございません」
つまり手違いや、他の報告書も一緒に提出されているわけではないと言うことね。
訓練船団と正式に命名された三隻の練習船による船団からは、これまでも帰港するたび、毎回しっかりと報告書が届けられていた。
沿岸での航海の練習から始まって、お披露目のゴーサインが出るまで。
それから外洋航海の訓練に入って、最初の一泊二日の航海、次の三泊四日の航海、さらに七泊八日の航海と、航海日数に比例して厚みを増しながら。
それら複数回の訓練航海を繰り返し、三週間と少し前、遂に船員達の訓練の総仕上げになる、往復で二十日にもなる訓練航海へ出港したとの報告が届いた。
だから、今回届けられたのは、その報告書だと思うのだけど……。
これまでに比べて、一気に何倍も分厚くなっている。
それこそ、二十日じゃなく三カ月以上もの長期航海だったかしらと、そう思ってしまうくらいに。
「何かあったのでしょうか?」
「あったと考えるべきだろう。それが悪いことではなければいいのだが……」
お父様が難しい顔をして、報告書に目を落とした。
「……!!」
不意に、内容を追っていたお父様の目が驚愕に見開かれて、とても真剣な険しい表情に変わる。
お父様がこんな顔をするなんて、一体何が書かれているのかしら……。
何か事故が起きたとか、海賊に襲われたとか、船が大破するような事態になったとか……。
見ているだけで不安でハラハラしてしまうお父様の険しい横顔を見つめながら、お父様が全てに目を通すまで、じっと待つ。
執務室の中はしんと静まり返り、お父様が報告書をめくる音だけしか聞こえない。
どれほどの間、そうして黙って待っていたか。
「ふぅ……」
遂に読み終わったお父様が、大きく息を吐き出した。
そして、報告書を手にしたまま、椅子の背もたれに身体を預けると、天井を仰いで目を閉じてしまう。
「……お父様?」
「とんでもないことになった……」
「とんでもないこと!?」
一体、訓練船団に何が起きたの!?
「マリーも読んで、しっかり事態を把握しておきなさい」
「は、はい……!」
らしくなく、背もたれに身体を預けて目を閉じたまま、お父様が報告書を差し出してくる。
それを受け取って、報告書へと目を落とした。
本当に、一体、何が書かれているのかしら……。
不安と緊張でドキドキしながら、報告書に目を通していく。
最初はいつも通りの、出港前の船員達の様子から始まっていた。
今回は、船員達の士気がとても高い様子が文面から伝わってくる。
出港後、往路の航海は順調そのもの。
むしろ、なんのトラブルもなく、総仕上げの訓練としては物足りないくらいの状況。
そして――
「――っ!?」
――往路も終わろうというその日、とんでもない事件が起きていた。
思わず、椅子を蹴倒す勢いでガタンと立ち上がって叫んでしまう。
「島!! 島があったんですね!!」
淑女らしからぬはしたない振る舞いだけど、今は構っていられない!
だって、世界の果て、極西と呼ばれているゼンボルグ公爵領より遥か西に、本当に未発見の島があったのよ!
それも有人の!
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