264 測量へ出る帆船の仕様
改めて気合いを入れたところで、灯台についてのプレゼンはこれで一旦おしまい。
次の議題に移る。
「では、測量に出るのは、九隻の船で船団を組んで行くんですね?」
「ああ。道中の安全を考えても、表向きの理由としても、その方がいいからね」
人と船の数は、多い方が様々な事態に対応出来て道中の安全性は高まる。
事故の対処はもちろん、小規模の海賊程度なら手出しを避けるでしょうし。
加えて、もし測量中に現地の衛兵などに見咎められた場合、測量の道具やデータ、懐中時計などを持って逃げるのに、ある程度人数がいた方がいい。
「表向きの理由は、商会が交易をするため、とする。実際には、ゼンボルグ公爵領からアラビオ半島を経由して、遥かアグリカ大陸の西の端までわざわざ出向く商人はほぼ皆無だが」
例えば、アグリカ大陸西側原産の香辛料。
それは、アグリカ大陸の西の端の国の商人が隣国までや、精々がアグリカ大陸の東の端の国まで運んで、現地の商人に売る。
それを、アラビオ半島近隣の国の商人が買い付けに行って自国に運んで来る。
さらに北の国の商人がそれを買い付け……と、何人もの交易商の間を売買されていき、やっとゼンボルグ公爵領へと届くの。
そもそも、交易路の端から端まで自分達だけで移動するとなると、色々大変だ。
例えば、道中の国の言葉や現地の物価、常識まで、全て身に付けておかないと商売が出来ない。
仮に香辛料だけは端から端まで運ぶとしても、道中、それ以外の品を売買しながらでないと旅費が尽きてしまう。
その労力とリスクを考えれば、隣領や隣国の商人に売るだけの方がお手軽で安全だ。
もちろん、ほぼ皆無と言うだけで、全くいないわけじゃない。
だから今回は、複数の商人が集まって、隊商のように船団を組んで遠征する、と言う体裁を整えると言うわけね。
「珍しい分、目立つことは避けられない。しかし、そのおかげで集められる情報と言うものもある。それを見越して、計画の立案当初から各地の言語を学ばせていたからね」
そう、そうなの!
お父様ったら、私が六分儀や月距法についてのプレゼンをして、緯度と経度を把握する重要性を説いた後、現地で緯度と経度を計測するための人員として、測量技師とは別に、通訳出来る人材をすぐさま育て始めたのよ。
私なんて、つい最近、星表や計算式が出来上がったと聞いてから、『あっ、そう言えば』と思い付いたのに。
かなり手遅れで焦った私に、何年も前から手を打ってくれていたことを教えてくれたお父様が、すごく頼もしく輝いて見えたもの。
さすがお父様。
ゼンボルグ公爵の肩書きは伊達じゃないわ。
「同道するのは、先日の会議でもあったように、フィゲーラ侯爵家、シャット伯爵家、ビルバー子爵家から出して貰う人員もだ。彼らには、道中でそれぞれの国の言語について学んで貰いながらとなる」
まさに、死角なしね。
「そして使う船は、建造が終わったばかりの新品の帆船だ」
「目眩ましとして、他の船大工達に建造を依頼していた従来型の帆船ですね?」
「ああ、その通りだ」
大型船の建造となると、どうしても物資の量と流れから、造船していることを突き止められてしまう。
だからそれを誤魔化すために、大型船の建造を依頼していない、別の船大工達に従来通りの帆船の建造を依頼していたそうなの。
そこも私の気が回らなかったところだから、本当に助かったわ。
「全長は約二十メートル、全幅は約八メートル。ややサイズは大きめだが、スパイス海を無事に乗り切ろうと思うと、中古の小型では心許ないからね」
アラビオ半島とアグリカ大陸を結ぶ航路、通称スパイス海。
その海はスパイスの味がすると言われるほど、遭難や沈没する船が多いと言われている。
目立たないためには、中古がいいんでしょうけど……。
コロンブスが新大陸へ向かったときの僚艦であるキャラベル船のニーニャ号が約十九メートルだったから、それと同じくらいのサイズとなると、少しは安心出来るわね。
資料を見せて貰って、カタログスペックを確認する。
全幅に対して全長が二.五倍くらいの、ずんぐりとしたスタイルの一般的な帆船で、舵も蝶番で船体中央に取り付けたものじゃなく、従来のままのボートのオールのような舵櫂を使うようになっている。
マストも一本で横帆も一枚だけ。
船底に銅板を張られていなければ、便利な魔道具もなし。
本当に、大型船に組み込んだ技術は一切使われていない。
「それに、多くの国を巡る以上、最新技術はまだ見せたくない。臨検や接収の危険を考えると、興味を惹く物はない方がいいからね」
「新特許法の施行前ですし、条約も結んでいませんからね」
おかげで、残念ながら船の速度は出ない。
だけど、測量が目的なんだから、下手に注目を集めないためにもこれでいい。
そもそも、本番の大型船の完成も、就航も、まだまだ時間が掛かるから、測量だけ焦って終わらせても仕方ないもの。
「出発は、各家から派遣されてくる者達へ、目的と意義の通達と訓練が終わってからになる。だから、もう少し日を置くが、近々向かわせるつもりだ」
彼らが出発して、無事使命を果たして戻ってくるとして、早くても一年後くらいかしら。
かなり重要な役目だから、正直、自分で行きたいところだけど……。
さすがに、貴族令嬢の私が一年も掛けて他国を巡るのは、色々な意味で危険が多すぎる。
第一、領地でやるべき仕事も学ぶべきことも、まだまだたくさんあるから、それらを放り出して行くわけにはいかないものね。
だから、全員、是非とも成果を上げて、無事に戻って来て欲しいわ。
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