258 ふと気になったこと
さて、情報戦についての話が一段落付いたところで、話を次に――
「しかし、そうとなれば、手を打つのは早いほうがいい」
――と思ったら、どうやらまだ終わりじゃなかったみたい。
「収集する情報が、市井の噂や特産品や物価に限らず、国の政や軍の動向までも探るとなると、相応の立場の者に接触できるだけの、本格的な人員と拠点が必要になるかと」
「ふむ。であれば、我らにまで辿られぬよう、現地に新たな商会でも設立するか?」
「新参者では、よほどの品を扱わなければ貴族や軍部の目に留まらんでしょうな。しかし……」
「当然、老舗や大手商会がガッチリ利権を握っていて、割り込むのは難しいか」
「しかも、その品や販路を奪い取ろうと仕掛けられもしますか。そして反撃して勝ってしまっては、余計に怪しまれる、と……」
「なので、交易商として中小の商会に出入りするところから始めるのでも良いのではないですかな?」
「ふむ、まずは広く浅く手を広げ、顔を売り浸透する、それが妥当か」
うん、どんどん話が進んでいくわ。
集める情報は、それこそ『市井の噂や特産品や物価』程度でいいかなと思っていたのに。
これは、貴族として私の認識がまだ甘かったと言うことなんでしょうね。
やるならここまでやらないと、意味がないのかも知れない。
ふと、お父様の視線に気付く。
その口元には小さな笑みを浮かべていた。
まるで『勉強になったかな?』と言わんばかりの。
だから、真面目な顔で頷く。
貴族のやり口は一朝一夕では学べない。
日々、お勉強ね。
私が納得したのを見て取った後、これまで黙って話の成り行きを見ていたお父様が、領主三人へと目を向ける。
「この件で我が公爵家から派遣する密偵についてはすでに選抜が終わり、準備を進めている。しかし、対象となる国も範囲も、これまでになく広い。可能であれば、フィゲーラ侯爵家、シャット伯爵家、ビルバー子爵家からもそれぞれ人員を出して貰いたいが、可能だろうか?」
「是非もありません。フィゲーラ侯爵家は選りすぐりの者達を出しましょう」
「もちろんですとも閣下。シャット伯爵家の密偵は、商売関係から攻めるのを得意としておりますからな」
「市井に紛れての情報収集、情報操作は、ビルバー子爵家も得意とするところ。数こそ他家に負けますが、質は負けぬと自負しております」
「頼もしい限りだ。よろしく頼む」
「「「はっ!」」」
人員や収集すべき情報については、もはや素人の私が口を出す域を超えてしまったわね。
「では三つ目の、交易相手国の決定と位置座標の特定と合わせて、諜報関係は皆さんにお任せしてしまっても大丈夫でしょうか?」
お任せをと、異口同音でフィゲーラ侯爵、シャット伯爵、ビルバー子爵が請け負ってくれる。
あとは、お父様と三人にお任せね。
難しい諜報を任せられて、ほっと胸を撫で下ろしたところで、ふと気付く。
思わぬ陰謀めいた話になってしまったけど、これはもしかして、オルレアーナ王国を乗っ取ると言う陰謀が、向きと形を変えた結果だったのでは……と。
もしそうなら、これって、よくネット小説の異世界転生物で見る、シナリオの強制力……と言うものなのかしら?
でも、これまで一度もシナリオの強制力を感じるようなことはなかったから、考えすぎ?
……そうね、この一件だけで判断するのは早計ね。
ただ一つ言えるのは、これでまた一歩、オルレアーナ王国を乗っ取る陰謀から遠ざかったんじゃないかしら、と言うこと。
是非、断罪で処刑で破滅が、このまま順調に遠ざかっていって欲しいものだわ。
満足感にうんうんと頷いて……またしても、ふと気付く。
今まで陰謀を回避することばかり考えていたけど、こういう形で陰謀がなくなると、ヒロインのノエルはどうなるのかしら?
陰謀の手駒にするために、アテンド男爵の養女になるはずだったのが、そうならないとなると、ノエルは今後どんな人生を歩むことに?
てっきり、それがそのままノエルの幸せな人生になると思い込んでいたけど……。
不意に、初めて出会ったときの、港の片隅で鬱ぎ込むように座っていたジャン達の姿が脳裏に浮かぶ。
ノエルには病気のお母さんがいる。
人質にされたとはいえ、ノエルが悪役令嬢マリエットローズの手先になることで、薬を貰えていた。
だけど、その入手ルートがなくなったら?
領内の景気は徐々に上向いてきているから、ノエルが自力で手に入れられるなら問題はないのだけど……。
気付いてしまった以上、これはちょっと……いえ、かなり気になるわね。
これでノエルが不幸になったら、たとえ私達家族が幸せになれても……いえ、だからこそ、後味が悪過ぎるわ。
「マリー?」
「は、はい。いえ、なんでもありません」
その件について考えるのは、また改めてね。
今は会議に集中しないと。
「では、話が少し前後してしまいましたが、緯度と経度の測定方法について説明したいと思います」
私のその言葉に、シャット伯爵がキラリと目を光らせた。
シャット伯爵家の持つ帆船で船遊びをさせて貰った時、船長さんから色々と話を聞かせて貰ったのを、目の前で見ていたものね。
だから、その時の成果ですよと目で頷く。
そしてエマにチラリと目を向けた。
持ち込んだ資料の中から、エマが順番に取り出し手渡してくれるそれを、みんなによく見えるよう掲げながら説明していく。
「これは六分儀と言って、四分儀に代わる、より精度が高い測量を行える道具です」
軽く使い方をレクチャーして、四分儀より機構が複雑ではあるけど、遥かに正確で信頼性が高いことを証明する。
続けて。
「経度をより正確に計測するための手法として、月距法を導入します」
星表と月行表、そして経度を計算する新しい数式についても、順に説明していく。
さらに。
「こちらが、持ち運べる時計、懐中時計です」
「「「「「おおおおぉぉぉぉ!?」」」」」
みんな存分に驚いて、その有用性にさらに驚愕してくれた。
あまりの驚きっぷりに、ついドヤ顔で胸を張ってしまったくらいよ。
「さすがマリエットローズ様……あの日の話が、まさかこれほどの成果となって現れるとは……驚きすぎて、もはや上手く言葉に出来ませんな……」
何かしら予想していただろうシャット伯爵が一番驚いているかも知れないわね。
きっと予想を大きく上回っていたに違いないわ。
そして、より現在位置と目的地を正確に把握出来ることが実感出来ただろう、提督や船長、副船長達も、喜びに湧き上がっている。
うん、頑張って思い出し、作って貰った甲斐があったわね。
いつも読んで頂き、また評価、感想、いいねを頂きありがとうございます。
励みになりますので、よろしければブックマーク、評価、感想、いいねなど、よろしくお願いいたします。




