257 これぞ『海と大地のオルレアーナ』らしさ?
「そうですな。確かに一人勝ちはよろしくありませんな」
シャット伯爵がしみじみと頷いた。
交易で領地を富ませているから、周辺の領地からのやっかみなど、特にその辺りの実感は強いのでしょうね。
「余所にくれてやるのは惜しい……惜しいが、島の開発、港や要塞の整備、軍艦の配備も考えると、人材も資材も時間も、とてもではないが首も手も回らないか……」
「どうしても欲しければ、漁夫の利を狙えば良かろう。他領、他国の動向を監視し、我らの代わりに島と資源を探させ、情報を抜いてしまえば良い」
ビルバー子爵としては、大西海全域を手中に収めることに未練があるみたい。
だけど、フィゲーラ侯爵がまとめたように、やっぱり領主だけあって、みんなそこの計算は出来るわよね。
「しかも幸いなことに、私達には東側にしかライバルがいません。他領、他国に比べれば航路も拠点も守りやすいです。ガッチリ守って、通商路を破壊されないように注力することこそ、結果的に大きな利益を上げることに繋がると思います」
直通航路近海に限定しても、従来の交易路のおかげで莫大な財を成しているアラビオ半島以北の沿岸諸国が、目の色を変えて艦隊を派遣してくる可能性だってあるんだから。
まずは足場を固めることが重要よ。
「何より、私達の真の目的は、遥か西の新大陸ですから」
「おお、そうでした! マリエットローズ様のあまりにも巧みな戦略に、ついアグリカ大陸と大西海の島々にばかり目が向いてしまっていました」
シャット伯爵が、はっと気付いたように目を見開いて、恥ずかしげに苦笑する。
そんなシャット伯爵の言葉に、フィゲーラ侯爵、ビルバー子爵ばかりじゃなく、提督や船長、副船長達までも、そうだったとばかりに苦笑を漏らした。
「真の目的を知っている我々ですら、知らず熱を上げてしまったくらいだ」
「他の連中であればなおのこと、真の目的など気付きもせずに、どんどん投資していくでしょうな」
「敢えて我らがほどほどに抑えていることにも気付かず、躍起になって奪い合い、気付いたときには新大陸へ手を伸ばす余裕などなくなっている、と」
領主の三人は実に楽しそうね。
でも、つまりはそういうことよ。
「むしろ、それを煽っていく方向で、情報戦を仕掛けるのもありだと思います」
「それはそれは。いいですな、情報戦」
シャット伯爵がワクワクとして、なんだかすごくやりたそうね。
そういう謀略を仕掛けるのが好きなのかしら。
普段は笑顔に愛嬌がある気のいいおじさんなのに、本当に人は見かけによらないわ。
「それにしても、世界の果て、極西と呼ばれていたことが、まさかそのような利点を生み出すとは」
「さすがの戦略眼ですな、実に頼もしい」
「これでまだ八歳とは……本当に末恐ろしいお方だ」
フィゲーラ侯爵、シャット伯爵、ビルバー子爵に、にっこりと微笑む。
もちろん、口で言うほど簡単なことではないでしょうけど。
でも、ここは自信を持って言い切るところよね。
「最後に勝って笑うのは私達です」
その私の言葉に、みんな、力強く頷いてくれた。
結束が固まったようで嬉しいわ。
「地図からちょっと話が脱線してしまいましたね」
でもこれで、作るべき地図の意図と目的は共有された。
「その地図が一応の完成を見た後は、続けてアグリカ大陸の海岸線の地図に取りかかります」
内陸部は一旦置いておいて、海岸線を全て網羅することで、まずアグリカ大陸の正確な大きさと形、そして沿岸部の国の勢力図と主要な港の位置を把握する。
この地図は、アグリカ大陸各国の政治情勢を鑑みながら、交易路を広げつつ、徐々に作成していけばいい。
納得したように、領主の三人が頷く。
「その地図の完成は、随分と先になりそうですな」
「全ての国と友好的に交易を出来るとは限らんからな」
「しかも植民地支配されている国の中には、その支配権を奪い合う国同士の戦争や、独立戦争をしているところもあるはず。危険を冒して無理に近づく必要はないでしょう」
その通り。
それらの国々に近づくのは、情勢が落ち着いてからで十分よ。
いずれ完成させるとしても急ぎではないのだから。
「であれば、むしろその作りかけの地図を一部、敢えて他国へ流すのも手でしょうな。もちろん、緯度と経度、緯線と経線を全て削除し、地形も不正確に書き換えた曖昧な地図を」
「なるほど、周囲の目をよりアグリカ大陸に釘付けにさせられる、と」
「無論、要所要所で、交易相手国との信頼関係や利権はガッチリ握っておくことが前提だろうが、投資熱をより煽るのは悪くない」
領主三人でそんなことを検討しながら、シャット伯爵がさらに楽しげな笑みを浮かべる。
「もし独立国へ攻め込んで植民地にしようとする国が現れれば、独立を維持出来るよう、裏から支援をするのもありですな」
「別の国に横槍を入れさせ、互いにつぶし合わせるのも良いかと」
「そこに助けに入って恩を売り、さらなる交易の利権を握るわけか。良いな」
うわぁ……三人とも悪い顔をしているわ。
そこまで意図していたわけじゃないんだけど……。
さすが貴族。
ここが『海と大地のオルレアーナ』の世界だけに、その作品傾向から、貴族は陰謀に走りやすいとかあるのかしら。
情報戦を仕掛けるのもありと口にした私も大概だとは思うけど……。
貴族のやり口を勉強したせいで、私もこの世界に染まってきている……?
でも……。
それで、『ゼンボルグ公爵領世界の中心計画』がより成果を上げられるのなら、アグリカ大陸の人達に迷惑が掛からない範囲において、ありだと思うわ。
だって一番大事なのは、ゼンボルグ公爵領とそこに住む人達の幸せなんだから。
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