255 島を発見した時の方針
「それにもし未発見の島を発見したら、上陸、調査のいい練習になります」
「おお、言われてみれば」
「新大陸を見据えれば、その訓練も大事だ」
船長達が頷いた後、シャット伯爵も別の意味で頷く。
「しかも、もし無人島で何かしらの資源が見つかれば、是非領地に組み込んで整備をしたいですからな」
「当然そうなれば、そのための物質と人材を送り込む必要が出る」
「南や東では他領、他国に怪しまれ、もし露見すれば奪い合いのトラブルになる、と」
「その通りです」
シャット伯爵に続いたフィゲーラ侯爵とビルバー子爵もさすがね。
特に領主だとそういうところは話が早くて助かるわ。
他領、他国に介入されて計画が露見することだけは、絶対に避けないといけないもの。
「さらに言えば、原住民がいれば、新大陸へ行った時の交渉の練習にもなる、と」
「はい、そこがとても重要です」
現地の人と、いかに友好的にコミュニケーションを取るか。
それによって、その後の展開と労力が大きく変わることになる。
「マリエットローズ様は、現地を支配し、原住民を従えるつもりはないと?」
ビルバー子爵が少し怖い顔になって、念を押すように確かめてくる。
軍事拠点として長年国境付近でオルレアーナ王国対策をしていた領地の貴族としては、占領して自領へ組み込み従える、と言う視点は外せないみたいね。
「基本的な方針はそうです。ビルバー子爵の言い様から推察すると、相手の文明レベルが私達より低く武力制圧可能であると想定しているようですが、逆に相手の文明レベルの方が高く、こちらが武力制圧される可能性だってあり得ます。最初から交戦することを念頭に置いて振る舞うべきではないかと」
「それは……確かに」
ビルバー子爵のその想定も分からないではないわ。
アグリカ大陸の多くの国が植民地支配されているものね。
でもそれは、明らかに早計よ。
「もちろん、相手が敵対的で攻撃を加えてきたときは、応戦するしかありません」
「戦闘を全面的に禁止されるわけではないのですね?」
「もちろんです。無抵抗で殺されろなんて、非現実的なことは言いません」
殺さなければ殺される。
そんなときに、人殺しは駄目、相手が可哀想だから自分が殺されても相手を殺しちゃ駄目、なんてあり得ないわ。
そんなお花畑なことを言う為政者には、誰も付いていかないもの。
私だって、国の代表ならまず自国民である私達を最優先で守ってよ、って言うわ。
当然でしょう?
特に相手の目的が私達を殺して奪うことだった場合、『暴力反対』、『話せば分かる』、『話し合いましょう』なんて、鼻で笑って無視されるに決まっているもの。
だって力尽くで全てを奪えるのに、応じて諦めるメリットがないんだから。
交渉とは、持ちかける側の立場が上か、少なくとも対等でないと成り立たないもの。
だから、まず自分達の命を守ることが最優先。
その上で、相手が殴ってくるなら殴り返し、暴力は無駄だと、こちらが上だと、そう分からせてからでないと、交渉のテーブルにすら着かせられないわ。
「ですが、戦闘は最後の手段です。後々のことを考えれば、友好関係を築く努力を怠るべきじゃありません」
「その『後々のこと』とは?」
「暴力で手に入れれば、一見すれば全てを手に入れたように見えると思います。ですが、生き残った人達に必ず反発されます」
言うまでもなく、ゼンボルグ王国とオルレアーナ王国の関係を考えれば分かるでしょう?
そう言外で含みを持たせる。
「反乱の火種を燻らせながら、反発を抑えるためにいつまでも人員と軍事費をかけるより、共存共栄を目指した方が無駄な労力も費用も省けます」
例えば、東アジアのほとんどの国が主権を奪われ西欧諸国の植民地として支配されていた時代、西欧諸国がその植民地支配を維持するのに、どれ程莫大な量の弾薬を消費していたことか。
現にアグリカ大陸の国々でも、植民地支配するための軍事費は莫大だと聞いている。
その軍事費を賄うために、苛烈に富を吸い上げて、さらなる反発を招いているようだし。
それを考えれば、平和的な共存共栄を第一に考えるのは当然よ。
目指しているのはゼンボルグ公爵領の繁栄であって、スペイン帝国の建国ではないのだから。
ましてや奴隷貿易になんて手を出したくないわ。
「それに、行く先は未知の土地です。有用な産物や資源を手に入れるのに、現地の人の協力があった方が遥かにスムーズです。そして何より、未知の風土病に船員達が罹った時、薬を知り、処方できる彼らの協力は必要不可欠でしょう?」
かつてアグリカ大陸が発見されたときも、お互いに相手の国の未知の風土病で多くの人達が苦しめられたそうよ。
それを自分達だけでゼロから薬探しだなんて、とても現実的じゃないわ。
しかも、アグリカ大陸の国々への侵略戦争が終結後、落ち着いて交易が始まるまで十年近くの年月が掛かっている。
それを考えれば、敵対するメリットはないに等しい。
「なるほど、よく分かりました。さすがマリエットローズ様だ、よく考えられておられますね」
ビルバー子爵が一転、手放しで褒めてくれる。
これは……どうやら試されたみたいね。
子供が理想ばかりを追い求めたりせず、現実がちゃんと見えているのかどうか、と。
おかげで、他のみんなも感心しきりの顔だ。
「しかしそれも、途中に島があればこそ、ですな」
「原住民と接触があるかも不明ですし、指針として、と言うお話でしょう」
ただ、みんなの表情や口ぶりからすると、島の発見はあまり期待していないみたいね。
でも私は、内心かなり期待している。
むしろ、絶対にあると、確信している。
なぜなら、前世ではポルトガルの西の沖千キロに、アゾレス諸島があるから。
もちろん今世では、ブリテン諸島やスカンジナビア半島がなかったり、アフリカ大陸の北半分がなかったりするから、絶対にその位置にあるとは言い切れないけど。
でも、必ずどこかにあると確信する根拠はある。
その根拠は、オルレアーナ王国南東に、アルプス山脈とイタリア半島に相当する山脈と半島があるから。
西の沖の島の話なのに、何故東のアルプス山脈とイタリア半島?
そう疑問に思われるだろうけど、実は大いに関係がある。
前世では、アフリカプレートが北上してユーラシアプレートにぶつかるように動いている。
その結果、島だったイタリアがユーラシア大陸にぶつかって半島になり、アルプス山脈が出来た。
つまり、この世界でも、前世と同様のプレート運動をしている可能性が高い。
だから、アグリカ大陸と南アメリカ大陸に相当する新大陸は、同様に元は一つの大陸が二つに分かれて出来たと考えられるし、北アメリカプレートとユーラシアプレートに相当するプレートも、東西に分かれるように動いているはず。
それはつまり、大西洋の中央でプレートの境目に沿って大西洋中央海嶺が生まれたように、この世界でも同様の大西海中央海嶺が生まれている可能性が高いと言うこと。
海嶺が何かと言えば、海底の山脈のことね。
二つのプレートが東西に分かれたことで、そこからマグマが噴出して海底火山になり、やがてプレートに沿ってS字に蛇行する長い長い海底山脈が出来上がったの。
その結果、大西洋中央海嶺上に生まれたのが、先に挙げたアゾレス諸島、そしてアイスランドに代表される、多くの火山島と言うわけ。
つまり、この世界にも、アゾレス諸島に相当する火山島がある可能性が非常に高い。
人が住んでいるかどうかまでは分からないけど。
アゾレス諸島には紀元前の遺跡があるのに、十五世紀初頭にポルトガルが発見した時は無人島だったらしいから。
そうして入植したアゾレス諸島は、新大陸との航路上の重要拠点になったらしいわ。
だから同様に、先んじて補給基地として開発しておきたいのよ。
もっとも、お父様にもだけど、さすがにここまで詳しくは説明しないでおく。
だって、プレートテクトニクスなんて、さすがに知識チートが過ぎるわ。
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今回も、少し補足説明を。
アゾレス諸島は、アフリカ大陸との交易でも重要拠点になっていたようです。
ヨーロッパからアフリカへは、アフリカ大陸西側を赤道へ向けて南に流れる海流と風に乗って南下すれば往路は楽ですが、逆に辿る復路は逆向きの海流と風になります。
なので、一見すると遠回りですが、一旦アゾレス諸島の方へと北上して、アゾレス諸島から東へ向かう海流と風に乗ってイベリア半島へ、ヨーロッパへと帰還していたようです。
新大陸発見後は、ヨーロッパ→アフリカ大陸→新大陸→ヨーロッパと、一年近くかけて三角貿易を行っていたようで、やはりアゾレス諸島を経由しての帰還ですね。
また、ポルトガルで小麦が不足したとき、アゾレス諸島で生産した小麦をポルトガルへ輸送するなどの役割も果たしたとかなんとか。
無人島だったアゾレス諸島に、ポルトガル人が入植して開発していたようなので。
ちなみに、アゾレス諸島はアトランティスだったと言う説があります。
氷河期、大西洋中央海嶺に沿って、アゾレス諸島付近にはアトランティス列島(大陸ではなく列島)があり、今から一万二千年前の氷河期の終わり、氷が溶けて海面が上昇しアトランティス列島が水没した時に、高い山の山頂がアゾレス諸島として残った、と言うものです。
アゾレス諸島付近の水深は二千から三千メートルもあり、海底の岩は、海底では作られない性質の物のようなので。
アトランティス水没後、人々は東へ、ヨーロッパや北アフリカへ逃れたとされています。
ヨーロッパや北アフリカ各地に、アゾレス諸島の紀元前の遺跡と同じ様式の遺跡があるのがその根拠の一つのようです。
もちろん、諸説あり、なわけで、実証されていない話ですが、ロマンがあってちょっとワクワクしますね。
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