253 アグリカ大陸への直通航路開拓計画
全員の引き締まった顔を確認してから、お父様がまず前提となる話をする。
「皆も承知の通り、先に就航した三隻は練習船だ。三隻とも大西海を南下してアグリカ大陸へと至る航行能力を十分に有していると思うが、これら練習船でアグリカ大陸との交易は行わない」
お父様の言葉通り、それはみんなも承知済み。
だから黙ってお父様の続きの言葉を待つ。
「改めて、その理由は三つある。一つ目は、まだ外洋での航行能力と安全性が確認されていないこと」
コロンブスが乗っていたサンタ・マリア号の全長が二十メートル強だったことを考えれば、その倍近い四十メートルもある練習船は、それだけでより安全に航海出来ると言っていい。
だけど、従来の帆船とは違う、数世紀も先の技術をいきなり組み込んだオーパーツの塊のような船だから、波が穏やかな沿岸付近は平気でも、荒波の外洋でも本当に安全に航海出来るのか、それが実証されないうちは、さすがに交易船として送り出せない。
建造してくれた船大工達の腕は信じているけど、それとこれとは話が別。
安全確認は怠れない。
「二つ目は、練習船として船員を育成して貰わなくてはならないこと」
今後は、八十メートル以上ある本番の大型船が次々と建造されていく予定だ。
横帆と縦帆の両方を備え、ウインチで操作し、舵輪で舵を取る。
それだけでも従来の帆船とは操船方法が大きく異なるから、仮に普通の水夫を船員として雇ったとしても、即座に操船出来るようになるわけじゃない。
ましてや機密満載なんだから、誰彼構わず雇うわけにはいかないわ。
だから、ゼンボルグ公爵家に忠誠を誓った信頼が置ける船員の育成は必要不可欠で、なおかつ急務だ。
である以上、悠長に練習船を交易に使っている暇はない。
「三つ目は、交易品の積載能力とインパクト、そして投入のタイミングだ」
練習船の積載能力は、現在主力の商船であるコグ船と比べて、ゆうに六倍以上ある。
それでも十分な気がするけど、本番の大型船は二十倍以上になる予定だ。
しかも、練習船で新しい造船技術のノウハウが蓄積されたおかげで、検証や試行錯誤がない分、本番の大型船の工期は最初の練習船より短く済むと思われる。
だったら焦って今すぐ交易を始めるより、本番の大型船の完成を待った方がいい。
アグリカ大陸産の品々を、最初から大量に市場に流した方が、よりインパクトがあるしね。
加えて、魔道具以外にも特許を導入する、新特許法の成立に向けて動き始めたばかりだ。
このタイミングで中途半端なことをしては、王家や古参の貴族達に邪魔されかねない。
やるなら初撃で勝負を決めるつもりで動く必要がある。
「二つ目、三つ目については、すでにそれぞれ動いているため、ここでの議論は省略する。我々が新たに、そして早急に取りかかるべき問題は一つ目。外洋での航行能力と安全性の確認だ。それも含めて、今後の計画について説明する。マリー、いいかい?」
私に目を向けたお父様に頷き返す。
それこそが今日の本題だ。
「ここからはお父様に代わり、私が説明します」
私のことはこの場の全員が承知しているから、誰もが黙って私の言葉を待つ。
むしろ、期待した顔をしているくらい。
おかげで少しプレッシャーだけど……それだけ重要な内容だものね。
「『ゼンボルグ公爵領世界の中心計画』は、練習船が完成し、本番の大型船が建造可能と証明され、加えて航海に必要な船員と道具類を準備出来たことで、第二段階へと移行できるようになりました」
ここで一度言葉を切って、大きく息を吸ってから、大々的に発表する。
「その第二段階とは、『アグリカ大陸への直通航路開拓計画』です」
小さくざわめきが広がり、全員のテンションが上がったのが目に見えて分かった。
ワクワクするわよね。
私も口に出して、テンション上がってきたもの。
「この計画は大きく三つの柱に分かれています。一つ目は、練習船の外洋航海の訓練」
これまでは安全を考慮して、沿岸付近でしか訓練を行っていなかった。
色々勝手が違う操船に慣れないうちに外洋へ漕ぎ出したら、遭難は必至だもの。
でも、私達にお披露目出来るくらい、船員達は操船に慣れてくれた。
だから、次は外洋で訓練、と言うわけね。
「二つ目は、ゼンボルグ公爵領周辺からアグリカ大陸までの地図と海図の作成」
目配せをすると、エマが頷き、持ち込んだ資料の中から大きな地図を取り出して、ホワイトボードならぬコルクボードに貼り出してくれた。
その地図は、ヨーラシア大陸の西、つまり前世で言うところのヨーロッパ大陸とロシアの一部、そして中東のアラビオ半島までを描いた地図だ。
さらに南の端っこに、アグリカ大陸の北部が辛うじて描かれている。
ただし、当然不正確で、信頼性は低い。
だって本当ならアグリカ大陸はもっと南にあって、この地図に載るはずがないから。
多分、地図を売るのに物珍しさを出すため、新たに発見されたアグリカ大陸を描き足したんじゃないかしら。
そんな不正確な地図を元に、人跡未踏の外洋を航海して新規航路を開拓するなんて、無謀がすぎるわ。
だから、少しでも信頼が置ける地図が絶対に必要なの。
とどのつまり、ないから自分達で作るしかない、と言うわけね。
「三つ目は、交易相手国の決定と位置座標の特定です」
アグリカ大陸と一口に言っても、当然大きいし、数多くの国がある。
他国の植民地にされた国や、独立を守り切った国。
政治、経済、産業と、状況は国によって様々だ。
まず、それらの詳しい情報を集めて精査しなくてはならない。
特に、現在の政治情勢ね。
ヨーラシア大陸の国々を十把一絡げに侵略国家と見なして、サーチ&デストロイを政策としている国には、さすがに危なくて近寄れないし。
その上で、何が特産で、何が不足し、何を欲しているかが重要になる。
もちろん、交易相手を一国に絞る必要はないから、複数の国との交易を念頭に置いてね。
だけど、そのための足がかりとなる最初の国をどこにするのかは重要だわ。
さらに、その国がアグリカ大陸のどの辺りにあるのか。
緯度と経度が分からないと、交易船をどこへ向けて送り出せばいいのか分からない。
そのために、情報収集をする人員と装備を送り出す必要がある。
もちろん、それらの情報は、すでにお父様の手配でゼンボルグ公爵領周辺で集められるだけ集めてあるわ。
だけどそれは、噂話レベルの物も多くて全体の確度は低い。
だから実際に現地へ行って、より鮮度と確度が高い情報を収集すると言うわけね。
加えて言えば、それらは地図を作る過程で一緒に調べられるから、二つ目、三つ目は別項目扱いだけど、同時にこなせる内容ね。
「では、各項目の具体的な内容です」
席を立ち、エマが差し出した指示棒を受け取って、地図を貼り出したコルクボードの前へと移動し、予め用意しておいた踏み台に乗った。
「一つ目の、練習船の外洋航海の訓練は、ゼンボルグ公爵領の西、フィゲーラ侯爵領からほぼ真西へ向かわせようと思います」
私は説明通り、フィゲーラ侯爵領の沿岸を指示棒で指し、南のアグリカ大陸ではなく、西の地図の外へ向けて動かした。
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