252 宮殿での会議
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次善の策だった懐中時計が予想を超える高い精度で仕上がり、星表、月行表、経度を計算する新しい数式と、航海術に必要な重要アイテムが遂に揃った。
これにより、いよいよ『ゼンボルグ公爵領世界の中心計画』は次の段階へと移行。
その通達と、今後の方針について話し合う会議が、今日開かれることになった。
だから場所はお屋敷ではなく、宮殿の会議室で行われることになっている。
「アラベル、護衛お願いね」
「はっ、お任せ下さいお嬢様」
玄関前に回された馬車に、アラベルのエスコートでエマと一緒に乗り込む。
当然、私も参加者の一人だから。
護衛はアラベルを含む十人の騎士達で、全員が馬に乗り、馬車を囲むように前後左右に隊列を組む。
馬車を先導するのはベテランの騎士達。
私の専属護衛のアラベルは、馬車の入り口側だ。
馬に乗ったアラベルは騎士の正装をしていて、礼服と鎧、そして腰に佩いた剣がとても凛々しいわ。
「護衛が配置に就きました。お嬢様、いつでも出発出来ます」
「そう、じゃあお願いね」
「はい」
御者に指示を出すと馬車はすぐに動き出し、屋敷の門が開かれた。
ガラガラゴトゴト、カッポカッポと、物々しく、宮殿へと進んで行く。
ただ……。
「……この程度の距離を馬車で移動って、いちいち面倒よね」
だって宮殿の入り口まで、馬車で十分と掛からないんだもの。
その移動時間は、徒歩でも大差ないのよ?
準備の手間暇と待ち時間を考えたら、絶対に歩いて行く方がお手軽で早く着くわ。
軽い溜息と共に零したその言葉を拾って、エマが眉を八の字にする。
「お嬢様、本来、貴族令嬢の移動とはこういうものです」
「エマの言う通りですお嬢様。公爵令嬢として権威を示して戴かなくては。何より、常日頃から十分な数の護衛を付けての馬車での移動は、危険を遠ざけ身を守るための大事な手段なのです」
続けて生真面目な答えをくれた馬上のアラベルに、分かっているわと頷く。
普段、離れのお屋敷へ歩いて行くのを、お目こぼしされている自覚はあるから。
「特に今日は向かう先が宮殿だし、会議の参加者の身分や立場を考えると、公爵令嬢が気軽に自分で歩いてきたなんて姿は見せられないものね」
今日の会議には外部から、計画を知る関係者とその護衛の人達が大勢来ている。
公爵令嬢として威厳がない姿を見せられないのもそうだけど、それ以上に、そこに不審者が紛れ込んでいる可能性を考慮しないといけない。
どこから私の情報が漏れているか分からないから。
「もちろんわたしも、今回の参加者の方々を疑っているわけではありませんが」
「ええ、分かっているわ。常日頃の、意識の問題よね」
私も、本気で疑っているわけじゃないのよ?
選び抜かれた、信頼が置ける人しか集まっていないのだから。
しかも、会場も移動ルートも、謂わば自宅の敷地内なわけだし。
でも……。
一度目は王都の屋敷に籠もっていたから未遂に終わったけど、二度目は旅の途中で実際に襲撃された事実がある。
お父様とお母様を始め、みんな私に貴族令嬢として……かつてのゼンボルグ王家の娘として、そういう危機管理や安全対策への意識を常に持っておいて欲しいみたい。
だからこれは、そういうことも徐々に身に付けていきましょうね、と言う練習ね。
そんな雑談をしていると、あっという間に宮殿の入り口に到着した。
アラベルが馬から下りて馬車の扉を開けてくれて、エマが先に降りて周囲の安全を確認してから脇で控えて、アラベルのエスコートで馬車を降りる。
うん、いかにもやんごとない貴族令嬢の登場よね。
演出って大事だわ。
「お待ちしておりました、マリエットローズ様」
宮殿の入り口でお父様の侍従の一人が出迎えてくれて、深々と礼をする。
「皆様、会議室にお揃いです。すぐに会議室へご案内致しますか? それとも一度控え室へ向かわれますか?」
「すぐに会議室へ向かうわ。案内よろしくね」
「畏まりました」
侍従に案内されて、煌びやかで、豪華で、魔道具の大型空調機でほどよい室温に調整された、王都の王城にだって負けない立派な廊下を、エマとアラベル他二名の護衛を従えて歩いて行く。
ちなみに、他の七人の護衛は馬と馬車を守って外で待機ね。
例えば車軸を折れやすくして事故に見せかけて……などの細工をされないように。
それも、危機管理の一環ね。
「マリエットローズ様、こちらの会議室になります」
やがて着いた会議室の扉の左右には、宮殿の警備をする騎士達が立っていた。
侍従が私の到着を告げて扉を開けてくれて、一度大きく深呼吸すると、気合いを入れて入室する。
そしてその私に続いて、資料を抱えたエマも入室した。
アラベル達は、他の参加者の護衛の騎士達同様に、控え室で待機だ。
「お待たせしました」
「ああ、よく来てくれたマリー」
会議室の議長席に座っていた、公爵の礼服に身を包んだお父様が公爵然と微笑む。
そんなお父様に公爵令嬢然として微笑みを返し、他の参加者の手前、なけなしの気品を動員して、しずしずと淑女として振る舞い、もう一つの議長席とも言えるお父様の隣の席へと座った。
それから、『コ』の字に配置されたテーブルに着席している参加者達を、ぐるりと見回す。
まず、向かって左側に座るのは、手前から順に、フィゲーラ侯爵、シャット伯爵、ビルバー子爵の三人だ。
フィゲーラ侯爵は、灰茶の髪と濃灰の瞳で、五十手前ながら背筋が伸びた、すらりとしたロマンスグレーの紳士。
シャット伯爵は、紅茶色の髪とヘイゼルの瞳で、同じく五十手前の、ふっくら小太り体型の気のいいおじさん。
ビルバー子爵は、灰青の髪と灰青の瞳で、三十半ばの中肉中背で、鍛えられた体付きの武人を思わせる凛々しいイケメン。
全員が、ゼンボルグ公爵家に高い忠誠心を持っていて、忠義を尽くしてくれている。
もっと言うなら、ゼンボルグ王家に、ね。
だからこそ、この三人の領地で練習船が建造されたの。
もちろん、理由はそれだけじゃない。
フィゲーラ侯爵領は西の沿岸部にあり、西部全体のまとめ役。
大きな軍港があって、南北どちらへも海軍を派遣できる位置にある。
シャット伯爵領は南の沿岸部にあり、南から南西部のまとめ役。
大きな貿易港があって、南の海路での輸出入共に、交易品のほとんどがその貿易港を経由すると言っていい。
ビルバー子爵領は北東の沿岸部にあり、ブランローク伯爵の派閥に属している。
中規模の軍港があって、かつてはオルレアーナ王国へ睨みを利かせていた重要な軍事拠点だった。
敗戦後は規模を縮小させられて、現在は徐々に廃れてきてしまっているけど。
そんな風に、多少事情は違っても、どの領地も造船業が盛んで高い技術力がある。
だから選ばれたわけね。
ちなみに、かつての南部の大きな軍港は召し上げられた領地にあって、今はエセールーズ侯爵領の港だ。
そして、向かって右側に座るのは、手前から順に、練習船三隻で編成された船団の提督、それから練習船三隻それぞれの船長と副船長の七人だ。
この十人に私とお父様を加えて、全部で十二人での会議となる。
「では、全員揃ったので会議を始めよう」
お父様の宣言で、いよいよ会議が始まった。
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